街に着いたので人間のお手伝いをします(バレたら死)。


 おおおぉぉ……! 全く見たこともない生物が普通に草食ってる。牛みたいなツノが生えているのに体付きは羊みたいにモコモコしてて、そのくせ体が無茶苦茶デカイ。いや、それは俺が小さくなってるからか。


 それにしても前世とは違う点が多い。草の中に真っ赤なモノや真っ黄色のモノもあるな。

超遠くに街らしきものが見えるけど、あれが言ってたイニシオの街かな?


《聞こえますか? トキワさん、テレパシーで繋がっているはずですけど……》


 いきなり耳元でエバーの声が聞こえた。これがテレパシーか。


 急に声が聞こえてくるの結構ビックリするな。まあでもすぐに慣れるか。


「聞こえてるよ、エバー。ってかそもそも、俺の声も届くのか?」


《はい、ちゃんと届いていますよ。それと、イニシオの街に向かう前に言っておかなければいけない掟がありました。先に伝えるのを忘れていましたね》


「掟? 絶対に守らなきゃいけないルールがあるのか」


《そうです。その掟は『人間に見られてはいけない』です》


「? まあ守るけど、理由も聞いておいていい?」


 そう言うと、エバーはほんの少しだけ考えた後、口を開いてくれた。


《先ほども説明しましたが、この世界の表舞台に立つのは人間です。それを、妖精族は邪魔してはいけないんです。それにもしも見られてしまうと、人間からひどい拷問を受けてしまうことになります》


 これまでで一番真剣な声を出してくるエバーに、この言葉の本気度が伝わってきた気がした。


 確かに、人間の好奇心は強いからな。子供に踏み潰される虫も、こんな気分なのかな。


「了解した。絶対に見つからないようにするって約束するよ」


《もし見つかってしまったら、今回は私の魔法で森まで帰って来られるようにしますね》


 いざとなったらすぐに逃げられるって言うんだから安心だ。


「それで、俺が向かうイニシオの街ってのは、正面に見えてるあの超遠い街でいいの?」


《はい、ここからまっすぐ行けば着きます。ですが、この辺りの草原にはあなたよりも大きい生物がたくさんいます。危険な事もあるでしょうから、その都度私の魔法で追い払いますね》


 ちょっと情けない気もするが、結果的に最強のガイドがついてくれた。これで街までは問題ないと思う。


《ですが、魔法を発動するまでに少し時間が掛かりますので、その間はなんとか逃げ回ってもらうことになります》


 ちょっとタイムラグがあるのか。でも会話は全然間がなく話せて……あ、大妖精の特殊な魔法だって言ってたな。だからかな?


 じっとしていても始まらないので、ちょっとした観光気分で草むらの上を飛んでいく俺。


 草が所々カラフルになっているおかげか、それとも全く見たことない生き物がたくさんいるからか、テーマパークにでも来たような気分になってきた。


 しばらく進むと、さっきから草ばかり食べている動物が俺に気づいた。


《その生き物は雑食です! 妖精ですら食べ物だと認識してくるので、気をつけてください!》


 一直線に俺に向かって突っ込んでくるソイツを、慣れない空中移動で間一髪かわす。


 振り返ると、行き過ぎてしまったところから反転し、もう一度俺に向かって走ってくるのが見えた。もう一度避けなければいけないかと身構える。


《魔法の準備ができました! 行きます!》


 エバーの声が聞こえた次の瞬間、俺のすぐ前まで迫ってきていた奴に小さな雷が落ちた。


 これがエバーの魔法か。ホントにチートだな、コレ。タイムラグがあるって言っていたけど、大して時間もかかってないし。


 ……本当に、俺の魔法ももっと使い物になればよかったんだけどな。


 痛そうに鳴きながら走って逃げていく背中を「もうちょっかい掛けないでくれよ」見送り、再び街へ進み始める。




 いつの間にか、最初の場所から街まで残り半分くらいのところまで来ていたらしい。かなり街が大きく見えてきた。


 俺の方に向かってくるのはいないが、道らしきところを歩いていく人も見かけるようになってきた。


 馬車に乗った行商人みたいな人や、さっき襲われた奴を狩っている人も見かけた。


 もちろん俺は、人間に見つかってはいけないとエバーに言われてしまったので、コソコソと隠れながら草むらをかき分けて進んでいく。


 しかし、今はただ虫除けが欲しい……!


