嵐の前のなんとやら

第32話 お弁当食べて! あーん

 マワレマワレマイデイズ! ナキワライスギテクデイズ! イジハッテツッパッテドンビキサセテセイシュン!


「ん、ん……もう朝、早いよ……もうちょっと寝させてよ……」

 温かい布団の中で、けたたましいアラームの音で目が覚める。


 今日は火曜日、月曜日の連休ボーナスも終わって今日から学校。

 でもでも、今日は寒いし、まだ布団から出たくないし……という事でもうちょっとこの温かい布団の中で眠りま~す……ふわぁぁぁ……




「……ん、ん……そろそろ起きないと、今は何時だ……?」

 軽く二度寝をした幸せな肉体を起こして、時計を見る。

 デジタル時計が示した時間は8時2分。


 ……8時2分!?


 バサッと被っていた布団をはねのけて、ベッドの上から飛び上がる。

 8時2分はちょっとやばい時間だよ、間に合わないことは無いけど、急がないとやばい時間だよ! 朝ごはんもお弁当も何も出来ないよ!


 急いで顔を洗って、しゃしゃーとはみがきしながら制服を着る。


 誰だよアラーム鳴ってるのに止めて2度寝したやつは、はい僕ですね、すみません、行ってきます!


 ……



「あ、おはよう明良。ふふふっ、ちょっと寝ぐせついてるよ。相変わらずお寝坊さんですね、明良君は! また夜までゲームしてたの?」


 意外とスピーディーに準備が終わったことで、ちょっとだけ余裕をもって階段を降りると、マンションの下で若葉がそう言いながらはにかみながら手を振っていた……何で若葉ここにいるの?


「連休あけだから一緒に登校しようかと思って……迷惑だった?」

 そう言いながら、むん? とのぞき込むように首を傾ける。

 いや、迷惑とかじゃなくてその……


「若葉の家から僕の家って、学校とは反対方向でしょ? だからちょっと距離遠いな、って思って」


「む、それは確かにそうだけど、えっと……そうだ、私今ちょっとダイエットしてるからさ! 少しだけ歩く距離を伸ばしたいというか、そう言う事でありますよ!」


「この前いっぱいお菓子食べてたのに?」


「あ、それでだよ、だからだよ! あのせいでちょっと、ね……もう、そんなこといいからさ、早く学校行こ! 聖花さんももう行っちゃたし、私たちも早く行かないと遅れちゃうよ?」


 自信満々にそう言って歩き出す若葉に「お姉さんはあんまり関係なくない?」とも思いながら、遅れるかもなのは事実なので、僕もついていくように歩き出す。



「ねえねえ、明良。今日も多分寝坊したんでしょ? てことはお弁当、持ってきてない感じなの? それとも聖花さんに作って貰った?」


「多分寝坊とは失礼だね、寝坊したけど……うん、持ってきてないよ。今日は購買でいいかな、って」

 そもそもお姉さんお弁当なんて作れないし。

 多分爆心地みたいなお弁当が出来る。


「そっか、お弁当持ってきてないか……えへへ、それじゃあお昼楽しみにしててね! あ、そうだ! 連休中旅行行ったって言ったじゃん? それでね……!」



 ☆


「……なるほどね。というわけで僕は今甘くて美味しそうなお菓子を貰って、明良君は若葉君のお弁当を食べているわけか……なるほどなるほど……ふぅン、そうかい……むー……」


「そう言う事です……イチブフィクションアリマスケド……」


 若葉が渡した茶色くて四角い……月餅かな? わかんないけどそんな感じのお菓子を眺めて、小さなお弁当箱を萌え袖で器用に持ちながら不満そうにそう言う先輩に、僕と若葉はコクンと首を縦に振る。


 お姉さん関連で少し嘘があったけど……まあそれは直すとお姉さんの沽券にかかわるのでやめておきます。



 お昼休み、購買にパンでも買いに行こうかと思っていたら、若葉に「お弁当作ってきたから! これ明良のために作ってきたから!」と手作りのお弁当を手渡された。


 お弁当作ってきてくれるのはすごく嬉しいし、こっちとしてもいろいろありがたいんだけど……なんか教室で渡されたから視線が痛かったというか何というか。

 ちょっとだけみんなの目が……って感じだった、別にいいけど。


「ねえ、明良美味しい? 明良のために美味しくな~れ! って思いながら作ったんだけど……どうかな? 美味しく出来てるかな?」


「美味しいよ、すごく美味しい……でもちょっと近いかも」

 ほっぺを擦り寄らせながら聞いてくる若葉に、そう答える。

 お弁当は色鮮やかで味付けも完璧で美味しいんだけど……ちょっと近いかもです、若葉さん。


「そっか、良かった……近いのはちょっと我慢してよ、この机狭いんだから……速子さん、もっといい机ないんですか?」


 先輩に文句を言いながら、もう少し体を寄せてきて……まあこの机完全に一人で座るようだし、狭いのは分かる。

 学校設備として不十分だとも思う、旧校舎使わないからいいんだけどさ。


「むー……ハハハ、これしかないんだ、我慢してくれ……ところで明良君、これからも若葉君のお弁当を食べていくつもりかい? 毎日若葉君にお弁当を作って貰うつもりかい?」

