呪われた聖騎士

「おい、アレ」

「聖騎士殿も可哀想に、装備欄0とは」

 ヒソヒソ声がうるさい。

 帝都ではすでに俺が外れスキル所持者であることは知れ渡っている。

「家を追い出されたんだな」

「当然だろう、『聖騎士』のスキルを持ってない聖騎士何て意味があるのか?」

「俺だったはずかしくて、自分で死ぬね」

 聞きたくはないのだが、わざと聴こえる声量でこちらに聞こえるように言っているのだった。

  この様子では王都のどこにいても同じような扱いだろう。

 すぐにでも王都を出るために馬車へと歩を急ぎたいが、それより前に手に入れるべきものがある。

 荷物持ちだ。

 この世界では、装備品を装備するためには装備欄が必要となるのだが、俺の装備欄の数は0。

 つまり、何も装備できないのである。

 これでは、素手で魔物に立ち向かわないといけなくなる。

 一応、『呪われた装備』なら装備することは可能だが、いざというまともな装備を扱うことができないというのは致命的だ。

 なので、速急に荷物持ちが欲しいのだが。

 王都ではすでに悪名が広がっており、このありさまである。

 まともな人員を雇うことはできないであろう。



 ならば、と訪れたのは奴隷商であった。

「……あなた様は」

「奴隷が一人欲しい、高くなくていい」

「……わかりました」

 金を渡すと、商人は察したように目を逸らすと奥へと、進んでいく。

 見せられたのは3人の奴隷であった。

 一人はガリガリに痩せた、目が血走っている魚人。

 一人は目に涙をこらえて、咳をしている獣人。

 一人は、虚ろな瞳で、ぼうっと見つめて来るやせた人。

「……随分だな」

「さきほど渡された額だと、ここらへんが限界でして」

「なるほど」

 俺が全員を眺めていると、一人にめを留める。

 咳をしている獣人の少女。

 彼女の周囲に黒い靄のような者が見えた。

 これは呪いである。

 彼女は理由は知らないが、呪われているようだ。

 恐らく、咳の原因は呪いであろう。

「よし、こいつをもらおうか」

 俺はその少女を選ぶ。

「よろしいのですか?

 病弱な上に、パニックまで患っているのですが……」

「問題ない」

 パニックはさておき、病弱は呪いのせいだ。

 俺ならば解除できる。

 ならば、ここで安く仕入れて、解除すれば十分元もとれる。

 

 獣人の少女はおずおずとこちらを見上げた。

「契約を」

「装備欄は0だ」

「……ああ、それなら契約なしになりますがそれでよろしいですか?」

「仕方がない」

 奴隷と契約して所持するのにも装備欄の数が必要となる。

 しかし、俺の装備欄は0。

 奴隷の所持すらままならないが、それでもいないよりはマシだ。

「いいか、契約はできないが、逃げたら許さんぞ」

 こくこく、と少女が首肯する。

 いまはこれを信用するしかないな、とため息を吐いた。 「……名前は?」

「レイ……です」

「そうか、レイ。街に行く前に一つだけ済ませておく」

 レイに向って手を伸ばすと、彼女はびくりとおびえた。

 それを無視して、レイの頭に手を乗せると、黒い塊をそのまま奪い取った。

「……!!」

 レイは何が起こったかわからないようで、驚いたように自身の身体を見つめ、軽く飛び跳ねて見せた。

「お前は呪われていた。だから、俺がその呪いを引き受けた。

 それで病気自体は祓われたと思うが……逃げるなよ?」

「も、もちろんです!」

 まだ、おっかなびっくりという感じだが、それでいい。

 俺の足りない装備欄の代わり以上の役割を求めるつもりはない。


 馬車に乗るためにレイを連れて、列に並びに行くと、やはりひそひそ声が聴こえた。

「おい、今度は奴隷をつれているぞ」

「聖騎士見習いだったというのに、堕ちに堕ちたな」

 と、声がきこえてきた。

 レイがぎゅっと、足にしがみついてきた。

 奴隷自体、この国に認められた正当な権利だろうに。

 鼻を鳴らしておく。


 やっと馬車の順が回って来た時だった。

「おーいおいおい! 次は俺たちの番だ!」

「オレたち冒険者で、急ぎの用があるんだ、呪われた聖騎士のお前よりもオレ達が先に言ったほうがいいだろう?」

 と見るからに知能が低そうな奴らが割り込んでくる。

 武装や防具を持っているところをみると、冒険者というのは本当のようだ。

 しかし、急いでいるというのは嘘だろう。

 その証拠に、冒険者たちは急いでいるようには見えない。

 わざわざこちらに向って挑発する余裕すらある。

 相手にするのも面倒なので、横に避けると、冒険者たちはこちらをねめつけるようにして通っていく。

 そのとき、近づきすぎたのか、武器がレイの頭に当たるところだった。

 とっさに、庇わなかったら怪我をしていただろう。

「おい、待て」

「なんだ、出来そこない」

「俺のことはどうでもいいが、こいつに武器が当たりかけたのは謝っていけ」

「はん、お前の奴隷なんだ、どうでもいいんだよ」

 逆らわれるとは思っていなかったのだろう。

 冒険者たちは武器を構えて、こちらに攻撃を行おうとする。

 鼻を鳴らして、魔剣を一本取り出した。


 所持欄0。何の装備も持つことができない。

 が、しかし、ここに例外がある。

 呪われた装備であるなら、いくらでも装備できるのだ。

 呪われたものを装備すると、装備欄の最大の数値がマイナス1される。

 どれだけ強力な武器であろうが、装備するたびに装備数を引かれていくのは割りに合うものではないだろう。

 しかし、俺の装備欄は元から0だ。

 これからどれだけ下がろうと、関係ないのだ。

 取り出したのは地面だけしか切れない魔剣である

 それを地面に突き刺し、奴らの足元に大きな穴をあけた。

 間抜けな悲鳴を上げて、やつら落ちていく。

 それを見て、鼻を鳴らした。

「……大丈夫か?」

「は、はい」

 こちらにしがみついているレイの様子を見る。

 少し怯えているが問題はなさそうだ。

 そうか、とレイに返事を返し、俺たちは馬車に乗った。



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