第1話 残華 下

「そいえば躍一、今日は機造花討伐してないのな」

「あぁ」

「…………」


 正座。柔らかな説教。


「いつもなら『機造花だ刈れェ!』って指揮してかかってるのに」

「んな人を狂人のような……」

「…………」


 職員室。眼鏡とジャージ。


「だって毎度そうじゃんか。今回は遠いからパスなのか?」

「いんや、行きたさはあったけど。ほら今日始業式じゃん」

「そ、の。始業式に来てないから二人は今こうなってるんだがなぁ???」


 ついに怒りが暴発した女性教師は躍一と八雲(眠たげ)に忠言を施す。

 何故か蓮華は怒られなかった。日頃の行いが良いからだそうで、先に教室で待っているとだけ言い残し手をひらひらと振っていた。


「機造花咲いてたらサボっていいじゃないんだよ!」

「なぁ躍一そろそろ行かね」

「おーそだなー」

「人の話を聞けっ!」


 その後もこっ酷く説教を食らった二人は、意に介さず茫然としたままだった。

 教師から反省文を慣れた手付きで貰い、職員室を追い出される。躍一は嘆息を吐くと、伸びをして自らの教室へ向かった。

 八雲も襟元をわざとらしく整え、きたる新しい教室への準備を整えている。


「俺教室どこだっけ」

「一緒の2-1だぜブラザー♡」

「うげっ」


 新しい教室に男二人が仲睦まじく扉を開けてBLのダシになるなんて……。

 飛躍思想に更なる嘆息を吐き、嫌に眉間にシワが寄る。

 対する八雲は肩を組み、先程よりもがっしりと近づき艶やかな吐息を漏らす。


 そしてようやく着いた教室の扉。引き剥がそうとすればするほど余計に引っ付く八雲への抵抗を諦め、肩をがくりと落とした。

 八雲はバン! と扉を開けると、それと同時に―――――――


機造花フロムが咲いた!」


 躍一は閉じていた眼を針のように細めた。


「どこで出た。今か?」

「え、いやそれは……」

「さっさと言え」


 躍一は力の緩んだ八雲の拘束を瞬間抜ける。瞬きの間には教室の中央にいた。

 すると馬鹿の騒ぎで叫声を上げていた男子生徒の胸ぐらをいきなり掴み、絶対零度の声で詰問する。

 その冷徹な表情に圧倒されたのか、男子生徒はおずおずと状況を説明しだした。


「じ、時間はさっき。ここはギリギリ避難区域外だけど……」

「発生源を訊いている」

「それは……ここ、

「ちょっと躍一!」


 あまりにも厳しい質問の仕方に、黙っていた白露蓮華は声を上げた。

 それを聞くと同時に鞄を蓮華へ投げ、八雲の立ち尽くす扉へと再度走っていく。


「悪い八雲! 反省文頼んだ!」

「お、おい! 躍一―――――――」


 そんな八雲の儚い声も背に、躍一は学校を飛び出した。



 機造花に対しての防護策は近年急激に発展している。

 鼻口を壊死させるならばマスクをつけ

 眼や粘膜を穿つならば顔を覆い

 皮膚に触れるだけで燃えるならばシェルターを造る。



 民兵組織も同様に、機造花に対する殲滅手段を確保していった。

 今躍一が機造花へ向かっている一手段もそうである。

 人為的に隔壁を創造し操作する装置――《ルート》。手の平大の長方形を取り出し、躍一は床へ投げた。


《ルート》はスケードボードサイズまで広がると、躍一はそれに乗り一気に加速する。


「…………!」


 学校の扉を全開のまま、《ルート》に乗った躍一は更にもう一つの《ルート》を取り出す。

 今度はそれを身にまとうように意識すると、白銀に光るコスチュームに姿を変えた。

 全身を包むような薄い被膜。一切の空気を侵入することを拒み、耳には無線機。眼鏡は外されまるっと覆うヘルメットの形を造った。


 アスファルトの道路は微風に薙ぐ。

 道行く人は忽然と消え去り、シェルターが次々と閉まっていく。


『先輩! 躍一先輩!』

「! トラか」


 無線機から発された部下の一人―――三島みしま 虎太郎こたろうの声を聞き、現状を確認する。


 速度も十分な《ルート》は、虎太郎の現状報告を八割ほど聞いた後に現場に到着した。




 ――――――――そこは、惨状だった。


 はや骨のみになって数分が経過しただろう。服は破れ、肉はただれ、僅かに痙攣している肺は今にも潰えそうな人体が溢れかえっていた。


 それを数の程百。破壊された建物は五〇は裕に超えていた。

 その周りには銀色のシャボン玉のような球体はふわふわと浮き、壁や床に触れるたび、パチンと弾け深緑の瘴気を撒き散らしている。