 別に虫を見たところで叫ぶような性格ではないけど、相対的に巨大化したクモのようなヤツを見かけた時は腰を抜かしそうになった。


 それに、アリっぽい群れが俺のことを餌として認識している節があるのも怖い。普通に身の危険を感じる。


 一応、エバーに虫除け的なことが出来るかどうか聞いてみたけど、《すみません、そのようなことを考えたことが無くて……》だって。森の中で裸足で座ってるくらいなんだから、虫くらい気にならないのかな。


 虫にうんざりしながら進んでいたら、急に目の前から男の子が飛び出してきた。


 ここら辺に『飛び出し注意』の看板はなかったはずなんだけどな!


 と叫びたい心をグッと堪えて、静かに息を潜める。


 その男の子に続くように、数人の子供が走っていった。俺の近くを通って行ったものの、誰も気がつく事はなかったようだ。


 楽しそうな子供たちの声が聞こえてくるので、さっきの子たちは普通に外で遊んでいるだけなんだろうな。普通に怖ぇけど。


《子供は無邪気なので、万が一見つかってしまうと羽の1枚くらいは覚悟しないといけなくなってしまいます。もちろん、その覚悟も必要としないように動くことが、最善だとは思うんですけどね》


「まあ、今回は見つからなくてよかったよ。さてと、街はもう近いし少し急いで行くか」


 虫から逃げる意味でも、俺は気持ちを改めてイニシオの街へ向けて再び飛んでいった。




 エバーに転送してもらってから2時間くらいかけて、やっとイニシオの街に到着した。


 イニシオの街は、木の柱で複雑な模様が組まれた壁の建物が並んでいる。大きな川が街の真ん中を流れているようで、それを中心に街が広がっている。


 俺、こんな街並みをアニメでよく見たことあるぞ。すごいな、こういう街って実在するんだ。


 建物の屋根から見る大通りらしきところは、両サイドに露天が立ち並んでいる。そこでは、串焼き的なものからちょっとした小物まで、様々なものが売られている。


 そこから少し離れたところになると、しっかりとした店舗を構えた店や、他よりも少し大きめに建てられた家も見える。


《この大通りをまっすぐ進んだ先に、目的のパン屋さんがあります。そこで少しお手伝いをして、その代わりとして……で合っているのか分かりませんが、まあアップルパイを1貰ってきてください。》


「1つ? 1切れじゃなくて?」


《あそこのアップルパイは1つひとつが小さく作られているので、1切れにまでしてしまうと、かなり小さくなってしまいます。なので、持つには少し大きいですが1つ丸ごとお願いします》


 それに了解し、人の目に気を付けながらパン屋まで屋根の上を飛んでいく。その途中に見える風景も、やはり日本とは全く異なっていた。


 流石に、エバーみたいに肌面積の広い服を着ている人はいないみたいだな。そりゃそうか。あんな服で街中を歩けるほど、肝の座っている人は珍しいよな。


《なんだか、少し失礼なことを考えていませんか……?》


「考えてない考えてない」


 適当に誤魔化しながら、パン屋のすぐ近くまでやってきた俺だが、ひとつ問題があった。


「入り口に人がたくさんいるな……。どうしたものかな」


《どうやら、今日はちょうど店でパンのセールがあるみたいですね。すみません、分かっていればもっとこなしやすいお願いをしたんですが……》


「いや、いいよ。店の裏側にある窓が開いてるみたいだから、そこから中に入ってみる」


 見える位置に人がいないことを確認して、石畳の上に降り立つ俺。そこにエバーからまたテレパシーが届いた。


《もうひとつだけ伝えておくことがありました。今話をしているこの魔法は、大妖精の特権的な、すごく特殊な魔法です。なのでこちらは問題ないのですが、私が生まれながらに持っていた魔法は、特権が適応されません》


