【其の三】

 時刻は午前六時を少し回った頃、夏の日差しがカーテンの隙間から室内を照らし出していた。


「!?」


 葵は勢い良く上半身だけを起き上がらせる。


「……ゆ、め?」


 頭を悩ませる葵。違和感を感じたのか、左腕に視線を移す。


 ――左腕は、ある。あの時の痛みは何だったの?


 葵は考えながらも袖を捲ってみると、左腕には赤い手形がべったりと付いていた。


「なんなの……これは!?」


 思考を巡らせるも、葵の頭の中には答えは思い浮かばなかった。あれこれ考えていると、携帯が鳴り葵は身体をビクッと震わせる。


 携帯の待ち受け画面を見ると、莉子からだった。


『大丈夫?』


 葵は通話ボタンを押し携帯を耳に当てると、莉子の慌てた声が葵の耳に届く。


「大丈夫だけど……どうしたの?」


 莉子の声に困惑する葵。


 葵の問い掛けに莉子は、昨日の出来事を語り出した。その出来事とは、まさに葵が体験した出来事と同じだったのだ。


『葵が……教室の教卓の下で倒れていて、左腕が無かった……』


 ――確かに、教室の教壇の下に隠れていた。笑う女が私の腕を引き千切って……莉子も同じ体験をしていた。あれは……夢じゃないの?


 ますます混乱する葵は、額に手を当てる。


――もしかして、旧校舎に行ったから?


 昨日の出来事を思い出し、葵の身体には鳥肌が立っていた。


****


「葵!」


 腕を組みながら考え事をする葵の背後から莉子が呼び掛ける。


「莉子……ねぇ、あの出来事って夢じゃないの?」


「分かんないけど······夢じゃないような気がする」


 莉子はそう言うと、袖を捲り左腕を葵に見せてきた。その左腕には葵と同じ赤い手形が付いていた。


「やっぱり旧校舎に行ったからだよね?」


 葵と莉子の二人で登校中。暫くの間梨子が考え事をしていたが、結論が出なかったのかため息をついて口を開いた。


「私もそう思う。司が言ってたよね?入ったら呪われるって……やっぱ私たち呪われてるんだよ!どうしよ」


 ――たしかに、あれが呪いだとしたら、一回で終わるわけがない……これから先も続いていく


 葵はこれからも起こるであろう出来事を考えると、昨日のことを思い出し身震いする。


「よう!」


 後ろからの声に二人は狼狽え、視線を後方へと移した。そこには片手を上げた司の姿があった。


 三人は学校への道のりを歩いていく。しかしそこに会話はない。葵と莉子の二人は、気難しい表情を崩さず考え事をしているようだった。


「どうしたんだよ?二人共」


 沈黙に耐えられなくなった司は、たまらず口を開いた。


「どうしたって……あんたも見たんじゃないの?昨日」


 平然としている司に少し苛立ちを隠しきれない莉子は、司を睨みながらも問い掛けた。


「そんな怖い顔すんなって。なんのことを言ってんの?」


 莉子が今にも飛び掛かってきそうな勢いで話すので、司は少し後退りをしながら言った。


「なんのことって……本気で言ってんの?昨日私たち二人は変な女に学校で追い掛けられたんだよ?」


 更に「二人共左腕を千切られた」と付け足して、葵と梨子は司に左腕を見せた。


「マジ!?」


 司は二人の左腕を見比べて目を見開いていた。暫く考え事をしながら歩いている司は、突然「あっ!」と何か思い出したかのように声を上げた。


「ビックリさせないでよ」


 司の声にビクッと身体を震わせた葵は、声を上げた。


「わり。でも、思い出したんだよ……俺も変な女に追い掛けられた。でも……」


 最後まで言わない司に、莉子は「はっきり言ってよ」と急かす。


「俺には……なにも起こらなかった」


 葵と莉子は顔を見合わせる。


 ――そんなことってあるの?私と莉子は左腕を千切られて意識を無くした。でも、司にはなにも起こってない


 葵が考え事をしている間に、司はその時の状況を語り出した。

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