第3話 分からなくなってくる
今日は何だか不思議なことばかり………なんで私にだけ見えたのかな?あの親子は確かにバスに乗っていて、声だって聞こえたのに………。
聡有に会いたいな………。
「ただいまー」
私は自宅の喫茶店のドアを開けた。
ただいまと言って喫茶店に入るのもおかしなものだが、物心ついた時からこうやって帰ってきている。初めてのお客さんが来ているとちょっと気まずいが、殆どが常連さんだ。
「柚萌ちゃん、お帰り!今日もかわいいね!」
カウンターのいつもと同じ席に座るこのおじさん。毎回この挨拶ともいえる同じセリフに、私は笑って応える。笑うといっても苦笑い…とでもいうべきか。
「なまさん、あんまりからかわないでやってくれよ?」
父が常連さんに笑顔で言った。いつものことだが、このやりとり…いい加減やめて欲しいものだ。
「柚萌、お帰り。早速だけど手伝ってくれるか?」
「はあい」
私はそう返事をすると、いつものようにカウンターの中へ入り、カバンを置き、エプロンをつけ、髪の毛を纏めた。
なまさんは、毎日のようにやってくる常連さんだ。私が帰宅するこの時間に必ずと言っていいほど来ている。売り上げに貢献してくれるのはいいことだが、何をしている人なのかさっぱり分からない。一度、何の仕事をしているのか聞いてみたことがあるが、はぐらかされてしまい、それきりになっている。そう言えば、なまさんて…。いつも”なまさん”って呼んでるから気にしてなかったけど、珍しい苗字なのよね…確か”鯰”(なまず)さんだったよな?
「すいませ~ん、注文いいですか?」
ふいに私は我に返った。ボーっとしてしまっていた。
「はい、ただいま!」
少し前に入ってきたお客さんに呼ばれた。初めて見る人だ。女性一人で来ている。
私は洗い物をする手を止めて、お客さんの座るテーブル席へと向かった。
「お待たせしました。ご注文どうぞ」
「このベイクドチーズケーキと、本日のお勧めブレンドのセットをいただけるかしら」
「はい、かしこまりました。お待ちください」
私も父の作るチーズケーキは大好きだ。父のオリジナルレシピらしい。何度か作り方を教えてもらっているが、なかなか父と同じようには作れない。『そんなに簡単に作ってもらっては困る』と父は言うけれど、早く色々作れるようになりたいと思っている。
「柚萌ちゃん、ご飯温めなおしたわよ」
「はあい」
………え!?………柚萌…ちゃん?って誰の声!?
その瞬間、目の前に飛び込んできた顔は………。
「柚萌ちゃん!早くご飯食べちゃいましょ」
そう言っているのは、昨夜の夢に出てきた………確か、まぐよさん………だったかな?ていうことは………。私は夢を見ているの?でも、さっきまで私はお店の手伝いをしていたはず。どういうこと?お客さんからの注文を受けたとこからの記憶がない………。
「柚萌ちゃん、ほら!お腹空いたでしょ?さっきのポルターガイストで、食べ損ねちゃってたからね」
そう言いながら、まぐよさんは私の目の前のテーブルに食事を並べている。
「ちょっと遅くなっちゃったけど、朝ご飯食べちゃいましょ」
一体どうなっているんだろう。何が起きているのか全く分からない。
「そろそろみんなも起きてくるころよね」
ドアがガチャっと開いた。
「みなさん、おはようございます!」
そう言って入ってきたのは、ちょっと小太りのおじさん………。
ガタンッ!!!!!!!
私は思わず立ち上がった。座っていた椅子が倒れるほど、ビックリした。
「なまさん!」
そう。ドアを開けて入ってきたのは、常連さんの”なまさん”にそっくりなおじさんだった。
「ほら!噂をすれば。オホホ」
「なまたろうさん、おはようございます!」
「おはようございます」
「柚萌ちゃん、大丈夫?」「どうしたのよ。急に立ち上がるなんて、危ないじゃない」
そう言って覗き込まれたまぐよさんのギョロっとした大きな目は、昨夜の夢で見たまぐよさんのそれより大きい気がした。
「だって………」
私は言いかけてやめた。そう、だってこれは夢なんだもの。
「変な柚萌ちゃん。オホホ」「さあ、私は若者たちを起こしてくるわね!」
まぐよさんはドアを開けて出て行った。直ぐに階段を昇る音が聞こえてきた。
「ほら、柚萌ちゃん!座って」
なまさん…によく似たおじさんが、倒れてしまった椅子を戻してくれた。
「あ、ありがとうございます」
私はこの状況がまだ理解できていない。さっきまでお店で働いていたはずの私がなぜここにいる………いや、また同じ夢を見ているのか。夢を見ているということは、私は寝ているということ?でも、どこで?寝た記憶なんてない………さっきお店で女性客の注文を受けたばかりのはず………。それに、また夢を見ているにしても、夢から覚めたところから夢の続きを見ているってことよね………。しかもこんなに鮮明に、そしてなによりも不思議なのは、自分の体温や呼吸に心臓の音まで分かる。ここのひんやりとした湿気の多い空気までも感じるのは何故?