「えっと、つまりどういうこと?」


 やっぱり、エバーの説明はよくわからない。


《建物の中に入ると、私の魔法は小回りが効かなくなります。どうしても大雑把にしか使えないもので……。なので、ここから先は私の魔法ではどうにもできないことがあります。もちろん、しばらく時間をかければ魔法を発動するくらいはできますが、その場合は周りにも魔法の影響が出てしまいます》


 てことは、ここから先は雑談くらいはできるけど直接助けてくれることはないのか。


 ……まあでも、黙々としなくていいだけでもありがたいか。


「分かった。なら、ここから先はもっと気を付けながら進んでいくよ」


《トキワさんの周囲を見る魔法だけは常に使っておくので、人間が近づいてきたらお教えしますね》


 窓からそっと中を覗くと、そこは丁度よくキッチンだった。窯も、パンをこねる用であろう作業スペースも見える。しかし、その中にひとつ周りの世界観と合わないものが見えた。


 この世界にも蛇口があったのか……。上下水道もきちんと整備されている、って考えていいのかな? そういえば、この世界の技術について何も聞いてないな。


 人は店舗に行っているのか誰もいない。これ幸いとばかりに、俺は中に入っていく。


《そろそろアップルパイが焼き上がる時間のはずです。ここでしばらく、何かをしながら待機していればいいでしょう》


「了解りょうかい。それじゃあ、何かできることはないかな……」


 辺りを見渡してみる。パンのいい匂いが、そこらじゅうから漂ってくる。


《どうやら洗い物が溜まってしまっているようですね。忙しいのでしょうか》


 エバーの言う通り、使った後らしきボウルやトレーが1箇所に集められ、適当に置かれている。


「窯は動いてるみたいだし、下手に触らない方がいいか。それじゃあ、人が来る前に済ませようか」


 水回りには洗剤らしき物や、洗い物用スポンジも一緒にある。


 この体だと全部が全部重そうだけど、人が来る前に終わらせてしまおう。


「よっと……こんなに持ちづらかったのか、ボウル」


 今の体だったら、全身がすっぽりと入ってしまいそうな大きさがある。そんなものを持ち上げるのは、流石に骨が折れる。比喩だけど。


 蛇口の下まで運んでくると、フチに残ってしまっているパン生地を丁寧に洗い落としていく。


 黙って作業してるのもつまらないな。


「エバー、話くらいはできるんでしょ? ちょっと雑談でもしないか?」


《いいですよ。私もあなたのことをもっと知りたいですから》


 手元どころか、全身を使って洗い物をしていく。


《あの、ずっと聞きたかったんですけど、名前がついている理由に心当たりはあるんですか?》


 いきなり少し怖い質問が来たな。


 最初は単に言いそびれただけだったけど、エバーから人間に見られてはいけない掟を聞いた時から、元人間だったことを伝えてもいいか迷っていた。


「いや、分からない。何となくそれが俺の名前な気がしただけだよ」


 俺は咄嗟に誤魔化してしまった。


 言っても怒らないかもしれないけど、元人間であることがバレてエバーに拒否されてしまったら、右も左も分からない世界で一人きりになってしまう。


 それは何となく嫌だ。


《そうなんですか? う〜ん、不思議ですね。やっぱり私も知らないことがまだまだたくさんありますね》


 エバーが思案するような感じがした。


「それよりさ、俺もいくつか聞きたいことがあるんだ。いいかな」


《はい、もちろん》


 ボウルを洗い終えた俺はボウルを乾燥棚に置き、シロップのようなものがべっとりとついたまな板のような物を洗い始める。


「エバーの魔法がなんでもできるのは見たから知ってるけどさ、1人につき1種類の魔法って言ってなかったっけ? そのルールはどうなってるの?」


《私の魔法は正真正銘、1種類だけです。けれど、それがかなり特殊なもので『自分の視界の外でなければ魔法を発動することができない』という制約がついた魔法、というモノなんです》


