第8話
3
一条紀子と再会してから、正人はずっと鬱屈としていた日々を送っていた。正人自身にもその原因はよく分かっていなかった。
そんなある日、正人が仕事終わりにタイムラインを見ていると、加賀が何か投稿していることに気づく。
“この後3○”
その文字と一緒に二人の女がもんじゃ焼きを前に座っている写真が載っていた。さすがにボヤかされて誰か分からないようにしているが、黒髪のミディアムヘアの女が一条で隣の茶髪のロングヘアの女が一条とこの間一緒にいた女だと正人にはすぐ分かった。写真の紀子は頬杖をついて可愛いらしく映っていた。
正人は何か思い立った様子で電車を一旦降り、停まっていた逆側の電車に乗り込んだ。
写真のもんじゃ焼き屋は、正人が加賀に一度だけ連れていってもらったことがある店だった。電車を降り、そのときの記憶とスマホの地図を頼りにお店まで向かう。地図には残り20mと表示されていた。正人は顔を上げる。
紀子が5mほど前で立ち止まっていた。
二人は互いを見つめ合う。
通行人がその間を何人も横切る。気づくと紀子が正人のすぐ近くまで来ていた。
「何でいるの?」
「いや…。」
正人は何か言いかけたが、スマホを操作して先程の加賀の投稿を紀子に見せる。
「これ見て来た。店の場所は何となく知ってたし。」
紀子はあからさまにひいた顔を見せる。
「何これ気持ち悪っ。」
「そうこいつ気持ち悪いやつだから。」
紀子が顔を上げる。
「じゃあ明里置いてきたんだけどまずいよね?」
紀子が慌てた様子を見せる。
「あ、いやそれは大丈夫だと思う。加賀こういう冗談よく載せるけど、実際そういう感じになってるの見たことない。」
「え、じゃあ何で来たの?」
紀子が疑わしそうに正人を見る。
正人は少し時間を置いてから、いつもより小さい声で「お前に謝りたかったから。この間無視してわりー。」と言った。
紀子は突然の謝罪に戸惑ったが、
「ほんとだよ!絶対気づいてたはずなのにスルーしたじゃん?
その日結構ショックだったんだよ。」
と、わざと責めるような口調で話す。正人は苦笑いをしながら「ごめん。」と返す。
(すごい気まずそうにするじゃん。)
紀子は正人の苦笑いに気づいてしまった。
「小学校のときとか正人くらいしかまともに会話したことある男子いなかったのに、その正人にも知らないふりされたら私どうすればいいの。」
変に高いテンションで話してしまった。また正人が気まずそうに笑った。
「ねえ中1の終わりの方に一緒に海に行ったの覚えてる?スクーターに乗せてくれた日。」
話をまだ終わらせたくなくて、懐かしい話題を振ってみる。
「あ、そんなことあったけ。」
正人がそっけない態度をとる。覚えてないわけなかった。
(なんで?謝りに来てくれたんじゃないの?)
悲しかったが頑張って笑顔をつくった。
「…あ、本当?私めっちゃ覚えてるよ。3月くらいだから海寒くて、ずっと砂浜に座ってたの。」
「ってかあれ無免許運転だったのにほんとよく警察にバレなかったよね。今じゃ考えられない。」
(なんかずっと私一人で喋ってるな…。)
紀子が悲しくなっていると、
「昔のことなんてどうでもよくね。」
正人がそう言った。
きつい口調だった。
(やばい泣くかも。)
紀子は無理して笑顔をつくる。
「ごめん…。そうだよね。5年くらいも前のことだもんね。」
「お前性格変わったよな。大学デビューってやつ?昔の方が良かったんじゃね?」
正人はバカにしたように笑う。もう言葉が何も出てこなかった。
涙が落ちそうだった。
(もう早く帰ろ。)
「そうかもしれないけど、そんな言い方しなくていいじゃん。」
声が震えた。
「そんなこともいったら正人も変わったよね。前よりなんか性格曲がってる。」
紀子はこう言い捨て、駅の方に去っていった。
4
たかが歌のテストでなんでそんなに緊張しているのか分からなかった。でも馬鹿みたいに声が震えてしまい、しまいには歌詞も飛んでしまった。
「はい。」と言って先生からB-と書かれた評価表が渡された。
先生は別に何も言わない。クラスの皆も。でも、笑われている気がした。
(ああ泣くかもしらない。)
紀子はそう思いながら次の生徒の発表を聞く。やっぱり自分だけだった。あんなに緊張していたのは。
どんどん視界が歪んできた。
そのとき、隣に座っていた正人がいきなりでこぴんをしてきた。でこぴんでこんなに痛いと感じたのは初めてだった。溜まっていた涙が自然にこぼれてくる。
「坂本、何してる?一条泣いてるじゃねえか。」
先生が遠くから声をかける。
「こいつ俺より点数評価低かったから罰ゲームしてた。」
先生ははあとため息を出し「はあきれた顔でため息をつき、「大丈夫か?一条。あんまり痛かったら保健室行けよー。」と紀子を少し気遣ってから授業を続行したする。
涙が収まって、正人の方を見るとそしらぬ顔で他の生徒の歌を聴いていた。
(なんで急にでこぴんなんてしてきたんだろ。)
正人のでこぴんは非常に痛かったが、紀子は怒ってはいなかった。むしろ、歌のテストの失敗で泣きそうになっていたことを誤魔化せてホッとしていた。
(まさかね…。)
紀子はフッと笑う。
小学校のとき、正人には何度か助けられた。正人のせいで泣きそうになった日はあったが、今日のそれとは意味が違った。
『お前性格変わったよな。大学デビューってやつ?昔の方が良かったんじゃね?』
なんであんなひどい言い方をしてきたのだろう。
話していくうちに正人がどんどんつまんなそうな顔になったのは紀子も気づいていた。だから焦ってどんどん話を続けようとしてしまった。こっちから話しすぎたのが嫌だったのだろうか。
(何がいけなかったのだろうか。)
確かに性格は変わった。3年間会わないうちにかなり明るい性格になったとは自分でも思う。でもそんなことであんなに怒るだろうか。
紀子は阿保らしくなった。そんなこと機嫌を悪くする人なんているはずがない。
(前の性格の方がいいと思うなんて絶対にありえない。)
何か他に怒らせた原因があったのだろう。
紀子はそこまで考えて、もうどうでもよくなった。何しろ正人と会うことなんておそらくこれから一生来ない。電車に揺られていた紀子は音楽を聴き始めた。
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