異・食物でも恋していいですか?

@tonari0407

異・食物でも恋していいですか?

 僕が君に出会ったのは、暑い夏祭りの日の夜の事だった。


 僕は鉄板の上で、1つ忘れられてふてくされていた。チリチリと焦げる身体が焦げ臭くなっている気がして、少しでも回避しようともがいていた。


 そんなとき、人混みの合間から向かいの屋台に君の姿が見えた。

 君は静かにたたずんでいた。でも少しぷるぷると震えていたね。

 少し多めに分厚くかかったミルクチョコ、でも下の方にはあまりついていなくて、僕にはそれがとてもセクシーに見えたんだ。ピンクのジュエリーシュガーと銀色の丸いアラザンがキラキラと光輝く。

 割り箸への刺さり方の不安定さがはかなげで、僕は彼女を支えたいと思った。


 僕があまりに見つめるものだから、君は僕に気がついた。でもすぐ興味なさそうに目をそらしたんだ。仕方ないとは思ったよ。だって僕は君には熱すぎる男だから。


 見ているだけで十分だ。君の姿を少しでも長く見つめていたくて、熱かった鉄板も身体の焦げも何も気にならなくなる。

 君はとても魅力的で美味しそうだったから、きっとすぐに連れ去られてしまうと思った。

 そんな君と一緒にいられるなんて、僕は夢にも思わなかったんだ。


 別れの時はすぐにやってきた。


「パパ、チョコバナナ食べたいー」


 いかにも君のことが好きそうな小さな女の子が君を指差す。

 パパと呼ばれた男は、君のことをすぐに買ってその場を去ろうとする。

 あの男なら君がちゃんと役目をまっとうするまで任せられる、僕はそう思ったんだ。


 大人だから君のことをちゃんと持てるだろ?


 しかし、あろうことか男は君のことを女の子に持たせたんだ。僕は怒りにタコが飛び出そうだった。


 人混みの中で小さな子に、君みたいなデリケートな子を持たせたら何があるかわからないだろ?

 君に夢中になって、周りが見られずに女の子自身にも危険が及ぶ可能性だってある。


 それでも父親か!なんてことだっ!あんなやつらには君を任せられない。


 君は僕が守るっ!!

 僕は必死に美味しそうな匂いを出した。


「あっパパはたこ焼き食べようかな? いい匂いだ」


「えーたこ焼きー? 早くチョコバナナ食べようよー」


 女の子の声を無視して、男は僕たちを購入してくれた。幸運なことに僕はそのメンバーに何とか選ばれることができ、しかも爪楊枝つまようじをさしてもらえた。これでいざというとき、君を守ることができる。


 女の子の不安定な手の中で君は震えていたね。

「大丈夫? 」

 と僕が声をかけると、一人じゃないと思えたのか君は少し安心した顔をした。でも、僕の熱気が熱かったのか、すぐに君は顔をそらしたんだ。

 暑い夏の日だったから、君のチョコは少し柔らかくなり始めていてきっと不安だったんだね。


 君のそんな気持ちは、そのときの僕にはわからなくて少し残念に思ってしまったよ。



 男と女の子は、見晴らしの良い階段に腰かけた。

 彼らはここで僕たちを食べながら花火をみるようだ。


 君と一緒に花火をみられたら……


 こうして近くにいること自体が奇跡みたいなものなのに、欲張りな僕は更なる奇跡を願ってしまった。


 熱くない僕なんて、美味しさ半減じゃないか。そんな姿を君に見せたくない。せめて熱い男のうちに食べてもらってこそ、おとこたこやきの生き様だよな。


「じゃあ食べよう」

 階段に横並びで女の子と座った男は声をかける。


 られるっ! 僕はそのとき覚悟を決めた。


 パックが開けられ、熱かった空気が逃げていく。夏の夜の空気が心地良い。


 これが外の世界ってやつか。最後に見られて本望だ。


 僕の爪楊枝が無残にも抜かれた。熱きたこ焼き魂まで抜けていくようだった。


 しかし、男に選ばれたのは違うたこ焼きだった。


 どうやら男は右ききで、パックの右側から食べていくようだ。

 僕が座っているのはパックの左隅、このままいくと最後に食べられる可能性が高い。


 危ないところだった。

 僕の鰹節は焦りと緊張感に湿っていた。青のりも風に揺られて少し落ちてしまった。


 それでもまだ僕は生きてる。生きてるぅー。

 はっ! あの子は?