ドアの向こうから、数人の足音と話し声が聞こえてきた。
ガチャっとドアが開く音がして、まぐよさんと4人の男女が入ってきた。これまで会った人たちよりも若い人たちだ。
「おはようございまぁ~~~す」
「まだ眠いよぉ~。休みの日くらいゆっくり寝かしてくれてもいいのになぁ」
「みんなおはよう!」
「おはようございます」
「若いんじゃから、とっと起きてすることがあるじゃろ」
「どうでもいいから、早く食べさせてくれんかのう?わしはさっきから腹がなりっぱなしじゃい」
パンパン‼
「ほら!もう話はいいから早く座って食べましょ!」
まぐよさんが、みんなの会話を遮るように手を叩きながら言った。
「は~~~い」
「はいはい」
それぞれが同じように返事をしながら、まぐよさんに呼ばれて入ってきた4人は、それぞれの椅子に座った。
ここでは、まぐよさんの言うことならよく聞いてくれるみたいだ。家政婦さんだって言っていたが、まるでみんなのお母さんみたい。
「柚萌ちゃんも、早く座りましょ!」 折角、なまさんに椅子を直してもらったのに、動揺して立ったままだったらしい。いや、それもおかしな話かもしれない。これは夢なんだから、こんなことを気にする必要もないわけで。あ~~~~~、私は何を考えているんだろう。そんなことを思いながら私は椅子に座った。
ー夢の中で食べるご飯て、どんななんだろうー
「じゃあ、もう一度。いただきましょうか」
まぐよさんのその言葉で、みんな一斉に『いただきます』を言って食べ始めている。いくら共同生活だからって…。何だか学校みたい。自分の夢だからと言っても、ついていくのがしんどい。
「食べないの?柚萌ちゃん?」「俺もらっちゃうよ?」
目の前に座った男の子が話しかけてきた。
「あっ………。えっと…はい、食べます」
夢の中で食事かぁ…夢だしな、太らないよね?それに、味とか食感とかどんな感じなんだろう………。夢だから味も食感もないのかも知れないけど、見た目は普通の食事に見えるんだよなぁ…質素な和食?なんだろうな。ご飯にお味噌汁に、何だかドロッとしたものに…サラダと………お豆腐かしら?
お腹が空いているという感覚はなかったけれど、私は恐るおそる目の前に並べられたものを食べてみることにした。
まずはお味噌汁みたいなものから、手を付けてみた。
「ん?おいしい…」
「あらあ、柚萌ちゃん!ありがとう!」「そんなこと言ってくれるのは柚萌ちゃんだけよお~」まぐよさんが嬉しそうに言ってきた。
「たくさん作ったから、おかわりしてね」
大きな目を輝かせながら、まぐよさんは言った。
「あっ、はい。ありがとうございます」
「まぐよさんの作る料理は、どれも美味しいからのう」
「そうよね。だからついつい食べ過ぎちゃって、太っちゃうのが難点」
「あらあ、美味しいもの食べて太るなんて幸せじゃないの!」
「確かにそうかも知れんのう」
「でも太るのは嫌よ~」
みんなのお喋りが始まった。
確かに美味しいけれど、今まで食べたことのないような…でも懐かしい感じのする味………。って何考えてんだ私。
「そう言えばさ、今朝早くに地震なかった?」
まぐよさんが起こしに行ったうちの、1人の女性が言った。
「地震?いつものポルターガイストじゃなかったの?」
うなみさん…だっけ?この人、普通に話してるじゃん。ウケる。にしても、地震て言ってる女性も個性的な顔してるよなぁ………。なんていうのかな?そう!イカ‼出かけるって言って出て行った、タコみたいな人と同じくらい個性的。ダメ…思い出しちゃった。笑いを堪えるのって、こんなにしんどかったっけ。って、私ってば…いくら夢とはいえ、めちゃくちゃ失礼なやつじゃん。
「ちょっと激しかったけど、いつものポルターガイストだと思うわよ!オホホ」「そして相変わらず、まんぼうずさんは何の役にも立たなかったけどね」
「まぐよさん!役に立たなかったとかは言わなくてもいいじゃろ!」
