第15話 寂しがり屋で泣き虫な先輩はえっちです

 艶々の表情で、満足そうな、楽しそうな笑顔を浮かべる委員長。


 その隣には、ほっぺを真っ赤にした先輩が泣きそうな顔でうなだれていた。


「うう、汚された、ハァ、ハァ、酷いことされた……なんでこんなことしたんだ、君たちは! 僕は一応先輩だぞ!」

 そう泣き言を言いながら、真っ赤に伸びたほっぺを抑えて、涙をためた赤い瞳で恨めしそうにこっちを睨むんで来る。


 あの後、委員長のほっぺむにむにタイムは……正直あんまり言葉にしたくない。


 なんかノリノリの委員長が楽しそうに「あ~、先輩えっちです、可愛いです、最高です!!!」って言いながらむにむにむにむに……まあ、うん、楽しそうな絵面だったと思うよ。


 多分力もそんなに入れてないだろうし、うん……いいでしょう!




「ううっ、僕の、僕のほっぺが……初めてだったのに、汚された……ううっ」


「……変な言い方しないでください。ただほっぺをもちもちしただけじゃないですか」


「……そうだけど、そうだけど! でも痛かったし、ハァ、ほっぺもちもちになったし真っ赤になったし! こんな攻められることなかったし……僕のほっぺが汚されたんだ……うう」

 相変わらず涙をためた赤い瞳で、荒い息遣いでキッと僕たちの方を睨んでいて。



 ……真っ赤なほっぺに、上気する息。

 いつものように強気なつり目で睨んでるけど、涙目も相まって子犬みたいに見える。

 流れた透明な涙は赤くなった顔をキラリと照らして。


 少しサイズの大きいカーディガンの隙間からは汗ばんで桃色に色づいた鎖骨がチラチラと見えて、倒れるように床に座る先輩のすらっと長い黒タイツの脚が……くびれた腰のラインが……


「……委員長、聞いていい?」


「……うん、私も斉藤君に話しかけようと思ってた」

 委員長の声は冷静で、噛みしめるようで。


「委員長! これが……これがえっち?」


「そうだ明良……これがえっちだ!」

 そう言った委員長はまっすぐ決め顔で僕の方を見てくる。


 ……わかった。

 何となく委員長のえっち道が分かったよ、その精神ちゃんとわかった。


 えっちとは見ようとして見るものじゃないんだ、出そうとして出るものじゃないんだ。


 自然にこぼれでて、意識せずとも現れて、僕たちもそれを無意識のうちに、言葉ではなく心で理解する。


 それが僕たちのえっ「何二人の世界に入ってるんだ! またえっちえっち言って……もっと僕の方の心配をしろー!!! バカバカバカ!!!」


 僕の思考を遮るように、先輩の大声が部屋に響く。

 もう、良いところだったのに、残念。


「バカバカ、もっと僕の心配をしろよ、君たちは! 君たちのせいでこうなったんだぞ!」

 少し息を切らしながら、むすーッと顔を膨らませる先輩。

 息切れは高ポイントだと思います!


「ゴメンナサイ、ハンセイシテマス、センパイ! でもでも、もとはと言えば先輩がすっぽんの生き血を飲ましたのが悪いんですからな? それもコーヒーに混ぜて飲ませて……その反省をしてください」


「その反省はさっきしたじゃないか、ほっぺむにむにされて! だから君たちも! そんな片言じゃなくて反省するんだ! 僕に! ごめんなさいって!」

 ぷんすか地団太を踏みながら、そう言ってくる。


 でもなー、でもなー……


「……なんで生き血飲ませようとしたんですか? それに僕はともかく委員長にも……なんで飲ませたんですか? イタズラじゃなくて、本当の理由……それ聞いたら反省するのもやぶさかではないです」


「そうですよ、速子さん! 私はてっきり歓迎されるものとばかり思ってたから……あんなもの飲まされてすごく悲しかったんですよ! だから、教えてくれないと私は反省しませんよ」


 やっぱり先輩がなんで飲ませたか気になるしなー。

 なんでそんな変なもの飲ませたのか教えてくれたら反省しますよ、先輩!


