フラワリンク

上海X

第1話 残華 上

 十八年前――――――世界に花が植えられた。


 ◇◇◇


「躍兄よ、起きよ。さもなくば死にたもう」

「…………妹よ? スーパードライな口調で裸のエプロンは止めたもう」


 虚宮うつろみや躍一よういちは、相変わらず奇行に走る妹に、半眼を作るのみだった。

 ベッドの上で馬乗りになる華奢な妹。藍染のショートカットを特徴とする他ない、凹凸に貧した「おい説明」少女だ。


 いつもいつも飽きないバリエーションを保ち続ける妹のエンタメ性能は評価するが、今回のような様相には些かツッコむ余地があるのはここでは言うまい。


 妹は「チッ…………やはり駄目か」と身を翻し、扉へと去っていく。躍一は反射的に妹から視線を外すと、そのまま時計に送った。

 置時計の針は七時を回っている。いつも寝覚めを茶化しにくる相手に苛立ちを覚えない躍一でもなく――――――


「ふッ…………或手水」

「ヤメロォ!」


 妹――――――或手水あるてみすの名で遊んだ。

 打てば響くように或手水は近くにあったエアコンのリモコンを取り躍一に投げつけた。まるで怨嗟の籠もった包丁のように躍一の脳天を目掛けていたが、躍一は逃げるでもなく枕を盾に眼を擦る。


