第4話
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『今日の“気になる!”は100円で買える生活のお役立ちグッズ。皆さんはこの商品いったいどうやって…』
正人はでシャツのボタンをかけながら例の女が座るソファーの後ろからテレビの時間を確認する。8時19分。急いでズボンを履き替え正人が「行ってくる」と溌剌に言うと、「うん」とかすかすの声が返ってくる。
信号を渡ったところに内山と桜田が待っている。陽光のせいで桜田の長い髪は随分と茶色く見えた。
「ワリー待たせた。」
「大丈夫。」
二人が答える。
正人は早速歩き始めた。桜田と内山は正人について行く。
「お前らこの間の全部見たの?」
「いや見てない。全部見たのは宗吉だけだと思う。宗吉がデータ持ってるし。」
桜田が襟足をわさわさと触りながら答える。
「絶対あいつ一人でシコってるだろ。」
「間違いない。あいつだけさっきも表情がめっちゃガチだったもん」
「あんな映像じゃ抜けねぇわ」」
前から寒い風がかかり正人は下を向く。
「お前ら新庄の下着姿見た?」
「見た!」
内山が大きな声で言う。
「あいつデブすぎて笑える。」
「服脱ぐとさらにデブじゃね。」
桜田がそう言うと正人はすかさず
「お前の彼女だって変わんねぇだろ。」
と言う。空気がシーンとする。
「おいそれはやめろよ。」
桜田が正人を睨みつける。
「いや冗談じゃん。マジになるなって。」
正人がヘラヘラ笑う。内山は桜田の肩を叩き、
「今のは正人が悪い。」
と言って、正人に冷たい視線を送る。正人もまた睨みつけるような表情に切り替わった。
「お前ら冗談も通じねぇのかよ。つまんな。」
チッと舌打ちをしてから、正人は一人でずんずんと先を歩いて行った。内山は桜田の耳に何か耳打ちをする。
正人の後に二人がついて行く形で一同は学校に到着した。時計は8時32分を指している。校舎からはガヤガヤと声が聞こえるが体育館棟の前は静まり返っていた。
「お前らやったことあるんだから先入れよ。」
内山が正人の指示に大人しく従い、土足のまま体育館に入っていく。正人は最後に入って行った。後ろの様子を慎重に確認したが、校門の隣の木に隠されていた女子生徒の姿には気付かなかった。
「まじで余裕じゃん。」
内山と桜田はずんずん進んで階段を上っていく。正人は辺りを警戒しながら二人の後ついて行く。階段上ってすぐの女子更衣室に入る。何にもないまっさら場所だった。壁の二面にロッカーがびっしりと並ぶ。3人の中で身長が一番高い桜田が正人から箱を受け取り、ロッカーの上に置く。壁に箱の背面がつくよう背伸びして箱を押す。
「よしいけた。」
「おけ。帰るぞ。」
正人が急いだ様子で階段を下りて行く。二人も後に続く。体育館棟をでて、正人は興奮したように
「まじちょろいなこの学校。」
と二人に言う。
「うん、マジで警備ガバガバ。」
「また勝ち確だわ。」
四時限の終わりのチャイムが鳴ると、正人は栄田のクラスの教室へと向かった。栄田のクラスはすでに給食の準備を進めていた。栄田は教室の真ん中辺りの席で、桜田と隣に並んで話していた。桜田が先に正人に気づく。栄田も振り向いて正人に気づく。桜田は栄田の傍を離れ、内山の方に行く。
「栄田、聞いたか?俺ら誰にも見られなかったからな。」
正人は栄田の肩を組み。桜田がいた位置に立つ。
「らしいね。」
「けどうっちーと桜田だけじゃまじで危なかったぞ。あいつら何も気にせず進んでいくから。」
「あいつら強いよな。バレることとか気にしてないもん。」
正人は栄田の肩から腕を離し、
「いやただ馬鹿なだけでしょ。」
と返す。教室の端では一条紀子となんとか美紅とかいう女が親しげに話していた。一瞬正人は一条紀子と目が合った気がした。慌てて栄田に視線を戻し、栄田の肩をポンっと叩く。
「お前らも絶対失敗すんなよ。」
正人がそう言うと、ピンポーンパンポーンと校内放送の合図が鳴った。一気に教室は静まり返る。
