第3話 希望
「すっげえ! めっちゃワクワクしてきた!」
異常な光景に興奮し、異質な品物に興味を惹かれ。
楽しいやら嬉しいやら、もうなにがなんだか分からないのだが、竜司の心に居座る高揚感は、入店した時とは比べ物にならないほど膨れ上がっていたことだけは確かだった。
「長々と話してしまいましたが、お楽しみいただけたようでなによりでございます」
ゼロのその言葉が鍵となっていたのか、周囲を旋回し奇跡屋の口上を盛り上げてくれていた役者たちは、己のいるべき場所を思い出したように商品棚に戻っていく。
「それでは改めて、お客様のお悩みを伺ってもよろしいでしょうか?」
そういえば、ゼロの口上を聞く前はそんな会話をしていたかもしれない。
ほんの少し前の会話を思い出すにも苦労してしまうのも、あれを目にしてしまえば無理はないだろう。その素晴らしさはまさに、筆舌に尽くし難いと表現するのが適切だ。
「ああ、はい。俺の悩みは、悪霊でもない普通の霊が付きまとってくることです」
ともあれ竜司は持ち前の礼儀正しさゆえか、ゼロの言葉にすぐさま反応し、問いに答える。
その後も竜司は言葉を続けた。
幼い頃から霊が見えるおかげか、霊力の扱い方は誰に教わるでもなく熟知していて、悪霊を祓い、成仏させることが何度かあったということ。
そしてそんな霊が見える眼に惹かれてか、もしくは悪霊のように祓ってもらって成仏したいからなのか、現世になんの未練もないような霊がつきまとってくるのが最近の悩みだという。
通常の霊は時間経過で自然と成仏するし、現世にいることでなんらかのトラブルに巻き込まれることもない。ゆえに霊能力で成仏させる意味もない。
人間霊であれば話が通じるのだが、動物霊となると説得もできず、あまりにもしつこいときは少々乱暴に祓うこともあり、その行為をしてしまうことが霊に対して申し訳なく思ってしまうのだ。
「……つまりお客様は、善良な霊にのみ有効な虫除けスプレーのような物を求めているという解釈でよろしいでしょうか?」
「はい! そういうのあるんすか?」
なんとも期待満面の表情で訊ねる竜司に……
しかして店主の綺麗な金髪は横に揺れた。
「申し訳ございません。当店ではそのような
その碧い瞳に映り込んだ竜司の肩は、あわや床にまでつくのではというほど勢いよく落ちた。
「厳密には、霊体を拒絶したり、侵入不可の結界を張るための道具ならば多くあります。しかし《善良な霊》に限定した効果を持つ物が一つもないのです」
「それはどうしてなんすか?」
「霊体というものに対する認識が、現世に留まろうとするこの世ならざるものという程度でしかないからです」
ゼロ曰く、霊やそれに類する者たちを相手取る呪術師や陰陽師などは、
それは現世に留まっている時点で悪なのだという極論からではなく、成仏の仕方がわからないのならば祓ってあげたほうが彼らのためだという論理によるものだった。
「事実、先程お客様自身がおっしゃっていた通り、あまりにもしつこい動物霊の場合は祓うことがあるのですよね?」
「それは、まあ……はい」
「それならいいのではありませんか? 多少強引な方法といえど自身の手で解決しているのならば、それはそれで」
確かにゼロの論理は筋が通っている。言ってみればこの悩みは、悪霊以外を祓うのは偲びないというわがままとも取れる理由から生まれたものであった。
実際のところ、竜司が気にしなければ問題にすらならないような内容だと思い返す。
「うーんたしかに言われてみればそうっすね」
「それ以外に何かお悩み事はありませんか?」
竜司の言葉を受け取ったゼロはもう一度そう聞いてくるが、記憶の中をどれだけ探しても他の悩みは見つからなかった。
「いや、ないっすね」
「?……ふむ、おかしいですね。自動選定回路に異常はなかったはずなのですが……時空間固定術式かテレパシーポストあたりの不具合でしょうか……」
すると、不思議そうな顔をした後、何かを思案するような表情へと変える。ゼロはボソボソと何かを言っているが竜司には聞こえない。
「……まあそれは後で考えるとしますか」
最後にそう呟くとゼロは思案顔をやめ、再度竜司の目を見て話しかける。
「それではお客様、店内を見て回るのはどうでしょうか? 通常はご来店いただいたお客様のお悩みに合致した
「いいんすか!? よっしゃ!」
ゼロの提案を聞いた竜司は喜びをその顔に余すところなく露わにし、ガッツポーズをした。
さっきから気になっていたあれやこれやを自由に見てもいいという店主直々のお達しを受け取った竜司のテンションは有頂天。気分の高揚は史上初の数値を記録していることだろう。
「それでは店内をご覧ください。私もお客様の側に控えていますので、わからないことや聞きたいことがあれば遠慮なく。もちろん、ご希望でしたら
