第26話 名前で呼んでよ

「ん~、あき君何作ってくれてるかな~? 何か材料買って帰った方が良いのかな~? でもでも、わかんないし~……どうしよう?」


 お姉さん全然料理出来ないから、何買えば何が出来るとか本当にわかんないんだよね。

 何か買っても良いけど、もしあき君がお料理出来なかったら困るし……う~ん、どうしようかな? どうしようかな?


「う~ん……決めた! 今日もお酒だけ買って帰ろう! 冷蔵庫にちょっと残ってた気もするけど……金曜日だから気にしちゃダメダメ! 今日もビールがうまいうまいなので~す!」


 良いものも貰っちゃったし、今週も頑張ったし、今日はたくさん飲んじゃっていいよね! 


 もし酔っぱらってもあき君いるし平気平気!

 今日はたくさん飲むぞ~、待っててねあき君!!!



 ☆


「ふんふんふん~ふふふふん~ふふふふふふふふん!」

 キッチンの方から、委員長の楽しそうな鼻歌が聞こえてくる。

 なかなか順調にお料理進んでいるみたいだ、わかんないけど。


 ……うーん、さっきからずっとテレビ見てるけど、あんまり面白い番組やってないし、それに委員長一人にお料理させるのやっぱり申し訳なくなってきたな。


 お母さんとかお父さんが料理してくれてるときには特に思わなかったけど、一人暮らしになって自分で料理するようになると、やっぱりその大変さがわかるって言うか、何もしていないと体がそわそわするって言うか。


 うん、ニンジンの皮むきくらいやってもいいでしょう、そうでしょう!

 それくらいの小さな事なら手伝っても問題ないでしょう!



「いーんちょー、やっぱり皮むきくらいさして? 一人であそこにいると手持ち無沙汰って言うかだから」


「ふふふふふふふんふふふん……あ、あれ、斉藤君?」

 ご機嫌に鼻歌を歌っていた委員長が、僕の声にビクッと肩をあげて、持っていたトマトをぽてんと落とす。


「委員長大丈夫? トマト落ちちゃったけど?」


「大丈夫大丈夫、大丈夫だよ! それより斉藤君、キッチン来ちゃダメ、って言ったよね……なんで来ちゃったの? 私のエプロン姿が恋しくなっちゃった?」


「ふふふ、それもある。でもやっぱり自分だけ何もしないの落ち着かないからさ。だから皮むきとか残ってたらやらして欲しいな、なんて」


「もう……わかった、じゃあニンジンお願いしていい? 2本あるけど、ちゃんとキレイに皮をむくこと! わかりましたか!」


「ふふふ、わかった。ちゃんとキレイにむきむきします!」


「うん、よろしく……ありがとう、斉藤君」


 冷蔵庫の横に置いてあるピーラーを取って、渡されたニンジンの皮むきを始める。


 ……なぜだろうか、ちょっと気まずい雰囲気。

 なんか会話が急になくなったというか、音が消えたというか……ありゃ?


 取りあえず、話題話題、話題……


「……い、委員長、さっきみたいに鼻歌歌わないの?」


「歌わない。歌いません、誰かに聞かれてるとわかると恥ずかしいから、ダメです。一人の時にしか歌いません」


「さっきもリビングに僕いたけど。それに上手だったよ、ネオバターロールのCMでしょ?」


「それはそうだけど……気分の問題だよ、見えるか見えないかで変わるじゃん! だから、正解だし、リクエストされてももう歌いません、残念でした! ……褒めてくれたのは、ありがとうだけど」


 少し耳を赤くしながらそう言って、ぷすっとそっぽを向いて包丁をトントンし始める。


 そして訪れるは包丁の音だけの沈黙の時間……いつもは何も考えずに会話進むのになんで今日だけこんな気まずいんだ?


 集中してニンジンむきむきに取り組めってことですか、そうですか……そうします!



