【其の十八】

 大量の汗を浮かべながら、葵は一階廊下を疾走中。依然あの女は葵の後を追い掛けている。不気味な笑みを浮かべながら、血まみれの歯を見せ、甲高い声を上げながら追いかけ続けている。


 普通なら失神ものだが、葵は何度も体験しているのか少しの事では驚かなくなっていた。それでも葵の体力にも限界があり、それが今である。最初に駆け出した時よりも、葵の走る速度は落ちており女との距離は縮まってきている。


——このままじゃ、すぐ追いつかれちゃう!!


 何とかしようとする葵だったが、すでに足は限界にきており、何もない平らな廊下の上に転倒していた。葵は「はっ……」とする。視線を足の方に向けると、葵の右足を掴んでいた女と目が合う。


 葵が叫ぶ暇もなく、右足は女によって千切られ深い闇へと意識が沈んでいった。何処からか聞こえてくる足音を聞きながら……。


****


葵も莉子もあの女にやられてしまった。残すは司のみ。旧校舎まではこのまま直進して渡り廊下を進めば、旧校舎に到着する。そこまでの道のりを司は全力で走った。


——あとちょっと……!?


 旧校舎に入り、そのまま真直ぐに走っていって、一番奥が理科準備室である。目と鼻の先にあるのに、司は足を止めてしまう。


 両手で頭を押さえ、膝を床に着く。


——やっぱりかよ、姉貴


 司が意識を失う前、前方にライトの光が見えた。


——あとは……頼んだ


 心の中でそう呟き、床にうつ伏せで倒れ込んだ。司にもう意識はなかった。さっきまで司を追い掛けていた女は、ライトの光を見た途端また走り出した。


****


 司が頭を押さえ倒れた時に、祥吾は女の方に向かってライトの明かりを照らしていた。女がその光に気付き、祥吾の方へ一直線に向かってくる。その姿を見た祥吾は、理科準備室へと姿を消した。


「キャハハハハハ!!」


 理科準備室の扉の前に立つ女。身体を揺らしながら入っていこうとした女だったが、途端に歩みを止める。みるみる女の表情から笑みが消えた。何故なら祥吾の足元には人骨があったから……。


「これがあんたが探していた身体だろ?」


「あ……あぁ、あ」


 女からは笑い声は消えていた。ある一点を見たまま動かないでいる。そんな女に祥吾は、言葉を投げかける。


「今までずっと苦しんできたんだ……。もう思い出さなくてもいい。あんたを殺した人は警察に捕まってる。だから……呪いを解いて自由になるんだ」


 女からは黒い霧状のオーラは視えなくなっていた。一歩ずつ近づいてきて、身体がある場所まで行くとしゃがんで祥吾に視線を移す。


 ”あ り が と う”


 祥吾にはそう聞こえた。女を見てみると不気味な笑みではなく、嬉しそうな笑みを見せていた。そのまま女の身体は薄くなり、消えていった。


 次第に薄れる意識の中で、祥吾はホッと胸を撫で下ろしていた。これで全てが片付いたんだと……。

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