【其の六】

 光のない廊下を、葵は懸命に走る。しかし笑い声が聞こえなくなることはなかった。むしろ葵の後を追ってきているように感じる。


「何で······これだけ走ってるのに引き離せないの?」


 葵が苦しそうに息をしている。元々運動がそこまで得意ではない葵は限界に来ていた。段々と走るスピードが落ちる。


「もう······限界」


 肩で息をしながら立ち止まる。気が付くと笑い声は聞こえなくなっていた。


「あ、れ?声が聞こえなくなった······」


 なんで?という表情で目を凝らして先の見えない暗い廊下を見てみると


「キャハハハ!!」


「!?」


 突如笑い声が聞こえてきた。葵の頭上から······。葵が咄嗟に上を見上げると、そこには血塗れの女の姿があった。


 葵はその時初めて女の姿を目の当たりにしていた。全身が血塗れで、目は見開いており両腕、両足は変な方向へと曲がっていた。


 ニヤッと笑う女に葵は、背筋に寒気を感じた。次の瞬間、女が葵の方に飛びかかる。咄嗟に避けようとした葵だが、その時には右腕が千切られた後で激しい痛みが襲ってきた。


 葵はその場に倒れ込み、血塗れの女の後ろ姿を眺めながら意識を失った。


****


「さっきの声って、あの女だよな」


 司は目覚めてからずっと職員室にいる。梨子の悲鳴が聞こえ職員室から出ようとしたのだが、職員室の前から女の笑い声が聞こえ出るのを留まった。


 ずっと職員室から出ることが出来ない司は、あることを考えていた。それは、何故自分だけ襲われないのかということ。


 考えても司の頭では答えを出すことが出来ない。


「考えるのって苦手なんだよな」


 頭をポリポリ掻いてそう呟く。


「でもあの女、どっかで······」


 司はその女に身に覚えがあった。しかし身に覚えがあるだけではっきりとは思い出せないようだ。


 窓の外に視線を移した瞬間、司は背後に嫌な気配を感じた。


 冷や汗が背中を伝って流れ落ちる。司の身体は硬直して動けないでいる。


「ここには······く、るな」


 司は背後からの声に反応してゆっくり振り向こうとした瞬間、激しい頭痛に襲われた。


「ま、また頭が······」


 割れるように痛む頭を押さえ、司は床に倒れ込んだ。


****


 司は頭を押さえながら、上半身だけをベットから起こした。先程まで見ていた光景が鮮明に思い出される。


「あの女······やっぱどっかで会ったことある」


 ボソッと呟き頭を左右に振る。他の二人のことが心配になった司は、ベットから出ると家を飛び出した。


****


 葵はベットから動くことが出来なかった。


「もう嫌······」


 頭を抱えてうずくまっている。葵の右腕には左腕同様に、赤い手形が付いていた。


 ――なんでこんな目に遭うの?やっぱり呪いにかかっているから毎日女に追い掛けられるの?


 訳が分からないといった表情をしている。今までの出来事が葵の頭の中で思い返され、女の笑い声と表情がこびりついて離れない。


 ベットの上で動かないでいる葵の耳に、家のチャイムの音が聞こえてくる。


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