 ふと見ると、君が女の子に頭をめられていた。


 なんてことだ! チョコとバナナを一緒に食べてこそのチョコバナナなのに……。

 だが、小さな女の子だし、仕方ないか。


 そもそも僕たちに食べられ方を選ぶ権利なんてない。


 君は少し悲しそうだった。倒れそうな君を支えてあげたかったけれど僕にはどうすることもできない。


「災難だね」君に声をかける。

「落ちそうだけど大丈夫? 」


「……なんとか」君の声は暗くしずんでいた。


「もうすぐ花火があがるみたいだから、みられたらいいね」

「そんなの待たずに食べられちゃうわよ」

 僕の声かけにも君の顔は浮かなかった。


「えっと、君、とても素敵だよね。気づいてたかもしれないけど、僕、向かいの屋台から君のこと見てたんだ。名前、教えてもらってもいいかな?」


「知ってるわ。視線が熱くて嫌だったの。

 私の名前はチョコバナナ。1本200円よ」


 チョコバナナちゃんって言うんだ。

 なんて素敵な名前なんだ。


「熱くて……ごめん。

 僕の取り柄が熱いことで……って今は冷めつつあるんだけど。

 僕、たこ焼き。6個で300円のたこ焼き」


「たこ焼き……いい名前ね。貴方あなたに合ってる。

 でも、なんで私だったの? 他にもたくさん魅力的な子達はいたでしょ? 」


「チョコバナナちゃんは全然違うっ!

 確かにピンクのチョコだったり、カラースプレーだったり、色んな子はいたけど……。

 その中でも君は光り輝いてたんだ! 」


「えっ……」


 ひゅるるるる……どーん


 夜空に花火が上がった。

 花火の光にチョコバナナちゃんのトッピングが一層キラキラと輝いて、花火よりもよっぽど眩しい。


「花火、見れたね」


 いつの間にか男と女の子は花火に夢中だった。食べる手を休めている。


「ほんとね。みられるなんて思わなかった。キレイ」


「チョコバナナちゃんの方が綺麗きれいだよ」


 僕のタコがどくんどくんといっている。

 冷めかけているはずなのに、身体が熱かった。


「……熱いわ」

 チョコバナナちゃんは恥ずかしそうに目をそらした。


 花火は美しかった。でもそんな幸せな時間は長く続かない。


 なんと、男はたこ焼きを食べ進めていた。


 本当に花火みてんのか?! っと突っ込みたい程だった。


 ついに次が僕の番だ。


「チョコバナナちゃん、僕はもう終わりみたいだ」


「たこやきさん……」

 チョコバナナちゃんは別れを悲しんでくれているようだった。チョコが少し溶けている。


「君に会えて良かった。

 あの、僕、君のことが好きだったよ!

