思わぬ小道具の使い方

 ジネット様達からの疑いが晴れて少し心が軽くなった私は、記録の魔法石を持って樫の木へと向かいました。久しぶりにモルガンの声を録音するためです。


 すぐにでも使えるように小ぶりの石を一つ、手に握りしめて録音するときのことを想像します。きっと今回も照れながら応じてくれるでしょう!


 上機嫌で樫の木の下にやって来た私は、珍しくモルガンがいないことに首をかしげました。いつもでしたらモルガンが先に来て待っていてくれるのですが。


 それでも気にすることなく待っていると珍しい方が姿を現します。ふんわりとした金髪の大変な美形のプロスペール様がいらっしゃいました。


 漠然とした不安を感じた私は手にした魔法石を握りしめてそれに耐えます。


「なぜプロスペール様がここに?」


「やぁ、きみがここにやって来るって聞きつけてね。ついやって来たんだ」


「それで何かご用でしょうか」


「実はね、ちょっとぼくの目を見てほしいんだ」


 突然現れて不思議な要求をされた私ですが、それくらいならばとプロスペール様の目を見返しました。紅の瞳がとても印象的です。


 けれど、すぐに体がふわりと宙に浮くような感覚に襲われました。更にそのお顔を見ていると次第に心臓がドキドキしてくるではありませんか。


『きみはプロスペールのことが大好きだ。もう他の誰のことも考えられない』


 はっきりとは聞こえないのに意味はしっかりと理解できる言葉が私の耳に忍び込んできました。そして、それは当然の摂理のように心へと染み込もうとしてきます。


『今の婚約を解消し、プロスペールと共にいることが唯一の幸せだ』


 しかし、婚約を解消という言葉を聞いて違和感を抱きます。私は確か絶対に婚約を解消しないと誓ったはずです。


『きみにふさわしいのはモルガンではなくプロスペールだ』


 いいえ、私はモルガンとの婚約は絶対に解消しないと誓ったはず。


 そこまで考えたとき、私は急に現実へと引き戻されたかのような感覚に襲われました。


 私の様子を見ていたプロスペール様は大層狼狽されます。


「ばかな、ぼくの魅了の魔法が弾かれた!? 完璧だったのに! あ、そのペンダントは! 確かキトリーがしていた魔除けのペンダント!」


「プロスペール様、今私に何をされたのですか?」


 答えは今聞きましたが、あえて私は問いかけました。すると、言葉に詰まったプロスペール様が目を逸らされます。


「以前私の姉が魔法で害されかけたときはそのお力で助けてくださったそうですね。しかし、今回はそのお力を悪用されるとは何事ですか!」


「う、うるさい! ぼくは用事を思い出したから帰る!」


 強く出た私に怯んだプロスペール様は慌てて立ち去られました。


 その後ろ姿を見ながら、私は危機が去ったことを実感してよろめいてしまいます。


「危なかったです。もう少しで私はモルガンを裏切ってしまうところでした」


 首から提げていた銀のペンダントのことを私は思い出しました。魔法の効果を和らげてくれるとは聞いていましたが、プロスペール様の様子を見るに効果があったようです。


 それにしても、まさかこんな強引なことをなさるとは思いもしませんでした。


 今後も身の危険を感じますが、あの方の行為を止める方法など思いつきません。一介の男爵家の娘に公爵家の嫡男をどうこうする力などないのですから。


「どうすれば良いのでしょう。あら?」


 今後のことを考えて頭を抱えようとしたときに、私は手に何かを持っていることを思い出しました。手のひらを開けてみるとそこには記録の魔法石が一つ。


 モルガンの声でも聞いて気を落ち着かせようと、私は記録しているものを再生させました。すると、予想外の音声が再生されたではありませんか!


『なぜプロスペール様がここに?』


『やぁ、きみがここにやって来るって聞きつけてね。ついやって来たんだ』


 そういえば、今日はモルガンの声を録音するためにこの魔法石を持って来たのでした。緊張のあまり間違って魔力を流したせいで先程の会話を記録してしまったようです。


 呆然とこの音声を聞いていた私ですが突然あることを閃きました。もしかすると、これでプロスペール様を思いとどまらせることができるかもしれません!


 私は急いでお部屋に帰ることにしました。

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