「……わかった。わかったからそんなに捲し立てないでくれ、怖いじゃないか⋯⋯その……悲しませたのは僕が悪かったし、飲ませた理由、ちゃんと言うよ」


 僕たちに一斉にまくしたてられた先輩は、少し体をビクッと震わせてから、観念した様に口を開く。

 もじもじと髪をいじりながら口をもごもごする姿は……うん、いいね!


「その、君たちに飲ませた理由は、その……復讐だ、仕返しだ!」

 口をもごもごさせながら、そう言ってシュッと僕たちの方を見つめてくる。


 復讐……? 仕返し……? 

 何それ、どう言う事……?



「そうだ、仕返しだ! その……だって! 明良君は、最近全然来てくれなかったし! 全然遊びに来てくれないし! 若葉君は、僕の事えっちだえっちだ連呼するし……だから入れたんだ、仕返しだ!」

 顔を見合わせて首を傾げる僕たちに怒ったような、恥ずかしそうな声でそう叫ぶ先輩。


 遊んでくれないって、そりゃ……

「だって先輩、僕の事最近呼び出してなかったじゃないですか」

 呼び出されなかったらわざわざ行かないもん、こっちからは。


「でもでもでも! 君の方から来てくれてもいいじゃないか! たまには君の方から遊びに来てくれても良かったじゃないか! 寂しかったんだぞ、僕は! 一人っきりで色々するの! だから、僕を寂しがらせた罰だ、その復讐だ!」


「……そんな事で仕返ししないでくださいよ。それに寂しかったんだったら、呼び出せば行きましたよ、先輩のところ?」


「そうかもだけど! そうかもだけど……もう、バカ! バカバカ、バカ明良君!」


「……何なんですか、それ……呼んでくれたら行くって言ってるじゃないですか」


「うー、違う! 違うの明良君! ……もう、明良君のバカ、本当の本当にバカ!!! ……もう!」

 バカバカ連呼して、ぷくーッとそっぽを向く先輩に、大きなため息が洩れる。

 先輩の考え、僕にはさっぱりわかんないよ……


「明良君のバカ、バカバカ、ちゃんと反省しろ! ……次に若葉君、若葉君の番だ! 君はなんで僕の事をえっちえっち連呼「速子さんがえっちなのが悪いです、それは!」


 むすーっと顔を背けてバカを連呼した先輩は次は委員長を標的に……だけど、対先輩における今日の委員長は無敵。


 食い気味に先輩の話を遮って、それを聞いた先輩は「えっと……」と固まって。


 そんな先輩の事は何のやら、委員長は興に入ったように話し出す。

「速子さんはえっちです、長くなりますから言いませんけど、全身がえっちのかたまりです!」


「え、えっと……」


「速子さんが私をナンパしてきた時に気づきました……「あ、この人、ものすごいえっちだ、えっち星人だ」って……顔も、身体も、雰囲気も、匂いも、仕草も……すべてがえっちなんです! えっちがえっちな服着て歩いてるんです!」


「え、その……」


「だから、速子さん、自信持ってください、自分を否定しないでください! 大丈夫です、速子さんはちゃんと、えっちな人ですから……ね、斉藤君?」


「……僕に話振らないでよ、マジで……」


 ……委員長は本当に何を言っているんだ?


 励ますでもなく、シンプルにずどんと重い追い打ちを……本当に何やってるの、委員長! ずれてるんだよ、ずっと!

 今先輩に一番かけちゃいけない言葉は「えっち」だよ、本当に!

 後先輩男だから! 男の人に言ってる自覚も持って!


 委員長、普段は気を遣えて、変な事とか言わない子なんだけどなぁ……どうしてこうなった。


「……えっち、えっち……なんで、そんなに……」


「大丈夫です、速子さん、自信持ってください! 速子さんほどえっちな人、私見たことありませんから! オンリーワンです、キングオブえっちですよ、速子さんは! 今の顔もすごくえっちです!」


 泣きそうな声と顔で肩を落とす先輩に、委員長がとどめの一撃と言わんばかりにそう言って親指をぐっと突き出す……ああ、もうダメだ、ダメだ!