“先生方に連絡します。緊急の職員会議を行います。1時5分に職員室にお集まりください。”
正人と栄田は顔を見合わす。
「何、緊急の職員会議って?」
「誰かやらかしたんじゃね?」
周りはざわついている。
“繰り返します。緊急会議を行います。先生方は1時5分に職員室にお集まりください。”
ピンポーンパンポーン
校内放送の終わりの合図が流れる。
「はーいざわつかない。もう少ししたら何のことか分かるから。」
栄田のクラスの担任の椎名が言う。
「そんなことより、坂本!」
椎名が大きな声を出す。栄田のクラスメイトの視線が一気に正人の方に集まる。また一条紀子と目が合う。
「お前は自分の教室に戻って給食準備を手伝え!」
正人は栄田を困惑した目で見る。栄田は頷く。
正人は栄田のクラスの教室から出て行った。
「まったくあいつは。」
椎名が正人に聞こえるような声で言った。
帰りのHRの時間になり、担任の花木が教室に入ってくる。正人には花木の顔からいつもより厳かさを感じた。
「先生から何か連絡はありますか。」
学級委員のこの問いに花木はいつも「大丈夫です。」と答えるが、今日は違った。
「座っていいよ。」
と学級委員に声をかけ、自分が教壇に立つ。緊迫した空気が教室に充満している。
「今から僕が言うことにショックを受ける人もいると思いますが、声を出したりせず、静かに最後まで僕の話を聞いてください。」
花木が息をゆっくりと吐く。
「結論から言うと、体育館棟の女子更衣室が小型の隠しカメラが見つかりました。」
教室内の空気がひんやりとする。
「このことは2年生の女子生徒数人が気づいて教えてくれました。今日の3時間目の体育の授業の後に更衣室のロッカーの上に今まで見たことがない箱が置いてあることに気づいて、その中を見たら小型のカメラがあったそうです。先生達もそれ以上のことは分からなくて、まだ女子更衣室が盗撮されていたかどうかは定かではないけど、カメラが置かれていたことは事実なので盗撮されていた可能性は十分にあると考えています。」
「それでこれからは先生からのお願いです。まずこの話を生徒同士や親御さんと…」
正人はふんぞり返りながら花木の話を聞いている。ごつごつした手は腹部の前に重ねて置かれている。少し揺れている前髪から鋭い目が覗く。
「あともう一つのお願いです。この件に関して知っていることがある人は今から配る紙にそれを書いて下さい。」
そう言って花木は生徒一人ずつに白い用紙を配り始めた。正人の机にも白紙を置かれる。正人はふんぞり返った姿勢のまま、花木を見る。花木と目が合うことはなかった。クラスメイト達に視線を移す。クラスメイトは皆お行儀よく膝に手を置き、机の上の紙を見つめている。教室は静まり返っていた。
いつの間にか紙は回収されいつも通り帰りの挨拶をする。クラスメイトが波のように跡形も無く消えると、正人は栄田のクラスに向かった。栄田は同じ陸上部のメンバーと廊下を歩いていた。栄田と目が合う。正人は足を止める。栄田は歩みを止めず、顔を横に向けた。
正人は再び歩き始め、栄田の隣を通過する。行き場を失った足は気づくと階段を上っていた。今崎が定位置に座っている。正人はその一段下に座る。尻ポケットからスマートフォンを取り出してゲームアプリを開く。
「お前ってもしかして盗撮事件の件知らない?」
正人は今崎の方に顔を向ける。
「盗撮?知らねえ。」
今崎は手を動かしながら答える。
「女子更衣室の中に盗撮カメラを仕掛けた奴がいるらしいよ。」
正人は画面の中のプレイボタンをタップする。
「その犯人がお前って話?」
正人は「は?」と言いながら、今崎の方に顔を向ける。画面の中の武装した敵達が動き出す。
「いやちげーし。」
正人が苛立つと、今崎はフッと笑う。
「違うならいいけどお前気をつけろよ。この学年なら間違いなくお前が一番に疑われるぞ。」
正人は眉をピクりと動かしてから「分かってるよ。」とだけ言う。
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