第33話 終焉

 だが、魔王の胸に付けられた手とは逆の手にまだタッパーが握られたままだった。


「いや、これは置かない」

「置かない⁉ 魔王をタッパー片手に討伐するというのか⁉」

「タッパー片手に討伐するんじゃない、お前を攻略するんだ」

「どちらにしろ嫌なんじゃが。殺すにしろ、告白するにしろ。タッパー片手って……」


 うん、やっぱり入れるもの間違えた。重要なカードを入れるもんじゃないわ。

 だけど……もう、ここまで来たら止まれるものではない。


「ミラ、俺はお前が好きだ。お前と一緒にいたい。俺と恋人になってくれ」


 空が暗黒に染まった江ノ島シーキャンドルの上、俺はミラへ告白した。

 ミラの頬が少し赤くなったが、やがて、鼻が鳴らされた。


「ハンッ、馬鹿者め……そんなもの許されるわけがなかろう……あの忍者から聞いたじゃろ? 我はこの世界を滅ぼすためだけに、あの《ジンコード》を使うつもりじゃと」

「ああ、二回使われていたな」

「一度目は人類の復讐のために、この世界に魔族を呼びだした。人間は減らすことはできたが、全てではなかった。だから、我は生き残った勇者に敗れた」

「一人でこの世界に来て、寂しかったんだな」

「二度目は、野望を諦めきれずにただ生き延びることを望んだ。たとえ苦渋を舐めようとも生き延びていつか勇者に復讐しようと」

「一人ぼっちで死ぬのは嫌だったんだな」

「…………」


 ミラが俺を睨む。


「素直になれよ、ミラ。お前がしたいことはそんなことじゃないだろ?」

「黙れ!」


 魔王が激昂して俺を突っぱねる。

 体制を崩してタッパーを床に落としてしまい、べちゃっという嫌な音が鳴る。


「一々口を挟みおって! 我は魔王じゃぞ! 世界を滅ぼす魔族の王じゃ! 貴様もそうであることを望んでおったろうが!」

「俺が……?」


 ミラの目に涙がたまっていた。


「そうじゃ、貴様も我が魔王であることを望んだ一人ではないか! この世界を滅ぼせと確かに言ったぞ!」

「……あ」


 言った、言ってしまった。

 ミラを助けるためとはいえ、魔法を使ってお尋ね者になって、今まで頑張ってきた勉強が全て無駄になった。

 高校合格になって、捕まるのが怖くて、魔王にすべてを壊してくれるように望んでしまった。

 だから、魔王は俺の望みを叶えようと、


「俺をみんなに許してもらうために、こんなバカなことを、あえて悪役になったのか?」

「……何が馬鹿なことか!」


 顔を真っ赤にしたミラに頬をひっぱたかれる。


「さぁ、殺せ! 我はどうせ世界を滅ぼす魔王じゃ。貴様に殺されるのなら悔いはない!」


 顔を逸らし、胸を突き出す。


「貴様が殺さねば、この事態は収まらんぞ! どうせ貴様も我を魔王としてしか見ておらん。所詮は、凡夫の中の一人ということじゃ。我は誰かと隣り合っては歩いていけん。生きていくこと自体が罪なのなら、もう生きていたくはない」