 そんな言葉を聞いた先輩は、ガックシと床にへにょり、溜まっていたものを爆発させるかのように……大泣きし始めた。



「うわーーーーん!!! なんで、なんでーーーー……なんでっ、みんな僕にいじわるするのーーー……うっ、僕はっ、僕はっ、ただ寂しいからっ、君たちとっ、遊びたかっただけなのにっ、だけなのにーーーー……なんでっ、なんでっ……なんでそんなに僕にいじわるするの……いじわるしないでよ、ばかぁ……」


 大きな瞳に溜めていた涙をボロボロと滝のように流して、真っ赤に染まったキレイな顔をぐしゃぐしゃにして、小さな子供のように泣きじゃくる先輩。


「先輩、それもえっ……痛い!? 何するの、斉藤君!?」


「もう委員長は自由に話さないで、しばらく……事態が悪化する……」

 またえっちと言いそうになった委員長の頭をぺチンと叩いて黙らせて、ぐすんぐすん泣きじゃくる先輩の下へ向かう。



「えぐっ、えぐっ……僕えっちじゃないもん、普通だもん……全然えっちじゃないもん、明良君も僕のとこ来てくれるもん……えっちじゃないから呼ばなくても来てくれるもん……ばかばかぁ……」


「先輩、泣かないでください。僕たちが悪かったですから……ほら、委員長も謝って」


「私何も「えっちえっち連呼してたでしょ? それを謝るの」


「事実……でも、傷ついたなら、ごめんなさい。速子さんの事、傷つけてごめんなさい」

 少し不服そうだったけど、ごめんなさい、と先輩に頭を下げる……よし、それでいい、それでいい。


「うっ、えぐっ、うぐっ……ごめんじゃすまないもん……僕を寂しくして、えっちって呼んだ罰でちゃんと遊んでくれないと、済まさないもん……」

 大粒の涙を流しながら、俯き加減の甘えるような口調でそう言う先輩……もう、わかりましたよ、先輩。


 遊ぶくらいなら、いつでもしてあげますよ。

「わかりました、今日いっぱい遊びましょうね。何がしたいですか?」


「あ、私も付き合います! 私も速子さんと遊びたいです、美味しいコーヒーも飲みたいです!」


「ぐすっ……今日だけじゃダメだもん。たまに遊びに来てくれないと許さないもん……えっちでもないもん……」


 口をとんがらせながら、涙でぐしゃぐしゃになった顔で、甘い上目遣いをしながら聞いてくる……もう色々そういう所ですけど、えっちじゃないです! 汗ばんだ鎖骨とか首のラインとか目元とか、ペタッとついた手のひらとか……全然えっちじゃないです! 委員長は耐えてね!


「また来てあげますから。先輩が呼ばなくても来てあげますから……だから泣かないでください。一緒に先輩のしたい遊びしましょ?」


「えっ……速子さん、遊びましょうよ。今度はすっぽんの入ってないコーヒー、飲ましてください!」

 何とか踏みとどまった委員長も、そう言って先輩をニッコリ見つめて。



 しばらくの沈黙の後、先輩がボスっと、僕の胸に倒れこんできた。


 ……

「……え、先輩? どうしたんですか?」

 伝わってくるのは男の人とは思えないふにゅっと柔らかい感触。

 少し興奮……いやいやいや、我慢我慢ダメダメダメ!


 胸に顔を埋めた先輩は少しずつぽつりぽつり話し出す。

「……許す。今日のところは許す……だから一緒に遊べ、僕の大好きなUNOで一緒に、僕が満足するまで遊べ。来週も呼ばなくても絶対来い、お昼ご飯も一緒に食べろ……ぐすっ……あと涙ふかせろ……えぐっ……」


 僕の胸で涙をぐりぐり拭きながら、先輩が無茶苦茶な要求をしてくる。

 お昼ご飯もって……まあ、どうせ委員長もついてくるしいいか。


「……わかりました、しましょうUNO……だから離れてください、制服びちょびちょになります」


「……まだ涙出てる……だからもうちょっとこのままだ……嫌って言ったらまた泣くぞ……」


「……ハァ、もう少しだけですよ、先輩」


「……ん、んふふ……」


 僕の胸に頭をぐりぐりする先輩に少しため息をつきながら、その体を支え続けた。



 ……委員長、小さく「えっちだ……」って言ったの聞こえてるからね、気をつけてね!



 ☆☆☆

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