「……あのさ、こうやって二人で料理してると遠足のこと思い出すね。一緒にカレー作ったの……覚えてる?」

 沈黙の中、丁寧丁寧丁寧に皮むきをしていると、トマトを切り終えた委員長がポツリと話始める……今更だけどトマト切るタイミング早くないかな? まあいいか。


「遠足って今年の4月のあれでしょ? まだ半年しかたってないもん、忘れないよ」

 入学した直後、まだ委員長と全然仲良くない時に行った遠足。


 あの時委員長と同じ班で、確かに一緒にお料理した覚えがある。


「うん、そうそう、覚えててくれたんだ、嬉しいな……あの時さ、多分と斉藤君と始めた話したんだけど……すごく嬉しかったんだ、手伝ってくれて。私の事、気にかけてくれて」


「……僕そんな特別な事したっけ? 普通に野菜とか一緒に切った覚えしかないんだけど……?」


「もう、なんで肝心なところは覚えてないの? あの時さ、班のみんなが私に野菜切るのを押し付けて、川に遊びに行ったりご飯炊きの方に行ったりして……斉藤君が手伝ってくれなかったら、私一人で野菜切るところだったんだよ?」


「……何も気にしてなかったけど、確かに二人っておかしいもんね。そう言えば川行こうよ、って誘われた気がする……これもあんまり覚えてないけど」


 よくよく考えれば1班10人いるのに野菜切るのが二人っておかしいわな。

 みんな遊びに行ってたわけだ……自分の食い扶持くらい、自分で作業しなさいよ!


「気にしてないって……本当にそういう所だよ、斉藤君は。本当にあの時、私嬉しかったんだよ?」

 少し不満気に僕の方をぷくーっと見てくる委員長。

 そんなに? 全然普通のことしただけだけど。


「……私にとっては普通じゃなかったの! ……何か変えたくて委員長に立候補したけど、雑用ばかり押し付けられて、あんまり友達も出来ずに、楽しいはずの合宿でもみんな遊んだり、楽しく料理してる中で、私は一人で寂しく……そんな時に私を手伝ってくれて、いっぱいお話してくれて……私凄く嬉しかったんだから。本当に嬉しかったんだから」


「……そんなに? 別に僕はそんな……」


「そんなになの! 私にとってはそんなになの! それにその後も私が雑用とかしてたら手伝ってくれるし、一緒にお弁当も食べてくれるし、遊んでくれるし、毎日お話してくれるし……斉藤君のおかげで私の高校生活すごく楽しくなったんだよ?」


「……委員長?」

 いつもと違う雰囲気で、噛みしめるようにそう言う委員長。

 ……何かいつもと違う雰囲気でちょっと不安になる。


 ちょっとふわふわしそうな僕を気にせず、委員長は話を続けて。


「……本当に嬉しかったんだよ? 退屈だった休み時間もお弁当の時間も……斉藤君のおかげですごく楽しくなったんだ。だからね、ずっとお礼言いたくて、ずっとお礼がしたくて……だから、その……」

 まな板を見つめながら、少し俯き加減でそう言っていた委員長がくるっと僕の方を向いて、まっすぐと少しうるんだ目で僕の方を見つめて。


「……委員長?」


「だからね、そのね、あの……斉藤君、その……」

 もじもじと震えながら、言葉を絞り出そうと真っ赤に色づいたほっぺをもごもごさせて。


「あのね、私な、あのね、斉藤君が、斉藤君に……」


「……委員長」

 震える手でギュッとエプロンの裾を掴んで、ずっと見つめて。



「……だからね、斉藤君……ああ、嘘、やっぱり何でもない! 何でもない! ほら、皮むき終わったでしょ、もうここから先は立ち入り禁止だよ! ここは私に任せてあっちで休んでて!」


「委員長? 委員長?」

 覚悟を決めたように僕の方を見ていた委員長だったけど、急にいつものふにゃっとした笑顔に戻って、僕の背中をずんずんと押して僕をキッチンから退出させようとする……あれ?