「ホンっト躍兄嫌い!」

「妹の名前を呼ぶことに何の悪性がある」

「親の遊びで名付けられただけなのにこれから出る人達が頭おかしいと思われちゃうじゃんッ!」



 或手水は何か大層な周辺被害を撒き散らしたと思しき発言を吐き捨て、苛立ちながら扉を勢いよくバタンと閉めた。


「…………」


 嘆息を一つ。辺りを見回すと何も変わらぬ朝の風景。寝間着から高校の制服へ着替え、脱衣所の洗面器で洗顔をする。

 これといっておかしいのは妹くらいだろう。

 眼鏡をかけ、暗い茶髪を指でく。


 虚宮躍一は特段特徴の薄い人間だった。

 美形…………とまではいかないが、躍一は彼女の一人なら作れそうな容姿してはいる。昨今の年代では遜色ない学校の成績、運動神経。華やぐ異端な出来事を数える方が少ない。

 特別な事と言えば一つだろう。


 欠伸をしながら居間に到着すると、そこには中学の制服に身を包んだ妹が椅子に座っていた。

 片手にジャムの塗りたくったパンを持ち、テレビに注視している。


「手伝いくらいしろよ…………」

「躍兄に言われたくなーい」

「愚妹め……」


 人に言えるほど自分が偉くないため、負け惜しみを零す。手洗いのためキッチンまで移動すると、苦笑気味に挨拶をする女性がいた。


「おはよう、躍一」

「あぁ」


 白露しらつゆ 蓮華れんげ。至って正常な名である。同じ高校に通う同級生であり、幼馴染と言っても過言ではない間柄だ。

 その証拠に、このようにして制服姿で人の家の炊事に手を出してまでいる。

 すらっとした容姿に先ほどまで或手水が着ていたエプロンをしている。身長も躍一よりは少し小さく、肌や姿容は常に綺麗さを保っている。

 薄桃色の髪は肩口を越えた辺りで揃えられており、端正さが伺える。


 後ろで或手水は「うっわまた機造花沸いてる……」とぶつくさとパンを齧っている。


 蓮華は、む……、と躍一に視線を向けると、再度微笑身を以て呼んだ。先程よりも、深い濃淡のある声で。


「おはよう、は?」

「…………おはよう、白露」

「……五〇点」

「何が?」


 つまらなさそうに不貞腐れながらも、笑みが溢れているのが分かる。長いこと生活しているが、やはり白露蓮華のことは分からない。というのが躍一の総評だった。


 閑話休題さておき、躍一はテーブルに付き蓮華の準備してくれていたパンを食した。

 妹は食べ終えた後のコーンスープに対し、満足げな表情で「やっぱり躍兄より蓮姉の料理が良い〜」と不貞な感想をこぼしている。


 躍一は気を取り直してテレビへ視線を送った。


「今度は東紅葉区か」

「だね。今回の機造花は被害少なそうだけど」


 躍一は表情を変えないまま視界の外のコップを手に取った。


機造花フロム……日本に出現した人工造花。

 それらは瘴気を撒き散らし、人体に害を及ぼす。最悪には死に至る病原。

 十八年前突如として発生し、以来各地に出現が確認されている。

 金属のような花弁をしており、触れた者は一部の例外なく命を絶つ。


 そのため数年前より特定危険人工生物『機造花』を狩る民兵組織が樹立。躍兄は高校生ながらにしてそこで働いている…………―――――――と」


「…………何言ってんのお前?」


 急遽説明口調となった妹に呆然としつつ、食卓についた蓮華がジャムをとって、と手を伸ばす。普段バリの流れ作業に「はいよ」と送ると、返事も少なく蓮華は食事に耽り始めた。


 すると妹はキメ顔で躍一に指をさす。


「甘い! 甘いよ躍兄! 説明役の一人くらい人生には必要なのだ!」

「腐れた名前が何を言う」

「また虐めたー! 蓮姉ぇ〜!!」

「はいはい、あーちゃん。今日補習なんじゃなかった? 早くいかないと遅れちゃうよ?」

「はっ!」


 驚いた様相でコーンスープをテーブルへ垂直落下させる。(いそいそとその後拭いていた。)


「こんだけ助けておいて!」

「(いや何をだよ)」

「伏線回収のとき覚えてろよぉ〜!!!」


 爆速で部屋から荷物を持って来て、逃げ台詞だけを残して家から出ていった。鍵も閉めずに。

 居間に残された二人は何事もなく嘆息をつくと、二人して笑いあい、椅子から立ち上がった。


「俺達もそろそろ行くか」

「うん、そうだね」



 ◇◇◇



「うっわ……電車止まってるのか」

「災難だね…………。迂回で通る?」

「機造花が理由なら多少遅れてもいいだろ。歩いていこう」


 躍一はかばんを肩の後ろに引っ掛け、やれやれと嘆息を一つ。不敵な笑みを浮かべると、蓮華は相変わらずの下策に苦笑をした。


 本来ならば躍一は、機造花の破壊に助力すべきなのだが、日常生活を害するほどでもない。

 躍一と蓮華は談笑を交わしながら、アスファルトを踏みしだいていた。何事もない、ただの日常の風景。

 だがそれは――――――






「よ、ぉ、い、チィィィィ!!!」

「ふぐぉっ!」

「なぁんだ躍一ィまた恋愛フラグ立てるのに忙しいってか? 何様だよ〜ハッハッハ処す」

「て、め、え、は、死ね!」

「あぁ、古舘ふるたち君。おはよう」


 後方から背中めがけドロップキックをかます古舘 八雲やくも高校二年生。躍一と同級生にして友人であり、同時に現在巴投げをされて天に口づけをしている人間でもある。


「嗚呼青空そらよ私に彼女を」

「ヤク厨。お前も歩きか」

「モチロンだ! 始業式くらいサボって出会いを求めないと確変チャンスを逃すパチンカーと同じッ」

「おめぇやってんのか」


 古舘八雲はむくりと起き上がり、オールバックの髪型を細やかに直す。彼もまた、躍一と同じ制服に身を包み、登校までの道を遠回りしている。


 躍一は背中を叩いて土汚れを払い落とし、蓮華と共に再度歩き出した。何も言わずとも、八雲は追随する。


「酷いじゃないか躍一ィ」

「お前がいきなり蹴るからだろ――――って」

「躍一!!」


 後方に振り返り八雲に忠告をしようとした時だった。

 たまたま曲がり角から出てきた人とぶつかってしまい、相手は派手に転ぶ。

 蓮華の声も叶わず、躍一は背中に衝撃を受けて咄嗟に謝辞を述べた。


「す、すみません!」

「……! っ! ……!」


 転んだ相手は目深までフードを被り、顔を見るでもなく、謝辞も束の間そそくさと逃げていった。

 謝礼の一つでもするべきなのだが…………こうも走り去られてはできることもない。

 申し訳ない気分を募らせながら、躍一は後頭部をかいた。少し俯き、顔を歪ませる。

 すると八雲はカラカラと笑いだし、すくっと立ち上がると躍一の肩に手を置いた。


「躍一にもこんなことがあるんだな」

「う、うっせ!」

「ほら二人とも〜? 早くしないとより遅れちゃうよ」






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