 やっぱり、エバーの言い回しはよく分からないな……。聞いたら丁寧に教えてくれるから随分といい子なんだけども。


「大概何でもできる、っていうのはまた違うの? それとも、言ってた大妖精専用の魔法って奴なのか?」


《大妖精に選ばれた妖精は、元から持っていた魔法に追加されて『すべての妖精に自分の思念波を飛ばすことができる』、簡単に言うとテレパシーを飛ばすことができる魔法を得るんです。》


「今話ができているこれが、その大妖精の魔法なのか」


《はい。次に大概何でもできる、についてなんですけど、これは私が大妖精に選ばれる前、生まれてからずっと持っている魔法です。私の魔法を説明する時、魔法を発動するまでの手順を知っている必要があるんですけど、トキワさんは知っていますか?》


 魔法の発動プロセスは解明できているのか。心のどこかでは、よく分からないけど便利だから使ってる、とか返ってくるのかと思ってた。


 まな板を洗い終え、カレーパンの周りについているようなカリカリしたものがたくさん乗っているトレーをシンクにひっくり返す。


「いや、分からない。教えて欲しいな」


《ではお伝えしますね。これを知っていると、もっと魔法を使いやすくなると思いますから》


 そこから、結構な時間を掛けてエバーから魔法の基礎について教えてもらったが、話が長くなってしまったので、簡単に纏めようと思う。


 魔法というものは、妖精の想像力で生まれる、いわば幻影のようなモノらしい。


 誰しも、一度くらいは手のひらから火の玉を出す妄想をした事があると思うけど、これを本当に実行できるのが魔法だ。


 普通に考えると、想像の及ぶ範囲ならなんでも出来るチート的なモノに思うが、妖精族全体の特徴として、極端に妄想力が低いらしいのだ。


 これは、妖精の進化の過程にヒントがあるらしい。


 なんでも、元々妖精は天使だったと言うのだ。


 神の遣いだった天使が人間を見守る中で、見つからないことに特化して進化した結果、妖精の姿になった。


 神を間近に感じていた天使の頃は、神々の超常現象を魔法という形で使っていたようなのだが、魔法を身近に見られなくなってしまったことで、脳裏にハッキリと思い浮かばなくなってしまった。


 しかし、各妖精の中に先祖の記憶とでも言える物の残りカスがあり、それを思い浮かべることで、1人ひとつという制約がありながらも魔法を使える、とのこと。


 まあ要するに、想像したことを自由に扱えるチート能力を持ちながらも、能力を全力で使うことができなくなってしまっている、というわけだ。


「あれ? それならエバーの魔法ってどんな原理で使えてるの?」


《私を含めたごくごく一部の妖精は、先祖返りのように魔法の記憶がハッキリとあるんですよ。こんな魔法を使いたいと思うと、そのイメージがくっきり見えてくるんです》


 つまりは本当の意味の魔法を、エバーは扱うことができるのか。


《私のように複数の系統の魔法を扱える人は、その代わりに魔法発動に条件があったりするんですよ。私の場合は、目に見えない所でしか魔法を発動できない、という条件です》


 ほう。だから逆に視界外であればなんでもできるのか。


 でも、想像力がモノを言うなら、人間の頃の記憶も持ち合わせている俺は、もう一つくらい使えてもおかしくないんじゃないか?


「今の話からすると、もしかすると俺も2種類とか3種類とかの魔法が使えるかもしれない、って考えていいのか?」


《そうですね、可能性としてはあります。ですが、私のような例外は非常に珍しいので。現状生きている妖精たちが数万人いますが、その中で自由度の高い条件付き魔法を扱えるのは、私を除くと2人しかいません》


 複数の魔法を扱えるようになるのはそんなに難しいのか。空を飛ぶことくらいしかできない俺には、あまり関係のない話になってしまったかな。


 そうこうしているうちに、洗い物もほとんど無くなってしまった。残りは食器の間から落ちてしまっていたスプーンだけだ。


 今のところまだ人間はここに来ていない。いない間にさっさと洗って、余裕を持って行動したい。



 けれど、その願いは叶わなかった。

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