「相変わらず地獄だなクソ……」

『先輩! 発生源はあと一五〇メートルです!』

「っ、了解!」



 躍一は三つ目の《ルート》を取り出すと、それを手に持ち銃の形に変えた。

 寸分違わぬ精密さで銀のシャボン玉は打ち砕かれ、瘴気を舞うことなく消えていく。


 それを繰り返すこと実に数百。普段ならば増援が来るはずなのだが、今回は東紅葉の機造花発生も起きているため、数名と共に殲滅活動に勤しむ。

 汗が滲み目標が時偶ブレる。地に張った根が進むに連れどんどんと太く硬さを増していき、打った感覚が消えてゆく。


「…………見つけた!」

『あとはあの花を摘むだけっす!』

「任せろ」


 躍一はやっとのことで発生源に到着する。その時には既に数名居た仲間は後方に置き去りにし、刈れるのは躍一だけだった。

 全長一メートルの植物。幹や根はところどころに銀の病巣ができており、先端の花弁は色鮮やかなあどけないくろ色をしていた。


 スピード勝負の機造花殲滅は、一人では到底成せやしない。常人ならば花の半径十メートルに入った途端、発狂と叫声を連続し、身体を掻きむしり死に至る。

 花を摘む作業とて、誰かの《ルート》に守られながら壊さない限り、壊した本人が次に死ぬ。



 その狂った作業とも言い難い摩耗活動に誠心誠意独りで事を為そうとする虚宮躍一という人間は、誰から見ても可怪おかしかった。


「汚ぇ花なんて、とっとと消えてろ」



 躍一はの《ルート》を取り出すと、花葉の全てを覆うように形作り、一切の余地なく中を圧殺した。

 ヘルメットを外すと鼻血を腕で擦りつつ、嘆息を一つ吐く。時間にして三〇分と少しの時間。一つ終わるとそこは無縁と無音の世界だった。


『殲滅……完了しました』

「あぁ、お疲れ」

『後の始末はこちらでやっておきます。…………それより先輩、始業式良かったんですか?』

「ん、あぁ良いんだよあんなん」



 つかつかと歩くたび色のある日常に戻っていき、無線機とともに《ルート》を全て元に戻す。

 今から歩いて学校まで行くなら午後の二時を回る。

 もとより午前中しかない始業式の時間に、無駄と愚の骨頂を費やすなぞ躍一の持論に則さない。


 身体も疲れているため徒歩で帰ろうと猫背を矯正した。


「……あ」


 そういえば、反省文を八雲に任せきりだった。

 まぁ……そのままでも構わないのだが、そうすると貸しを作ってしまう。八雲の貸しはいつも学生の財布を潰すには良い要望ばかりなのだ。


「仕方ない……まだアイツらも残ってるだろ」


 身体を一八〇度回転させて小走りにシフトチェンジ。騒動が終われば《ルート》の使用は許されていないため、致し方ない。

 躍一は来た道を引き返し学校へ向かった。



「また失敗しちゃった……」


 その時だった。

 色の写る世界の隅に、翳る少女が立っていた。

 背中を向けたローブの女性。背丈は蓮華と変わらないくらいだろうか。柔和なトーンで悲哀と微かな喜びをこぼしていた。


 その程度の人物ならば普段の躍一ならば歩を止めることはない。だがそれは、時に限る。


「君は…………?」

「っ!」


 少女は咄嗟の出来事に振り返ってしまう。隠していれど、僅かに見える暗く光る髪。まるで機械のような光沢を持っており、見える瞳は紫玉アメジストのように鮮やかないろどりをしていた。顔の様は透明な水面の如く綺麗で、『傾国傾城の』という謳い文句が一番似合う少女だと、躍一は強かに感じた。


 だが、それを抜きにしても見るからに怪しい容貌。

 不穏な発言に、声をかけられて焦る仕草。躍一が疑り深いのもあってか、彼女を危険視するには十分だった。


「もう一度聞くが、君は何者なんだ?」


 数秒の硬直。二人にとっては一分、否それ以上の沈黙だった。垂れる汗は躍一の足元へ落ち、少女は噤んだ口を開くのを許さない。なおかつ少女は息を若干粗めながら、じっとこちらを注視したままだ。

 まるで臨戦態勢のような、覇気を感じさせる圧迫感。


 躍一は静かに左手に《ルート》を取り出し銃の感触を馴染ませる。万が一、敵性だと判断したならば即刻射殺する覚悟はできている。

 だが一般人を殺すのは是とし難い。


 どうにか穏便に済んでくれ、と願う躍一は、彼女の口が開かれると同時に銃へ力を込めた。



「私は―――――――――――――」

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