第2話 現実世界…やっぱり夢だった?それとも…
「………め…柚萌!起きなさい!」
聞きなれた声が耳元で痛い。
私はハッと我に返った。
「え?お母さん?」目の前に、見慣れたいつものお母さんの、ちょっとイライラした顔が飛び込んできた。「私………あれ?何してたんだっけ?」何だか頭がボーっとしている。
「もう!いつまで寝ているつもりなの⁉学校に遅れるわよ‼」
お母さんに、思いっきり布団をめくられた。
「え⁉」
私は慌てて飛び起きた。
何か、大事なことを忘れているような気がしたが、時計と、お母さんの顔を見ると、急いで支度をしないとならないような時間だということが分かった。
「やっば!!」
「起きるおきる!」
私は飛び起きた。着るものなんて何でもよかった。たんすの引き出しから、一番手前のTシャツとジーンズを取り出し、着替えた。簡単に身支度を済ませて、いつものかばんを手に取り、部屋を出た。
頭の中に、何かがこびりついたようですっきりしない。学校に行かなければ。そのことは頭の中を駆け巡っている。なのに、自分でも何をしているのか、よく分かっていなかった。私の頭の中で、何が起こっているのだろう。
「お母さん!ご飯いらないからもう行くね」
お母さんにそう言うと、家を飛び出し、いつものバス停に急いだ。
相変わらず頭の中がもやもやしていて仕方がない。こんなことは初めてだ。何かを思い出さなきゃいけないのに、それが大事なことなのか、大したことじゃないのか、それすらも分からない。大したことじゃないから、思い出せないのかも知れないが、でも何かが引っかかる。
「あ~~~もう!」
私は思わず声を出してしまっていた。
周りの痛い視線に気が付いた。いつの間にか私はバスに乗っていたのだ。
「お嬢さん、大丈夫?」
見知らぬ女性に声をかけられた。
「あ、はい。大丈夫です」
きっと私の顔は真っ赤になっていたと思う。
と、その時。私は不思議な感覚を覚えた。その女性の顔を見たからだろうか。起きた時から、ずっと感じているもやもやが何なのか、分かりかけたような気がしたのだ。
見たこともない女性を見て、そんな風に感じるなんてどうかしている。年は30代くらいなのかな?目の大きな、ちょっと小綺麗な感じの女性だ。小学生くらいの男の子を連れている。子どものいる女性に、知り合いなんていない。でも何故か………。
「…次は~○○町前~○○町前~お降りの方は………」
あ、降りなきゃ………。
私はハッと我に返った。身支度も適当に済ませ、慌てて出てきたというのに、ここで乗り過ごしてしまっては意味がない。
「柚~~~萌!」
後ろから、そう声が聞こえたかと思ったら、肩をポン!と叩かれた。
「つぐみぃ!乗ってたんだ」
去年の4月から通い始めた専門学校で知り合い、友だちになった。偶然、試験の日にとなりになった子だ。私よりずっと背が高くて、モデルのようなスタイルをしている。顔も美人の部類に入ると思う。こんな顔にスタイルに生まれてたら、悩みとかないんだろうなあ………。私はちっちゃいし、顔もスタイルも多分普通なんだよな…あはは………。
「…ぇ。…ねぇってば。柚萌?」
「もう!何やってんの?早く降りて!」
ふいに手を引っ張られて、よろめきそうになった。
「っわあ…」
そのままつぐみに手を引っ張られながら、転げ落ちるようにバスを降りた。
「柚萌、何か変よお?」「あぁ~!聡有さんと喧嘩でもしたんでしょぉ~」
つぐみは、にこにこしながら聞いてきた。
「してないわよ?そんなに変かな…私」
そう言いながら、確かに自分でも変だと思っている。きっと、つぐみに言っても分かってはもらえないだろうから、私は何も言わなかった。
「今日寝坊しちゃったから、それでかな?まだ眠いのかも」
「なあんだ、そうなの?」
「昨夜、聡有と長電話しちゃったからかなあ」
「え~~~。結局ノロケられちゃうわけぇ?」
「そんなことないけど」
本当にそんなことないんだけど………。自分でもよく分からないのだから、仕方ない。聡有とは7歳も離れていて、未成年の私を、とても大切にしてくれている。だから、デートしても21時には帰される。電話も22時には終わりだ。私的にはもっと一緒にいたいし、話もしていたいけど………。
それにしても…つぐみってば、何で彼氏いないんだろ?