まんぼうずさんはちょっと声を荒げて言ったが、内心はきっと怒ってなんかはいないんだろうな…。
「そうなんだ?地震じゃなかったのかぁ~」
イカみたいな顔の女性は残念そうだ。
「イカミちゃん、何だか地震じゃなかったのが残念そうじゃのう」
「確かに、地震が起きた方がよかったのかな?」
???????イカミちゃん????????え?やっぱりイカ………なの???どうなってんのよ、私のネーミングセンス………自分で自分が情けない。
「そういう訳じゃないんだけどね、何だか今朝のは変な感じがしたから」
「変な感じって言えば、柚萌ちゃんが倒れて記憶をなくしちゃったのよ!」
「え!?何!?どうしたの?」
「記憶をなくしたって!?柚萌ちゃん、本当なのかい?」
「もしかして、私たちのこと分からないとか?」
「なになに?柚萌ちゃん、マジで?」
「………えっと………」
みんなの顔が、視線が、こっちに向いてビックリして言葉が出ない…。
「ほらぁ、柚萌ちゃんがビックリしてるじゃないの!みんな落ち着いて」
まぐよさんが、またお母さんみたいになっている。
「まだ記憶をなくしてから1時間も経ってないのよ」「そんなにみんなで聞いても、答えられないわよ」
そうよ!まぐよさん。でも、私は記憶をなくした記憶なんて全くないし、これは夢の中なわけで。そもそも記憶をなくすっていう発想自体がおかしいのよ。って、私の夢だから、私の思考ってことなんだろうけど………ホントに疲れる夢………。
でも、何で夢の中で私はこんなに頭を使ってるんだろう。
「そうなんだぁ…じゃあ、今日のお出かけの約束はナシってことね」
私の斜め前に座った、同い年くらいの女の子が言った。
「ん?おきん、柚萌ちゃんと出かける約束してたの?」
「そうよ!いるなちゃんも一緒にね!」「ね!いるなちゃん」
「そうですね。でも記憶喪失になんてなってるなら、仕方ないですね」「柚萌さんの記憶が戻ったらまた行きましょう」
後からまぐよさんに起こされてきたうちの、イカミさん以外の3人だ。
多分…名前を呼んでいるんだろうけど………。ホントに、なんてネーミングセンスなんだ私は…。目の前に座っている男の子の名前だけまだ出てこないけど、きっと同じように変な名前なんだろうな。やけに目が大きすぎるから………そうだな………『でめか』いや、さすがにそれはないな…。『おきん』とか呼ばれてた子と、何となく似てるから………『きんじ』とか…。いやいや、やっぱり私のネーミングセンスは、ヤバいのかも。
「じゃあさ、柚萌ちゃんの記憶が戻ったら、でめたんも一緒に行こうよ!」
「はあ?俺も?」「ってどこ行くんだよ」
????????『でめたん』だって(笑)
やっぱり私のネーミングセンスは皆無ってことね………。
ん?でも、どこかで聞いたことのあるような…ないような………。何でだっけ?
ガチャ‼
「みなさぁ~~~ん、おはようございまぁ~~~す」
「お腹空いたよぉ~~~。」「まぐよおばちゃん!僕にもご飯ちょうだい!」
突然ドアが開いたと思ったら、そんな声が聞こえてきた。
私はドアの方を振り返った。
ガタン!!!!!!!
「いったぁ!!!!!!!」
私はまたビックリして、今度は立ち上がった拍子に転んでしまった。それほどビックリしたのだ。このふたり………
「いらっしゃい。今日は遅かったのねぇ」「柚萌ちゃん、大丈夫?」
「柚萌ちゃんてば、今日はどうしちゃったのよ」
「怪我はしとらんかい?」
「ごめんなさいね。声が大きかったかしら?ビックリさせちゃったわね」「この子ったら、お腹空き過ぎちゃってたみたいで」「かさたん!柚萌お姉ちゃんに、ごめんなさいして」
そう言った女性と『かさたん』と呼ばれた男の子は、今日、バスで会った不思議な親子だった。私は更にこの状況が理解できなくなってきていた。
夢現 ~ゆめうつつ~ 伊南世 海浩 @mihiro_68
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