閑話 そのメイド過激につき

 私はブランカ。

 デ・ブライネ家のメイドです。

 ヴィルヘルミナお嬢様付きのメイドとして、十年。

 随分と長いことデ・ブライネ家に仕えています。


 そんな私には秘密があります。

 私は元暗殺者なんです。

 相手を油断させる姿で近付き、誰にも知られることなく、ターゲットを排除。

 静かに姿を消す。

 そうです。

 子供でありながら、暗殺者。

 白い閃光ブランカという名だけが独り歩きするその姿を誰も知らない暗殺者。

 それが私でした。


 十歳にして、多くのターゲットを屠ってきた凄腕暗殺者。

 ところが私はここ、デ・ブライネ辺境伯領でへまをやらかしました。

 ターゲットの側にまさか、あんなヤツらがいるなんて。

 それでもどうにか、追手を振り切ったものの深手を負った私の命はもはや尽きるのを待つだけ。


 これで生を終わるとなると急に波のように押し寄せてくるのが後悔の念です。

 どうして、私の手はこんなに血にまみれているんだろう。

 どうして、私は普通の子供らしくしてはいけないんだろう。


 私も普通に生きたかった。

 笑ったり、泣いたりしたかった。

 目の前が暗闇に覆われていく。

 私は死んだのだ……。




「大丈夫?」


 死んでなかった!

 私は死にきれなかったようです。


 サファイアのような青い瞳を宿した大きな目が私に向けられています。

 もし、神の御使いがいるのなら、こんな姿をしているのかもしれない。

 そう思ってしまうのも不思議ではないくらいにその女の子の姿は私に光り輝き、神々しく見えたのです。

 これが私とお嬢様との出会いでした。


 お嬢様ヴィルヘルミナには生まれ持った不思議な力が宿っていました。

 それが『癒しの力』です。

 直接、触れることでしか発揮出来ないものの外傷だけではなく、病までも治してしまうとても、偉大な力でした。

 私の怪我を治したのもその『癒しの力』。


 でも、その力を行使するのに代償が必要だということをこの時、誰も知らなかったのです……。


 私はお嬢様に命を救われました。

 それだけでなく、人として生きる道までも与えられたのです。

 メイドとして、デ・ブライネ家に仕えることになった私はかつてと同じブランカという名で呼ばれるようになりました。


「ブランカが良ければ、お友達になってくれる?」


 お嬢様にそう言葉をかけてもらっただけで私の忌むべき名は誇りへと変わった瞬間です。

 この方の為ならば、私は命を捨てられます。




 お嬢様は大きな力に守られています。

 それが暗殺者としての私に引導を渡したヤツらでした。

 ヤツらは何の違和感も持たれずにデ・ブライネに近付き、ずっと守っていたのです。

 もっとも怪しまれない家族という立場で。

 そのことを知らないのはお嬢様だけ。


 お嬢様は昔から、酷い勘違いをされて、誤解から貶められる方でした。

 銀の糸を髪にしたような美しいシルバーブロンドに晴れた夏空の海を思わせるマリンブルーの瞳。

 女の私から見ても惚れ惚れとするくらいに整った容貌のお嬢様ですが、釣目でややきつく見えるお顔立ちのせいでしょうか。

 性格まできついと思われてしまうのです。

 平均よりも高めの身長が影響していたのかもしれません。

 本当は誰よりも心優しく、いつも他者を慮るお嬢様なのに。


 いつも側にいるユリアナお嬢様はお嬢様と対になる容姿の持ち主なのも多分にあったのです。

 彼女は太陽の光を蜂蜜に溶かしたような見事なブロンドの髪とエメラルドみたいにキラキラと輝く瞳の持ち主です。

 身長も低く、それなのに出ているところは出ていて、くびれているところはしっかりとくびれているスタイルでスレンダーなお嬢様よりも大分、肉感的でもあります。

 お顔立ちも垂れ目でおっとりとしているように見えるのです。


 しかし、ユリアナお嬢様の性格は苛烈そのもの。

 見た目とは正反対のどこか男らしささえ、感じる潔さを持つ彼女。

 私と彼女は実は同志とも言える間柄です。

 いえ、これは私達だけではなく、デ・ブライネに仕える者全員と言ってもおかしくないでしょう。


 それはお嬢様ヴィルヘルミナ第一主義。

 最重要事項はお嬢様の幸せ。

 しかし、お嬢様の意志を尊重する。

 このことを念頭に置いて、行動しないといけない。


 その為に何の益も無いぼんくらおたんこなすな残りカス王子との婚約にも私達が一切、動くことが出来なかったのですが……。

 しかし、ついにあのアホ王子がやってくれやがりました。

 待っていました。

 この時をずっと。


 どうやって、あの王子をバラしてやろうかと楽しみで楽しみで……。


「駄目よ。ブランカ。そういうことをしたら、治してあげたくなるから」


 お嬢様はそういう御方でした。

 どうして、そんなにもお優しいのですか。

 ああ、だからこそ、私はずっと貴女についていきます。

 地獄の果てまでも。

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