第2話

 ただまた職安に居た同じ家庭教師志望の噂話に加わった時「そんなの当たり前だわ」とも言われた。


「本当にいいとこだったらそれで妾か愛人の座が手に入れば御の字じゃない?」


というひとも。

 時々あるのだという。


「まああんたは地味にしてても美人の方だから、結構そっちで危険かもねえ」


 身ぎれいにしてしなさい、というのは母の教えだったが、ここでそれが仇になるとは思わなかった。

 女家庭教師は、顔の造作が崩れている方が得なのだ、と私はその時気付かされた。

 だがもって生まれたものはどうしようもない。

 私はできるだけ地味に地味に、それこそ前時代をひきずっている様な女の格好をし続けた。

 だがそれでも、何カ所かで同じことになって解雇される。

 教えている当の子供達はいつもそれなりに懐いてくれているというのに。


 どうしたものか、と公園で鳩に豆を撒いていた時だった。


「いつもこの公園に居ますね」


 そう言ってベンチの隣に座ってくる男が居た。


「……暇ですから」

「見たところ、家庭教師をなさっている?」

「つい昨日までは」

「なるほど、首になったと! まあ仕方が無いですね、貴女の様な美人では」


 私はむっとした。


「初めて会った方に、そんなこと言われる筋合いは無いと思うのですが!?」

「ああ失礼。俺はよく貴女をこの公園で見掛けるので、つい昔からの知り合いの様に思ってしまったのですよ」


 それがハロルドとの出会いだった。


 私は解雇され、職安に行く時にはここで昼食をとっていた。

 公園はいい。

 緑にあふれ、季節の花に満たされ。

 家からサンドイッチと紅茶を持ってくるが、気が向いたら屋台のフィッシュアンドチップスも加えてもいい。

 うんざりする様なあの職安のざわめきから開放される。

 しかしそれをまた、いちいち見ていたのか、と思うとやや微妙な気分になる。


「そうですか、じゃあ今度から別のところで食事をすることにします」


 するとはっし、と手を取られ。


「まあ、せっかくだから俺の愚痴もちょっと聞いてくれませんか?」

「愚痴ですか? 聞く義理は無いと思いますが?」

「いやいや、貴女の仕事口になるかもしれませんよ?」


 そう言われたら、そう簡単に立つ訳にはいかない。


「俺はこういう者です」


 彼はとある弁護士事務所勤務と書かれた名刺を差し出した。


「自分の担当しているお宅では、家庭教師が急に恋人と駆け落ちしてしまって大変だ、ということです。何だったら如何ですか?」


 自分が紹介する、と彼は言った。

 初対面の人の話をそのまま受け取るのは何だったが、それでも職につながれば、という気持ちはあった。

 理由が理由な解雇が続いたせいで、職安の方もなかなか仕事を回してくれないのだ。

 なので藁にもすがる思いはあったのだろう。

 私は彼に紹介された家へと行った。

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