「つぐみは、好きな人とかいないの?モテるでしょ?」
「何よ、知ってるでしょ?私も、柚萌の彼氏みたいに、ちゃんとした人じゃないと、い、や、な、の!」「ナンパみたいに言い寄ってくる男なんて、ロクなのいないじゃない」
「そんなの、付き合ってみないと分からないんじゃない?」「私と聡有の出会いだって、ナンパみたいなもんだし…」
聡有との出会いは、父の喫茶店でだ。私は子どもの頃から、学校以外の時間は、ほぼ父の経営する喫茶店で過ごしてきた。中学生になった頃から、バイトではないが、喫茶店の手伝いをするようになっていて、そこにお客さんとしてやってきた聡有と出会ったのだ。
「じゃあ柚萌、授業が終わったら一緒に帰ろ!」
「あ、うん!またね」
つぐみとクラスは別々なので、教室のドアの前で別れた。
私は一人娘だ。父の喫茶店を継ぎたくて、調理師専門学校に通い始めた。父は『お前の人生なんだから、お前の好きな道に進んでいいんだぞ』と言ってくれているが、私は父の大切にしてきた喫茶店が大好きだ。特にランチで出しているコロッケが大好きで、絶やしたくないと思っている。喫茶店のランチでコロッケってのも珍しいのかも知れないけど、父と母の思い出の料理らしい。私もいつか聡有と、父と母のような夫婦になれたらなあ………なんて思ってる。
今日は、先生の話がちっとも頭に入ってこない。いつもは楽しくて仕方ない授業なのに、時間が経つのもとても遅く感じる。相変わらず、私の頭の中のもやもやは晴れてくれない………。
「………では、みんな、よく聞いておくように。」
そう言った先生の声で、まるで目が覚めたように感じた。目が覚めたといっても、眠っていたわけじゃない。
「来週のこの時間、実技試験を行う。魚を使って何か一品作ってもらう。和、洋、中、どんなメニューでもよい。実習時間内で試食、採点までが出来るように時間設定もきちんとすること」「質問等あれば、授業が終わった後に個別に聞きに来るように。以上!」「今日の授業はこれまで」
試験かあ………。魚ねぇ。魚ってちょっと苦手なんだよな………。どうしよう………。あのギョロっとした目が、どうもなぁ。
あれ?ちょっと待って………。何か………。思い出しそう………。
「そうよ!魚!」
「魚がどうしたって?柚萌?」
「あ!」
「何なにい?柚萌ったら、独り言?思いっきり声出てたわよ」
つぐみがそう言いながら教室に入ってきた。
「え?私、声に出してたの?」
私ってば…声に出てたなんて、めちゃくちゃ恥ずかしい。
でも、でもでも。そうよ、思い出した!この頭の中のもやもやが何なのか。
「出してたわよ?もう、柚萌ったら大丈夫?」「ホントに今日は朝から変なのお」
つぐみが興味津々な顔で、私の顔を覗き込んでいる。
「そう?ちょっと寝不足なだけよ」
「そうかなあ?絶対に変だと思うんだけどなあ?」
「ただの寝不足だって!」
「じゃあ、そういうことにしとくね!」「ところでさ………。」
「なあに?」
「さっき叫んでたのってなあに?魚がどうとかって?」
そうだった………。
「思い出したのよ!今日の夢を!」私は思わず興奮して喋り出した。
「今日ね、すごく不思議な夢を見たの!なんか、魚みたいな顔した人たちが何人か出てきて、そこで私が、その人たちと一緒に暮らしているっていうの」
「え~~~。なにそれ~。私は夢なんていちいち覚えてないなあ」
「それは熟睡できてる証拠じゃない?」
「そっかなあ?でも私も毎日眠いわよ?えへっ」
つぐみは美人だけど、笑った顔は美人というよりかわいくなる。
「でね、それが………」私は言いかけてやめた。
「ん?それがなあに?」
つぐみがキョトンとした顔で私の顔を覗き込んできた。背の高いつぐみに覗き込まれるとちょっと迫力がある。美人顔ということもあるのだが、私は気負けしてしまう。色々コンプレックスを感じているからかな………。
「なんでもない。もっと思い出しかけたんだけど、大したことなかった…あはは」
もっと思い出したことがあるが、つぐみに言うのはやめておこうと思った。
「変なのお」
「ごめんごめん」
つぐみに申し訳ないと思いながらも、それ以上はつぐみには話さない方がいいと思ったのだ。
「…あ!ほら、バス来たよ」
「うん」
私とつぐみはバスに乗り込んだ。
