第9話

 #4



『今日は全国的に雨模様ですが、運が良ければ午前中に部分日食が観察できるかもしれません。機会があれば空を見てみましょう。』

 正人は洗面所で前髪を整えていた。

「今日部分日食だって。」

テレビを見ながら、例の女ががかすれ声で言う。

「聞こえてるけど。」

正人は少し間を空けてからそう返した。テレビの軽快な音楽しか聞こえなくなる。

『おはようございます。3月9日水曜日のニュースエイトハーフです。』

「行ってくる。」

正人がスクールバックを持って居間を出ていくと、「いってらっしゃい」と言う女の声が聞こえた。


 正人はバックを持ったまま職員室に入る。

「失礼します。」

花木を含めた5人の教員と田児が集まっていた。花木が正人に気づく。

「坂本、今日くらい遅刻するな。」

花木が咎める。

「栄田達は結局来ねえのかよ。」

正人が花木を睨みつける。花木は少し視線を泳がせてから

「あいつらは十分校長からも𠮟責を受けた。お前はまだ反省が足りてないだろ!」

「そういうことじゃねーよ。」

正人が声を荒げ、花木の胸倉を掴む。周りの教員は正人を花木から引き離そうとしたが、逆に花木が正人の胸倉を掴んだ。

「耐えろ。耐えてお前が大人になるんだ。」

 正人の充血した目が下を向く。「離せ。」と小さな声で言う。花木が正人の胸倉から手を離す。


50人ほどの女子生徒がいるにもかかわらず、体育館の中は静まり返っていた。正人と田児はドアのそばから体育館の様子を伺っていた。花木が女子生徒の前に立つ。

「坂本正人の担任の花木です。今回の出来事を未然に防ぐことができず、本当に申し訳ない。」

花木は10秒ほど頭を下げた。

「今回坂本がやったことで、もしかしたら一生心の中に深い傷を抱える人もいるかもしれない。だから絶対許されることではない。君たちに許してほしいと願うつもりもない。でも一つだけお願いがあります。どうか坂本からの謝罪の言葉を今この場で受け取ってほしい。お願いします。」

花木がまた10秒ほど頭を下げる。

「いいかな。」

花木が尋ねると、女子生徒達の多くが頷いた。

正人は体育館に入る。ドア寄りの列の手前に座っていた一条紀子と目が合う。不安げな表情で正人を見つめていた。彼女を通り過ぎて中央に立つ。喉に引っかかっていたものを取るように咳払いをしてから顔を上げる。前の女子生徒は冷たい目をしていた。後ろには正人の顔を一目見ようと必死に首を伸ばしている生徒もいた。

「今回僕がしたことで皆に怖い思いをさせてすいません。」

正人は5秒ほどで顔を上げる。疲れきっているような顔だった。

「やってはいけないことの線引きができなかった自分が本当に情けないです。どんなことを言われても全て受け入れます。本当にすみません。」

正人は最後にもう一度頭を下げた。


 体育館から女子生徒が徐々にいなくなって行く。花木が正人の肩を叩く。

「立派だったぞ。」

 正人は無表情で「うん」と頷く。

 2時間目から正人は普通に授業を受けた。いや普通にというより珍しく真面目に授業を受けた。他の生徒に噂話をされていたのは気づいていたが、全て無視して自分の席に座り続けた。

 

帰りのHRが終わると正人は静かに教室を出る。昇降口にはまだ誰もいなかった。


「ばか!変態!」

ひどく棒読みでそんな言葉を投げかけられた。正人は誰の声かすぐにわかった。正人は振り返り、息を切らした紀子を見る。

「何の用?」

正人が迷惑そうな顔で聞く。

「いや、『何言われても全て受け入れます。』って言ってたから。」

「別にお前に言ったわけじゃねえから。第一お前映ってねぇし。」

「でも、正人が変態なのは事実だから私にも言う権利はあるよ。」

紀子は笑いながら言い返す。


正人は舌打ちをした。

「あれは俺が始めたわけじゃねえから。」

 イラついた態度をあからさまに出す。

「知ってるよ。栄田でしょ?主犯は。」

正人は「え」と間抜けな声を出した。一方の紀子はドヤ顔をしている。

「お前何で知ってるの?」

「うーん、まあなんとなく。」

紀子は笑って誤魔化す。上から生徒達の降りてきた声が聞こえる。正人と紀子は顔を見合わす。


 学校の中からは生徒達の話し声が、外から大粒の雨の音が聞こえていた。

 正人は紀子の腕を強く引っ張る。

「来て。」

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