 ありがとう、チョコバナナちゃん」


「たったこやきさん、私も――」


 僕はチョコバナナちゃんの声を遮る。これ以上情けないところは見せられない。


「冷めた僕をもう見ないでくれ」


 爪楊枝が僕に刺さる。


「あーっ!! 」

 女の子の叫び声がした。


 チョコバナナちゃんが女の子の手から崩れ落ちる。


「おっと……、うわー」


 男は咄嗟とっさに手を出してチョコバナナちゃんを受け止めていた。


 しかし、元々溶けかけていた彼女のチョコは無残にベタベタになり、身体に均等についていたトッピング達は、茶色のチョコの影に埋もれている。彼女自身も折れかけていた。


「たこ焼きさん、こんな姿、見ないでぇ! 」

 チョコバナナちゃんの悲痛な声が聞こえる。

 あまりに悲惨ひさんな光景に僕は直視出来ない。


「ほらー、早く食べないからだろー? 」

 男の声が聞こえる。

「ほら、食べちゃいな」

「んんー、なんかべとべとー」

「ずっと持ってたから溶けちゃったんだよ」


 そっと視線を戻すと、男が女の子の口にチョコバナナちゃんを入れていた。


 チョコバナナちゃんは悲しそうに微笑んでいる。

「先にお別れみたい。

 こんな姿でごめんね。私たこやきさんのこと好きだったわ。

 見つけてくれて、ありが……」


 僕が彼女の言葉を最後まで聞くことはなかった。

 男が躊躇ちゅうちょなく彼女を食べたからである。


 貴様きさまに武士の情けはないのかー!

 人情はないのかぁ!!


 僕は悔しかった。無力な自分に腹が立つ。


「んー甘っ、手がべとべと」


 彼女が甘いのは当たり前だ。あんなに素晴らしいチョコバナナだったのだから。


 べとべとになったのはお前のせいだろー!


「手を洗いに行こっ、これも食べて、ゴミ捨てて」


 考えるひまもなかった。僕には最後の言葉を残す相手もいなかった。


 僕は無情に一口で男に食べられた。


「んー、意外とチョコバナナとたこ焼き、合うかも」


 そんな声が最後に聞こえた。





「たこやきさんっ、たこやきさんっ」


 僕を呼ぶ声に目を開けると、完璧な姿のチョコバナナちゃんが目の前にいた。

僕も熱くてかりかりだ。


「ここは? 」


「わからないの。気づいたらここにいて。

 もしかしてこれが天国かしら? 」


「まさか? 」


「だって、私達こんなにくっついているのに、私は溶けないし、貴方あなたは冷めないのよ? 」


 僕たちは確かに溶けても冷めてもいない。


 遠くの方がぱぁーと明るくなり、その光がどんどん近づいてくる。


 なんとなく、光が僕達を包んだときが終わりだということはわかった。


「もうすぐ終わりみたいだね。最後に君と一緒にいられて嬉しい」


「私もよ」

 1と1の目があった。そっと静かにキスをする。


「現実ではあり得ないね」

「私、とても幸せだわ」



「生まれ変わってもまた貴方あなたに会いたい。見つけてくれる? 数ある屋台の中から」


「もちろん、君以上の子はいないよ」


「私達生き残っていけるかしら? この激しい屋台メニュー争いの中で」


「昔から頑張ってきたんだ。大丈夫だよ」


貴方あなたは大丈夫かもだけど、私は厳しいかも知れないわ。りんご飴に負けるし、他の子達だってどんどん出てくる。

 私、たこ焼きになった方が良いのかもしれない。その方が貴方あなたと同じ鉄板にいられる! 」


「何馬鹿なことを言ってるんだ!

 熱さに弱い君をあんな熱くて男くさい場所に置いておけない。

 君はチョコバナナになるんだ。君は世界一のチョコバナナだよ!

 どんなチョコでも、どんなトッピングでも見つけてみせる! 」


「たこやきさん……。わかったわ。私また

 チョコバナナになる! トッピングがまばらでも嫌いにならないでね」


「そんなの当たり前だろ。どんな姿でも君を嫌いになったりなんかしない。

 一緒にまた花火をみよう。きっとみられる。

 最後にあの男が言ってたんだ。

 たこ焼きとチョコバナナは合うって。僕達の食べ合わせの良さに人々が気づけば、また会える未来は遠くない。

 僕は君を救ってくれたあの男を信じてる。

 あいつが僕を買って引き合わせてくれたんだ。

 彼はきっと僕達の相性の良さを広めてくれるよ」


「私も信じるわ。

 また一緒に食べてもらいましょう」


 僕達は光の中に包まれた。






 花火が上がる。夜空に花が咲く。

「ねぇ、たこ焼き食べたいっ」


「じゃあ、チョコバナナも買うか! 」


「えーなんでー?合わなくない? 」


「いやこれが意外と合うんだよ。お互いのために生まれたのかって感じ! 」


「うそー? 」


 話し声は人混みの中に埋もれて消えていった。





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