そんな、初めて遊園地に来た子どもですらもう少し落ち着きがあるだろうと断言できるほど浮かれた竜司とは対照的に、ゼロは至極冷静に言葉を発する。
その様子に触発されたのか、竜司は心を落ち着かせるために深く息を吸い込んだ。
(このテンションのまんまで、もしなんか落としたり壊したりしたら困るしな……)
スー、ハァー。竜司はその自慢の大きな体に多くの酸素を取り込む。すると不思議なもので、たったそれだけの動作なのにもかかわらず、竜司はある程度の落ち着きを取り戻すことに成功した。
そして落ち着きを取り戻したおかげか、竜司は聞こう聞こうと思っていたことを思い出した。そう、脳に直接聞こえてくる声の仕組みだ。
質問してみるとなんとも簡単に説明してくれた。別に秘密でもなんでもないらしい。
「それは《
「え?」
ゼロの言葉の中には理解できるところの方が少ないのでは、と思うほど多くの謎が潜んでいた。もはや別の言語で会話していると言われた方が納得できるくらいには意味不明だった。
いや彼の言葉通りならば、実際ゼロは全く異なる言語で話していることにはなるが、そんな未知のテクノロジーをはいそうですかと消化できるはずもなく。
とりあえずはわからないなりになんとか理解してみようと思い至り、竜司はまた質問を重ねる。
「その、エンプティなんとかっていうのはどんなものなんすか?」
「《
「な……なるほど……?」
事象否定とは? またもや謎が増えてゆく。というかそもそも
(あー、でもなんか、タイムスリップものの映画で現代日本に来た
しみじみ思ってしまうのは、あまりにも現代とは隔絶したテクノロジーを見せつけられたからなのか。そんな現実逃避にも似た思考を巡らせるくらいには驚きを隠せなかった。
「ああ、そういえばまだ
竜司の表情から気持ちを察したのか、ゼロはそんな言葉を残しながら、
空中にディスプレイを表示させた。
なんというか、目の前で起こっていることが全て幻であると言われてもなんの違和感もない。そう確信してしまえるような情報を網膜に焼き付けながら竜司は一つの結論を導き出す。
(ああもうなんかわかんねーや!)
そうして竜司は、考えるのをやめた。
しかしそれは単なる思考放棄ではない。現状では眼前の情報を真に理解し、消化することが出来ない。であれば、今はただ情報を情報としてだけ認識するのが最善だと思ったのだ。
実際今の竜司はファンタジーなアニメを観ているのか、それともSF映画を観ているのか。そんなことも理解できていないような状況下にある。
ならばこそ、目の前で起こっている事象全てを理解しようする行為はナンセンスであるとしか言えない。
ゆえに竜司は理解と納得を優先することをやめ、ただ情報を受け取り、それを楽しんだほうがマシだと思い至ったのだ。
人が空の飛び方を理解できぬように、魚が陸の歩き方を知らぬように。
きっと今の日本人では誰しもが、この奇跡屋の全てを理解し納得することは到底できないだろうから。
(せめてめいっぱい、楽しんでやる!)
まあ早い話しが開き直りというやつである。ここに背の低い友人がいれば即座にツッコミが飛んできただろうことは言うに及ばず。
そんな竜司の心情を読み取ったのかはわからないが、空中に浮かび上がるディスプレイは画像を映し出し、ゼロの説明が始まった。
「生物は必ず二つの体を持って生まれます。一つは肉体であり、生命を維持するためのもの。もう一つの体は
空中ディスプレイには肉体と霊体が比較されるように映し出され、ゼロの説明を手助けする。
「そして
ゼロが言い終わるとディスプレイは消え、
「ああ〜なるほど」
今度はちゃんとわかったような気がする。マンガに則して言えば、眠っていた力が覚醒するというやつだ。竜司はお気に入りのマンガの大好きなシーンを思い浮かべながら理解する。
きっとはるか未来のテクノロジーなのだということも、ゼロの口ぶりから予想できる。異能が日常に溶け込んだ世界というのは途轍もなく胸が踊るものだ。
見知らぬ世界に思いを馳せていると、ふとあることに気がつく。
「
「いいえ、それはユナさんが使用している
なんとも意外なことに、この店にいるのは彼一人ではなかったらしい。まあこの広さの店をたった一人で管理出来るかと言われれば不可能な気がするし、ほかに従業員がいてもおかしくはないのだろう。
少し驚きはしたが、竜司の胸の内はそれよりも大きな興奮で塗りつぶされた。なぜならいよいよ、ゼロの言う
(よし! めちゃくちゃ満喫してやる!)
見知らぬ世界の見知らぬ技術。奇跡と呼ばれる商品を、たくさん見てやろうと意気込む竜司であった。
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