 若葉の言葉に苦笑いしながらそう答えた先輩は、くるっと振り返って僕の方を見ながら、そう聞いてくる……急にどうしたんですか?


「いや、気になっただけだ。だって君料理出来ないんだろ? だから、毎日作って貰うのかな、って気になったんだ……気になっただけだ!」


「いや、別にそんなわけじゃ……」


「私は別に問題ないよ? 聖花さんの負担は委員長としてなるべく軽減しなきゃだし!」

 そう言って胸を張るのは世話焼き委員長・若葉……なんで委員長がお姉さんに関係あるのかは永遠の謎だけど。


「ふぅン、そうか、愛されてるね! ……あ~ん!」

 若葉の言葉に、相変わらずの少し不満気な声でうんうん頷いた先輩は、急に僕の方に萌え袖の端とスプーンを近づけてきた。萌え袖の奥からは先輩の小さな手が……え?


「え、じゃないよ、僕の料理も食べてみてくれ! 僕のお弁当は自分で作ってる、って前に話しただろ? だから、早くあ~ん、してくれ?」

 赤い瞳を大きく開いて、あざとい上目遣いでそう聞いてくる先輩……いや、どういうことですか?


「だ~か~ら! 僕の手料理も食べてくれ! って言ってるんだ! 若葉君ばっかりずるいじゃないか、僕を少し味見してもいいじゃないか! だから食べてくれ、先輩命令だ! 早くあ~ん、してくれ!」


 少し赤い顔で、前のチョコレートの時のように口もとに袖をふんすふんすしてきて。

 今日は服がゆるゆるなのかそのままくっきり浮き出る桃色に汗ばんだ鎖骨もしっかり……って痛い!


「私のお弁当食べてるんだから、今は他の人のお料理食べちゃダメ! 今は私に、若葉の味に集中して! ほら、私の味覚えて、あ~ん!」


「いや、そんな……」


「そんなじゃない! 私だけ! ほら、あ~ん!」

 急にわき腹に痛みを感じて振り返ると若葉が怒った顔で僕の方におかずを掴んだお箸を向けてくる。


「いいじゃないか、若葉君! つまみ食いの味見くらい誰でもすることだ、ちょっとくらい大丈夫だ! ほら、明良君お口開けて、あ~ん!」


「大丈夫じゃないです、ダメです! いくら速子さんがえっちでもそれは許しません! ほら明良、私の方を食べて! 私だけを食べて! あ~ん!」

 軽い言い争いをしながらも、二人が僕に向けるお箸とスプーンの手は地面に落ちることは無く。

 結局両サイドから挟まれることになって。


「明良君、僕を選んでくれるよね? 僕を食べてくれるよね?」


「明良、私だよね! 若葉の味、ちゃんと感じてくれるよね!」


「……どっちも食べるじゃダメですか?」


『ダメ! どっちか選んで! あ~んしてどっちか食べて!!!』

 ……どうすりゃいいんですか、これ!


「ほーら、明良君! この前僕のチョコレート美味しいって言ってくれたじゃないか! お口に合うはずさ!」


「チョコレートってなに、明良! 私の方が絶対美味しいよ、確実だよ、君のための若葉の料理だよ! 私の事食べて!」

 ぐいぐいと押し出すように、圧力を込めておかずを僕に接近させてきて。



 ……ああ、もう!

「わかりました、いただきます! あむ、あむ!!!」

 覚悟を決めて、二人から一気におかずを奪い取る。

 口の中で、先輩のから揚げと若葉の卵焼きが混ざって……


「うん、美味しい! 二人とも美味しい……じゃダメですか?」


『ダメ! それはなしだよ、明良!』君!」

 二人の叫び声が、旧理科室に響く……じゃあどうすりゃよかったの!




「まぁでも、美味しかったなら、明良君の口にあったなら⋯⋯にへへ」


「⋯⋯ふーんだ」




 ★★★

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