離婚はしません。それが一番の貴方への罰ですもの。
江戸川ばた散歩
第1話
「ああ、確かに浮気というならしているさ」
問い詰めると、夫はふっと薄ら笑いを浮かべ、私にこう言い放った。
「無粋だな…… いいかルビー、お前と結婚したのは、浮気をするスリルを味わいたいからだ」
「は?」
「そもそも昔の貴族のことを考えてみろ。皆結婚した上で別の恋人を作ることなんか当然のことだったんだぞ。単に俺はそれを見習っているだけだ」
私は唖然とした。
いや、それ、そういう退廃的な生活とかに怒った市民が革命という名で意趣返しをされる原因だでしょう?
無論今の世の中で、しかも私達が貴族とか大実業家で家同士の結婚をしたというならば、それはそれで我慢できる。
だけど私達は一応恋愛結婚のはずなんだけど。
*
私と夫のハロルドが結婚したのは、三年前、私が二十四の時だ。
既に嫁き遅れとも言われていたが、中流階級では無条件に良い嫁ぎ先など無い。
むしろ私は長女だったので、実家の弟妹達のために仕事を見つけて稼がなくてはならない身だった。
一生独身でも仕方がないだろう、と思ってもいた。
そこで何とか養成所で学だけは身につけて、家庭教師になった。
ただ、必ずしも安定所で紹介されるところが良い勤め先とは限らない。
女家庭教師を子女の教育に雇う様な家も色々ある。
良いところでは使用人であれ、「教師」として教えてくれる相手を尊重し、子供にもそう教育している。
だが本当にただ使用人と見て、どう扱ってもいい、というところもある。
と言うか、おそらくそっちが大半だろう。
どれだけ家格の高い家でも後者はあるし、低くても前者の場合もある。
もうこれは本当に運だった。
そして私の運は悪かった。
就職先自体は良かった。
給料も良く、担当した下の子供達も懐いてくれた。
だがしかし、上の子、というのが居た。
二十歳くらいの青年でも一応「子」なのだ。
その長男が迫ってきた。
というより、襲われた。
屋敷内の空いた部屋に連れ込まれ、背後からスカートをまくられ、下着の開かれた股間に手を伸ばしてきた。
最初の職場だったこともあり、私はそんなことが本当にあるなんて、とかわすこともできず、ただひたすらに抵抗した。
必死で逃げた。
するとあろうことか、その日のうちに家政婦と執事、それに夫人に呼ばれ、私は解雇された。
理由は「我が家の長男をたぶらかしたから」。
おそらく長男が母親に言いつけたのだろう。
私に誘われたとか何とか言って。
いや、そうでなくてもいい。
ともかく雇い主の息子に力尽くで逆らった。
それだけで解雇の条件としては充分らしい。
無論理不尽さは感じたが、雇われた以上、そういうこともあるのだと。
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