第35話 彼女のいない日々

 由比ガ浜西崎高校から入学案内の書類が届き、ちゃくちゃくと俺は入学の準備を進めた。

 制服を買ったり、必要な書類を記入したり、じわじわと自分が高校生になる実感が増していく。

 その間、クラス会が開かれた。


「正樹君! 久しぶり~!」


 行かないと言っていたが、何となく気が向いて、俺も参加した。まぁ、最後にみんなと会うんだし、ちょっとは知り合っていこうと思っただけだ。

 ファミレスの端の席でクラスメイト達が集まり、俺を見つけためくりが手を振る。

 吹雪が言った通り、めくりには魔王が復活した日の記憶はなかった。


 ただ……、


「ニャハハハ、正樹、お前何しに来たんニャ? お前クラスで浮いてたんだろ?」


 クラス会にはカルナも参加していた。包帯まみれのジュリオの隣の席に座って。

 めくりとは少し距離がある席に座っていたが、こうしてめくりと時間を共にするということは、何かしらの形で歩み寄ってはいるのだろう。


「うるせぇ、お前はそもそも別の中学じゃねぇか」

「あ~、それ言っちゃう? ウチだって元々はこっちの学校通ってたんだからニャ……ニャ?」


 カルナが首をかしげる。


「シー……」

「ああ、そういうことか、ニャ? まぁいいか」

「そういうことってどういうことだよ」


 この猫は何を一人で納得しているのか。

 というかさっき女の声が聞こえたが、誰の声だろう。近くにいる女子のクラスメイトを見るが、誰の声かはわからなかった。


「いや、変わらず『魅力』が限界突破してて、つまらんニャ~って思って」

「馬鹿、お前こんなところで!」

「限界突破⁉」


 カルナの言葉にクラスメイト達が驚き、俺のステータスを確認し始める。


「すげぇ! 新藤君の『魅力―999』じゃん! 何があったの!」

「ああ~ん、正樹君が滅茶苦茶イケメンに見えてきた!」

「ねね、アドレス交換しよ!」


 その後、クラス会ではひたすら俺は質問攻めにあい、ずっと戸惑っていた。

 だけど、嫌な戸惑いじゃなかった。困るんだけど、心地いい。

 やっぱり、もっと早くこいつらと話しておけばよかった。


 〇


 クラス会が終わり、数日たった。

 入学式を一週間後に控えたその日、めくりが東京へと旅立つ日だった。

 駅で、大きなトランクをもっためくりをジュリオと共に見送る。

 めくりは親友のウェンディと抱擁を交わして別れを惜しんでいた。


「あいつがいないな」


 ジュリオがぼそりとつぶやく。

 カルナがいない。 

 あいつとの関係がどうなったのか、俺はいまだに二人から聞けていないが、やはり和解には至っていないようだ。

 心なしかめくりも寂しそうだ。


「それよりお前は大丈夫なのか?」


 クラス会では『魅力―999』であることを質問攻めされ、ろくにジュリオと話せなかったが、改めてみるとジュリオの傷はひどかった。

 眼帯で右目は塞がれ、両腕にギプスが巻かれ、胸や首に包帯がぐるぐる巻きにされていた。

 とても普通に外を歩いていい恰好ではないが、ジュリオは気にするなというように右腕を上げた。


「あぁ、大丈夫だ。こう見えても回復してる。あの日、忍者に全身バキバキに骨を折られた状態からはだいぶな」

「やりすぎだろあの忍者⁉」


 あいつ何やってんの⁉ プロが一学生に本気出してんじゃねえよ!