「そう言えばさ、実技試験の課題聞いた?」
「あぁ~うん。来週のやつでしょ?魚使ってなんか作れってやつ」
「え!?柚萌ってば、何言ってんの?」
つぐみがまたキョトンとした顔で私の顔を覗き込んでいる。
「何言ってんのって。さっき先生が、そう言ってたよ?」
「だって来週の実技試験は、全クラス共通で製菓講習の最終試験でしょ?」「何で魚が出てくるのよ?柚萌ったら、まだ夢の中にいるんじゃない?」「あ、今のはダジャレじゃないからね!」
「え!?つぐみこそ何言ってんのよ?」
私はつぐみにからかわれていると思った。
「夢の話なんかするんじゃなかったなあ…」
「いやいや、柚萌こそどうしたのよ?本気で言ってんの?」
ふいにつぐみに肩を掴まれ、真剣な顔で見つめられて、そう言われた。
私は更に訳が分からなくなってきた。一体、私の頭の中で何が起きているのだろう………。
「ちょっと待っててよ」
そう言いながら、つぐみはカバンの中から一枚のプリントを出して、私の目の前に差し出した。
「ほら!よく見てよ!」
「なあに?」
つぐみの迫力に圧倒されながら、私はそのプリントに目をやった。
「魚なんてどこに書いてあるの?」「このプリントもらったでしょ?」
「え!?もらったかなあ?」
私は納得がいかなかった。私の記憶では、絶対に魚を使っての実技試験だったはずだ。でも、つぐみが見せてくれたプリントには、確かに全クラス共通で製菓講習の試験だって書いてある。夢があまりにも強烈過ぎて、勘違いしちゃったにしてもひど過ぎる。若年性アルツハイマー?記憶障害?幻聴?
ぼーっとしている私を見かねてか、つぐみが私のカバンを取り上げて、中身を探り出した。
「あるじゃない!」
「え!?」
私には、そんなプリントをもらって、カバンにしまったことなど、記憶になかった。
今日は何かがおかしい。いや。”おかしい”そんな一言では片づけられないくらいおかしい。だって、あれは夢だったわけで………。
「やあだ!僕まだ帰りたくない!」
突然、バスの前の方から男の子の声が聞こえた。
「静かにしなさい。みんなの迷惑になるでしょ?」
お母さんらしき女性が口元に人差し指を当て、シーっという動作をしながら、男の子に言った。
あれ!?あの女性と男の子………。
あ!朝もバスの中でみかけた子だ。
「親って大変よねぇ。」
「いきなりどうしたの?」
「あの親子、朝もバスが一緒だったんだけど、母親って大変だなあって思って」
「なによ?いきなり親孝行の話?それとも、母親にでもなりたいの?」「それに、どの親子よ?」
また、つぐみに顔を覗き込まれた。
「違うわよ。あの親子だって。ああやって子どもが騒いじゃった時、大変だなって」
私はその母親と男の子の方を見ながら、つぐみに言った。
「ん?どこで子どもが騒いでるって?」
「どこでって、前の方で男の子が、帰りたくないって言ってるじゃん!」
私は小声で喋れるように、ちょっと背伸びして、つぐみの耳元で言った。こういう時に特に身長差を感じるんだよなあ。私もせめて158cmとか欲しかったな。
「柚萌ったら、何の冗談よ?」「え!?マジで大丈夫?」
つぐみがめちゃくちゃ心配そうな顔で、私の顔を覗き込んだ。
「なんで?」
「いや、そんな親子どこにもいないわよ?」
つぐみは、バスのなかを見回しながら、不思議そうな顔をしている。
「だから、前の方にいるじゃない」
「いないわよ?前にいるのは、仲の良さそうな老夫婦と、高校生グループと、柚萌と同じクラスの男子2人かな?」「子どもなんていないわよ?」「柚萌ったら、しっかりして!」
マジで心配そうな顔をしている?つぐみにからかわれているわけじゃないなら………。マジでヤバいやつじゃん!?
「私にだけ…見えてるってこと?」
「って、ホントに柚萌には見えてるの?」
「………うん」
絶対におかしい。私の頭の中………どうなっちゃてんだろう………。
今朝起きた時からのもやもやは、夢のせいだと思ってたけど。違うのかな?なんか悪い病気だったらどうしよう………。
でも…私にはやっぱり親子が見える。………え!?今、2人が私を見て…笑った?
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