第34話 戦いの後

 俺はあの後、江ノ島シーキャンドルの展望台に一人残されていた。

 目を覚ますと、誰もいない展望台の床に寝そべっていた。

 立ち上がり、外見ると通りを人が歩いていた。

 下へ降りてみると、段々と人が増え、いつもの騒がしい観光名所特有の日常が広がっていた。

 橋へと行ってみても、龍と忍者の激闘が繰り広げられたとは思えないほど無傷で、平常通りだった。

 暗い空も、魔族の暴走も、魔王の復活も、まるで何もなかったかのようだ。


「どうして、ここにいないんだ? ミラ」


 俺の隣にあの銀髪の少女の存在は見つけられなかった。


 〇


 あの事件の日から三日の時が経った。

 ニュースで魔王の復活や魔族の暴走は全く報道されておらず、やはりミラは《ジンコード》を使ってそれらをなくしたのだろう。

 勇者マルスの自宅が襲撃されたという報道もなく、彼が重体を負ったという情報もなかったので、俺はマルスの家へ行った。

 「雷亭」と表札がかかっている屋敷の前に辿り着く。

 あのとき、画面越しには完全に破壊されていてよくわからなかった。

 が、流石勇者の自宅。敷地が広く、池のある庭もある。

 俺は扉のチャイムを押すと、女の声で「少し待て」と返ってきた。

 やがて蒼い和服を纏った雷亭吹雪が顔を出した。


「ご主人様か、何の用だ?」

「吹雪か……少し話があってな」

「ああ、私もだ……ご主人様、中に入れ、少し話がある」

「え、あ、ああ……」

 吹雪に中に招かれ、俺は勇者の自宅の敷居をまたいだ。


 居間に通され、俺と吹雪は机を一つ挟んで向き合っていた。


「やったんだな? ご主人様」

「ああ、やっぱりお前にはあの時の記憶があるのか」


 俺の事をご主人様と呼んだということは、少なくとも俺が魔王を巡って吹雪と戦ったことはあったということだ。

 そして、あの日吹雪は俺に協力して、江ノ島まで行ってくれ、ジュリオと戦ってこうれた。


「ああ、拙者だけではない。ジュリオもカルナもだ。ただ、藤崎めくりや、彼女を襲い、親友であるというウェンディという天使族の娘の中にはあの日の記憶はなかった」

「ジュリオにはあって、めくりにはなかった? そうか、めくりは何も覚えていなかったんだな?」

「ああ、普通の一日を過ごしていたとしか思えないふるまいだった」

「そうか。あの後、《ジンコード》が発動した後、お前たちはどうなってたんだ?」

「わからん、シーキャンドルから上がった光に包まれ、目が覚めるとジュリオと共に路上に寝そべっていた。よくわからんまま、この家に帰ると、壊されたはずなのに元に戻り、親父も怪我無く普通に仕事に行っていた。だから、貴殿が魔王のもとに行き、《ジンコード》を使ったのだと確信したよ。そうなのだろう?」

「ああ、使ったのは俺じゃないけど」


 吹雪の眼が驚き、見開かれる。


「まさかとは思っていたが、魔王に奪われ、使われたのか?」

「ああ……」


 奪われてはいないが、ミラが使ったのは事実だし、そこらへんは省略する。


「どうりでな、魔王の記述が消えたわけだ」

「記述?」

「いや、正確に言えば書き換わったというべきか。警察庁のデータベースに魔王の名前は載っていない。ただのヤギの頭を持った悪魔。そうとしか書かれておらず、魔王は親父が首を斬り、ちゃんと死体を国の役員が確認している。そうなっているんだ。どこにも魔王ミラ・イゼット・サタンなんて記述はない」


 魔王が、ミラじゃなくなっている―――?


「だから、拙者が魔王を発見し、包囲を要請したという記録もなくなり、拙者とご主人様の戦いもなかったことになってる」

「……じゃあ、俺は魔法を使っていなかったことになって、入学取り消しもないってことか?」

「そういうことになるな。貴殿が魔法を使ったという記録がないのだから」


 警察がいつまでたっても俺の家の訪ねてこないし、俺の両親も何も言ってこなかったのでまさかとは思っていたが、やっぱりそうなっていたか。


「そういえば、魔王はどうした? ここにはいないようだが?」

「わからない。俺もミラと対峙して、《ジンコード》が使われてからはミラの姿を見ていない。一体どこにいるのかもわからない」

「そうか、もしかしたら自分の存在自体を消したのかもしれないな」

「そんなわけあるか」


 思わず、強い視線を吹雪へ向けてしまう。

 だが、吹雪は動じることなくじろりと俺の顔へ視線を向けた。


「まぁ、そうなると解せないのは拙者たちの記憶を残したことだ。どうしてすべての記憶を消さずに中途半端に残したのか」

「ああ、お前はあんまりあいつと話したことがないからわからないか……あいつは寂しがり屋なんだぜ。ものすっごくな」

「魔王が、寂しい……?」

「ああ、だから、この世界のどこかにいるはずだ。一人で消えるのなんてあいつが選ぶわけがない」

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