「まぁ、俺は龍人族だから。骨折程度なら一週間もあれば回復する。もうすぐ全開だ」


 過ぎたことだと俺の背中をジュリオが叩いた。

 本人がこういうのなら俺は何も言えないが、あの忍者とまた会ったら抗議しておこう。

 めくりがウェンディから体を離し、改札へ向かう


「じゃあね、ジュリオ、正樹君も」

「ああ」

「元気でな」


 俺とジュリオが手を振り、めくりは背を向けて改札へと向かっていった。


「……藤崎?」


 めくりは改札をくぐる寸前、足を止めて振り返った。


「正樹君! もっと早くに君と話せるようになりたかった。そしたら、私の方から告白してたかもしれないよ!」

「え⁉」


 めくりは微笑んで、改札をくぐっていってしまった。


「おいおい、良かったじゃねぇか」

「…………」


 めくりの言葉が信じられず、茫然としてしまう。隣のジュリオが小突いているのに気が付かないほどだ。

 顔が赤くなるのを必死に隠す。


「……たく、帰るか」


 すっとぼけられたが、とりあえず水に流して帰路につこうとする。


「あれ? あいつ」

「なんだよ……来てたんじゃねぇか」


 駅の出口へ向かっていると、見覚えのある後姿が見えた。

 茶色い毛並みのケットシーの少女はひょうひょうとした足取りで人込みの中へと消えていった。

 駅をしばらくジュリオと並んで歩く。


「そういや、結局てめぇとの決着はついていねぇな」

「俺のステータスを見てねぇのか?」


 俺はめくりを見送った後、ジュリオには魔王と過ごした一週間の話をちゃんと説明した。

 魔王とステータスを交換し、そのステータスもミラがマジックアイテムを使うために消費し、どうやっても俺は『一万の魔法を操る大賢者』に戻ることができないことを。

 もうレベルが5のまま、俺はジュリオが満足できる勝負ができる男じゃなくなった問うことを。


「見たさ。だけどな、俺はまだ諦めてねぇぞ」

「いや、諦めるも何も……」

「いつか力を取り戻せ、忍者に負けちまったが、俺はお前に勝つことだけを目標に頑張ってきたんだ」

「……ああ、いつかな」


 俺とジュリオは果たされるかどうかも分からない約束を交わして拳を突き合わせた。


 〇


 夜になり、ベッドに入る。

 ミラがいなくなって何日も経ち、めくりもこの街を去ってしまった。

 なんだか寂しさがこみ上げてくる。


「どこにいるんだ、ミラ」


 ガシャ……。


「ん?」


 部屋の中から音が聞こえ、身を起こす。

 窓が開きっぱなしで、カーテンが揺れていた。


「あれ、ちゃんと鍵かけたはずだったんだけど……」


 風で開いてしまったかな?

 疑問に思いながらも、俺は窓を閉めようと、窓際に立つ。


「あ……」


 外を長い銀髪を揺らす少女が走っていた。


「ミラ!」


 俺は部屋を飛び出して、銀髪の少女を追った。

 夜の住宅街を一心不乱に走る。


 ミラ! ミラ! ミラ!


 初めて彼女を見た時のように、視界の端で捉えられた銀色を追って走る。


「ミ……」


 遂には夜の繁華街にまで来てしまった。

 怪しい店の客引きや、酔っ払いがたむろしていたが、ミラの姿はない。


「どこにいる‼ ミラ!」

「あら、お兄さん、いい男ね……ちょっとウチの店寄ってかない!」


 赤いドレスを着た女に声をかけられる。


「ここに銀髪の女の子が来なかったか?」

「銀髪? 知らないわよ……いやん。あなたよっく見てみるとほんとにいい男。ねね、半額にしてあげるから、うちの見え来てよ」


 俺の腕を取り、胸を押し付けてくる。


「放してくれ!」

「きゃ!」


 乱暴に女を振り払い、俺は逃げ出した。

 ひたすら街を走ったが、ミラの姿はどこにも見つからなかった。


「あら、お兄さん、ちょっとこっち来てよ!」

「いい男! あら抱きしめたいわ~!」

「人肌恋しいの! 抱いて!」


 俺の姿を見止めたとたん、様々な女が俺を追いかける。

 特殊な人間にしか会わなかったから実感はなかったのだが『魅力―999』というものはやはりすさまじく、まるでギャグマンガのような光景が走る俺の後ろで展開される。


「くっそぉぉぉ! どこにいるんだよ! ミラァァァ‼」


 俺の咆哮ほうこうが夜の街の木霊した。

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