「その、斉藤君には……感謝してるってこと! だからお礼したいからここは私に任せて! 斉藤君はゆっくりテレビ見てなさい! もう絶対にキッチンの方来ちゃダメ!」

 背中を押しながら、少し恥ずかしそうに背中に顔を埋めてそう言ってきて。


「……わかったよ、ゆっくり休んどきます」


「うん、休んでて……その、私のエプロン姿見たくなっても来ちゃダメだからね」


「わかってるよ。我慢する、待ってるから」


「……後で君だけに、いっぱい見せてあげるから。私のエプロン姿……だから待っててね……それじゃあ、ゆっくり休んでらっしゃい!」


 ポーンと背中を押されて、キッチンを追い出される。


「……待っててね。美味しい料理作るから」

 少し目を逸らしながらそう言う委員長に、見えないだろうけど笑顔で応えた。



 ☆


「……ちょっと休憩。隣、大丈夫?」

 委員長に言われたとおりに、リビングでテレビを見ながら待っていると一料理終えた! という感じの委員長がリビングに戻ってきた。


 そしてそのまま、僕の隣にすとんと座る。


 ……


「……ちょっと近くない委員長?」


「別に近くないし、これくらい普通だし……後委員長って呼び方やめてほしいし」

 ふよふよと体をくっつけるように隣に座る委員長が少し不満気にそう言ってくる。


 ……呼び方やめるってどういうこと?


「そのまんまの事……委員長って呼び方、やめてほしいってこと。私たちもう仲良しだし……だからそろそろ名前で呼んでほしいって言うか」

 ほっぺをぷくっと膨らまして、ぷいっと目を逸らしながらそう言う。


「で、でもさ、もう委員長って言い方慣れちゃってるし……」


「委員長って役職じゃん! もしクラスが変わったらなんて呼ぶの? だからだーめ、名前で呼んでください!」

 ……確かに来年からどう呼ぶか問題は勃発しそうだな、これ。


 ええっと、それじゃあ……

「前原さん、とか?」


「名字もダメ、変わっちゃうから、一緒に……だから名前で呼んでよ。私も名前で呼ぶからさ……その、明良。明良、明良……ふふふっ、明良!」

 確かめるように僕の名前を連呼して、クスクスと笑う委員長。


 ……なんか、急に名前呼ばれると緊張するというか、ちょっとドキッとするというか……不思議な気分。


「明良、明良……よし、私も名前で呼んだよ? だから、明良、私の事も名前で呼んで?」

 そう言って僕の方をニヤッと見つめてくる。


「……わかったよ。えっと、わか、わか……」


「ん? どうしたの?」


 ……なんだか、恥ずかしいな、実際に声に出そうとすると。

 委員長の名前とか普段言わないし、使わない言葉だから……やっぱり、恥ずかしい。


「ほーら、明良、早く! 早く名前で呼んでよ!」

 ……でも、急かすようにそう言う委員長の期待を裏切るわけにはいかないし。


「えっと、その……若葉、ちゃん?」


「むー、ちゃん要らないよ、呼び捨てにして! 呼び捨てにしてよ、私だって呼び捨てにしてるんだから!」


「……若葉」


「……もう一回!」


「……若葉」


「ふふふ、もう一回! もう一回!」


「若葉!」


「ふふふ、ありがと……これからもよろしくね、明良!」

 僕の方を満開の笑みで見てくる委員……若葉を……僕はまっすぐ見れずに、少し目を逸らして「よろしく」と呟いた。



 ☆


 ピンポーン! ピーンポーン!


「ねえねえ、明良、もういっか……あれ? 誰かお客さんかな? 私出てくるね!」


「良いよ、委員長、僕が……」


「むー……むー……」


「……若葉、僕が出るから若葉はそこで待ってて」


 ……これしばらくなれそうにないな、絶対委員長って呼んじゃうよ。


 まあいいや、こんな時間に誰が来たんだろう?

 そう思ってテトテト玄関の方に向かう。


「はいはい、どちら……」


「やっほー、あき君! お姉さんが帰ってきたよ!!! お姉さんの帰宅をあがめるがよい!」

 扉を開けると、浮かれたサンタの帽子をかぶったお姉さんがビール片手に立っていた……あれ、これ大丈夫?




《あとがき》

 ちょっと遅刻しました、ごめんなさい。


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