 ミラの頬を涙が伝う。

 俺は手を伸ばして、彼女の頬に手を添えた。


「そんなことを考えていたのか。自分が生きていてはいけない命だと」

「そんなこととは何じゃ! 人間は皆そう言う! 我の創造主が‼ ならば、そうなのだと思うしかないじゃろ!」


「ば~か、お前は馬鹿者だ」


 ミラの額にデコピンをした。

 力は全く入れずに優しいデコピンをした。


「………ッ!」


 ミラは目を見開いて、額に手を当てた。


「まぁ、俺も言っちゃったからな。魔王になれって。それを言ったのは俺の心の弱さだ。ごめん、遠慮なくやり返して……グフゥッ‼」


 容赦のないミラのボディーブローが腹に刺さる。


「何じゃ⁉ お主は一体何なのじゃ!」


 怒りながらミラは泣いていた。

 そして、駄々っ子のように殴り掛かってきた。


「世界を滅ぼしてくれと言ったり、我を好きだと言ったり、お主は我に何をしろというのだ!」


 そんなの最初から言ってるだろ! 話しを聞いていたのか⁉

 殴り掛かるミラの手を取り、彼女の瞳を間近で見つめる。


「付き合えって言ってんだろ!」

「!」


 ミラの全身が震えた。


「俺はお前と普通に生きていたい。朝起きて、一緒に飯を食って、一緒に外で出かけて、何でもないことで笑いあって、たまに喧嘩しても、夕食は一緒に食べて、同じ時間に寝る。そんな生活をお前の隣でしたいんだ」

「無理なことを。私は魔王、お主もお尋ね者。誰かに追われていくしかないんだよ。普通なんて……この世界で私は普通に生きることができない」


 ミラが俯いた。 

 魔王の皮がはがれて、一人の女の子としての顔を見せまいと、俺から顔を背け、床に涙を落とした。


「諦めるな。こんなみんなを巻き込んだ茶番はできて、普通に生きることはできないなんてことはない」


 俺は床に落ちているタッパーを拾った。


「貴様なんのつもりじゃ?」


 タッパーを見た瞬間、ミラの涙が引っ込み、俺をジト目で見る。


「いや、これは普通のタッパーだけどさ、ほら」


 俺は結婚指輪を想い人に捧げるように、タッパーを開いた。


「それは……我のカード……なぜ貴様が持っておる」


 ミラが目を見開き、タッパーの中の《ジンコード》見つめる。


「吹雪に託されたんだ。これで舞台をひっくり返せってな」

「そうか……で、なぜそれをタッパーなどに」

「それはもうどうでもいい。これを使うぞ。そして、全てをご破算にする。魔王の復活も、魔族の暴走も、今日一日をなかったことにしてやる」


 どうしてもタッパーがあると話が進まないので俺は慎重に《ジンコード》を取り出し、タッパーを投げ捨てた。


「今日の事を……我の復活をなかったことに? もういいよ。そんなことをしなくて、もう疲れたよ。そんなもの使わずに捨ててしまえ」

「本当の望みを言えよ。ミラ。お前の本当望みを」


 ミラの肩に手を添える。


「ミラ。これはお前が本当の望みのために使うんだ」


 ミラに《ジンコード》を渡す。


「何を⁉」

「お前が使うんだ。ミラ。今度は、本当の望みを叶えるために」


 ゆっくりと後退し、二メートルの範囲内から出る。

 ミラに《ジンコード》が握られたまま、俺のレベルは5へと下がり、ミラのレベルは81に。

 そして、『魔法』が《ジンコード》が使用可能なマックス、999へと上がる。


「お主、これを我が人類を滅ぼすために使うとは思わんのか?」

「使わないよ。人間にも、魔族にも、いいやつはいるって知ってるお前は。この世界で一番の寂しがり屋のお前が。使うわけがない」

「……いいのか? これを我が使えば、本当にお主の『魔法』はなくなるぞ。血のにじむような努力をしたのではないのか?」

「俺の気持ちはお前とあのゴミ捨て場で契約を交わした時から変わってないよ。『魔法』を引き換えに、お前を救えるのならかまわない」


 ミラが手の中の《ジンコード》を見つめる。


「我は……私の、望みは……」


 《ジンコード》が輝きを放つ。


 最後の宝石が、ミラの願いを叶えんと、彼女の想いに答えるように、塔の全てを光で包み、光の柱が天へと上った。

 光の柱は暗黒の雲を突き破り、どこまでも、どこまでも昇っていった。

 世界を覆っていた黒い雲が、晴れていく。

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