剣に誓って(モルガン視点)
王立学校に入学して以来、オリアンヌの置かれた環境が思った以上に悪くて愕然としている。キトリー殿が奔放に振る舞った影響を正直見くびっていた。
にもかかわらず、彼女はくじけなかった。僕を心の支えにしてくれていると聞いたときは本当に嬉しかったな。記録の魔法石に甘い声を吹き込んでほしいとねだられたときは参ったけど。
ただ、何があっても僕が支えていけば良いと今までは思っていた。もっと正確に言えば、僕の周りでは騒動なんて起きないだろうと高をくくっていたんだ。
今、それが甘い予想だったことを僕は思い知らされている。
各種教練やイベントなどで使われる運動場で、僕はイジドール様と模造剣を持って対峙していた。周囲には多数の見物人がいて、三分の一はイジドール様の取り巻きだ。
偉丈夫なイジドール様が朗々とした声で僕を糾弾される。
「モルガン、お前は今までオリアンヌ嬢の立場が悪いことにつけ込んで、散々彼女にひどいことをしてきたそうだな!」
「無理矢理連れてきて模造剣を持たせたと思ったら、そんなでたらめをおっしゃるのですか。私はオリアンヌにひどいことなど一度もしたことはありません。嘘だと思うのでしたら本人にお尋ねください」
「婚約者という立場で縛り、恐怖で押さえつけられている憐れなオリアンヌ嬢! 今こそこのオレがその呪縛から解き放とう!」
さっきからこの調子で僕の言うことなんて全然聞いてもらえない。いや、最初から僕の話なんて聞く気がないんだ。
「今から決闘を申し込む。オレが勝てば、オリアンヌ嬢との婚約を解消しろ! 拒否などさせんぞ!」
「無茶苦茶だ!」
「それはお前の方だろう。キトリーが追放されてより立場が悪くなったことにつけ込んだことも知っているんだ!」
「つけ込んだことなどありません。それに、オリアンヌの立場が悪くなったのは、キトリー殿に目が眩んで婚約破棄騒動を起こしたイジドール様達のせいでしょう」
僕が反論すると見物人から失笑が漏れた。あの騒動のことは学内の生徒ならみんな知っている。何しろ当時舞踏会場にいた人も多いからね。
思わぬ切り返しだったのかイジドール様が沈黙された。その顔は真っ赤だ。
そこへもう一押し声をかける。
「それに、キトリー殿がいなくなったからその妹のオリアンヌへ、というのはいささか安易すぎませんか?」
「貴様、言ったな!」
逆上したイジドール様が決闘なのに正式な手順も踏まず襲いかかってきた。高身長でがっちりとしている恵まれた体格なので迫力がある。
それでも僕は怯むことなんてなかった。確かに迫力はあるけど、怒りに我を忘れた直線的な動きだ。これでは大人の騎士に勝つ実力があっても発揮できない。
突き出された模造剣は僕の頭部を狙って突き出されたけど、体ごと左に避けながら下から上へと相手の右拳を狙う。革の手袋だけなので当たれば痛い。
「ぐわっ!」
悲鳴を上げたイジドール様は模造剣を取り落とし、左手で右手を抱え込んだ。それを見た周囲から歓声が上がる。
痛みで顔をゆがめたイジドール様が僕へと目を向けてきた。その瞳には怒りだけでなく驚きも混じっている。
「お前、オレに一撃を入れられるほど強かったのか」
「僕は男爵家の三男ですから、いずれ何かで身を立てないといけないんです。だから剣も嗜んでいるんですよ。将来のためにね」
僕の返答を聞いたイジドール様はそのまま黙った。何か言いたそうだけど何も言えないという感じだ。全身が震えている。
その様子を見ていた僕はあることを思い出したのでもう一度口を開く。
「そういえば、今のは決闘でしたよね。イジドール様の要求は僕とオリアンヌの婚約を解消するということでしたけど、僕だって何か要求してもよろしいんですよね」
「なっ、いや」
「僕からの要求は、二度とオリアンヌに近づかないことです」
そう伝えると僕は踵を返し、まだ騒いでいる見物人を避けて歩いた。
本当はこれ以上おかしな話をしないでほしいとも言いたかったけど、二つも要求できなかったからこちらは諦めるしかない。
何にせよ、これでオリアンヌの負担が少しでも軽くなってくれると嬉しいな。
僕はそんなことを願いながら、呆然とするイジドール様達を残してその場を去った。
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