第32話 キーアイテム
我は、タワーの展望台で、暗黒に染まった空を見上げた。
あの者と共に来た塔の上、目を閉じるとこの島で過ごした時間が瞼に蘇る。
本当に、あの時間は楽しかった。
「が……じゃ」
そんな時間を過ごすのは許されない、自分は魔王なのだ。魔族の皆がその座に収まり、統治を望み、人間の皆が我の存在を恐れる。
ならば……、我は魔王として、その役割を全うせねばならん。
橋の上から光の柱が上がった。
「来おったか……」
恐らく戦闘が起きている。竜と正樹が激突しているか、あるいは正樹の仲間の誰かが戦っているのだろう。
竜と猫は本当によくしてくれた。力を失っていた時から我によくしてくれ、こうして最後まで付き合おうと言ってくれるなんて……。
それも、魔王にある魔族を服従させる力ゆえかもしれんが。
「正樹よ。早く来い。早く来ねば本当に世界を滅ぼしてしまうぞ」
「そうかいそりゃ、急いで来たかいがあったよ」
後ろから、声がした。
振り返る――――――――。
来てくれた、彼が。
我は魔王としての笑みを向けた。
「よう、ここまで大変だったか? 勇者よ」
「大変だったというより、辛かったよ。お前がいなかったんだからな」
我の勇者は左腕を上げて我を指さした。
その指にはめられた『エクスチェンジリング』の宝石が輝きを放つ―――。
〇
江ノ島の街をひた走り、ようやくたどり着いた塔の上で俺は魔王と対峙する。
『エクスチェンジリング』を指にはめたまま、向かい合う。
「よく来たな、正樹。だが、その身でなにができる。貴様はレベル5。我の指先一つで即死する体ではないか」
「よく言うよ。こんなものを残しておいて……」
俺は左手の薬指にはめられたままの『エクスチェンジリング』を掲げる。
「随分と人を巻き込んだ茶番をするじゃないか。ミラよぉ」
俺は魔王の左手の薬指を見る。
そこには『エクスチェンジリング』がはめられたままになっていた。
ステータス交換が終わったというのに、俺から『エクスチェンジリング』を回収せず、自らも、まだ装着したままにしている。
「茶番ね。まぁ、そうじゃな……いや、それよりなぜ、貴様はタッパーなぞを持ってきておる」
「あ、あぁ……いや、気にしなくていいよ」
さっとタッパーを後ろに隠す。
やっぱこれ、この場に相応しくないよな……もっと入れるやつ考えればよかった。
「まぁよい、貴様は今まで鍛えていたのだろう?」
魔王が一歩ずつ歩み寄る。
「我を倒すために、毎日毎日、青春を犠牲にして鍛え上げていたのだろう。それが全て無駄になった。無常に世界は変わって、貴様の価値はなくなったのだ」
「…………」
そうだ、勇者になる『選ばれし者』だったのだ。だけど、俺が選ばれる必要性がなくなってしまっていたのだ。
「貴様にチャンスを与えようというのだ。我を倒し、勇者になるチャンスを。だが、ただでは殺されはせん。我も抵抗する。それを避けて見事に我を倒してみよ」
魔王はニヤリと笑って、手のひらで火の玉を作る。
あれを避けて、魔王のもとに辿り着き、ステータスを逆転したら勝ちだと。魔王が作ったルールではそういうゲームになる。
そうやって自分を殺せというのだ。
「はぁ、わかってねぇな。ミラ」
「……何がじゃ? 今の我は魔王じゃ、気安く呼ぶなよ人間」
魔王が俺を睨みつける。
「ミラ。俺はここにRPGとか、アクションとか、そういうゲームをしに来たんじゃないんだぜ?」
「戦う気がないのか?」
「ああ、俺はここまでギャルゲーをしに来たんだ。限界突破した『魅力』でチョロインを落とすっていう、非常に簡単なギャルゲーをな」
「……はぁ?」
呆れて魔王の口が開き切る。
「何じゃ? つまりは死にたいと?」
「んなこと言って……あっぶね、話してるだろ! 火の玉投げてんじゃねぇよ!」
魔王がためらいなく投げてきた火の玉を間一髪でかわす。顔面を狙ったストレートだった。
魔王はまた火球を生成し始めた。今度は一つだけではなく、曼荼羅のように周囲に火の玉を生成しはじめた。あれが一斉に襲い掛かってきたら避けられる自信はない。
「待て待て待て、まだ戦闘に入ろうとするな! まだ会話パートだ!」
「そんなパートはない。貴様は我を倒し、世界を平和にする。それが『選ばれし者』たる貴様の役割だ!」
業火がタワーの窓を次々と割っていく。
連続して飛んでくる火球の間をかいくぐるように俺は魔王へ接近する。
「やめろ! 本当は殺す気なんてないくせに!」
「馬鹿を言うな、攻略の手を与えただけだ。簡単に我を殺させる気はない」
「そこが間違ってんだよ。俺は魔王を倒すゲームをしてるわけじゃねぇって何回も言っているだろ!」
「何?」
魔王からの攻撃が止まる。
「魔王を、いや、優しい寂しがり屋で不器用な女の子を攻略するゲームをしに来たんだよ」
「ば、バカを言うな! 誰が優しいか! 誰が寂しがり屋か!」
魔王の顔が火が出るほど真っ赤に染まり、
「炎帝よ。世界を焼く業火をこの手に、氷帝よ。万物停止の絶対零度をこの手に……」
左右それぞれの手から炎と冷気が上がる。
まずい―――。
『ラグナロク』
この島全てを飲み込むほどの大魔法を使うつもりだ。照れ隠しに。
「待てミラ! そんなもの使ったら―――!」
詠唱している魔王を止めようと俺は、
「二つの力よ混ざりて爆ぜよ。融合魔法。消え去れ! 『ラグナ………』」
「隙だらけになるぜ」
一気に距離を詰めて、二メートル以内に入った。
「な……」
魔王の手に集まっていた魔力が霧散していく。
「大魔法を全力で使うのなら、そりゃあ長い詠唱が必要になる。そんな全力で撃とうとしないで、詠唱省略すりゃあ良かったのに」
魔王の体が縮んでいく。髪も真紅から銀に代わり、胸も尻も小さくしぼんでいく。
『エクスチェンジリング』の効果範囲に入ったからだ。二メートル以内であれば、俺とミラのステータスは入れ替わる。
「本当にかわいいな、お前は」
シンドウ マサキはレベル81に。
そして、ミラ・イゼット・サタンはレベル5へと。
「フ……我も迂闊じゃったわ……そんな凡ミスで最期を迎えることになろうとは」
「ああ、迂闊だよ。魔王とは思えないほど、うっかりだ」
そうやって自嘲気味に笑うミラが可愛くて、俺は指でミラの額を小突いた。
「さぁ、勇者よ。我を殺すがいい。そうやって貴様は晴れて魔王を滅した真の勇者として世間に崇められるであろう」
魔王は俺の手を取り、自分の胸にくっつけた。
そのまま魔法で貫けともいうように。
「……とりあえずタッパーを置け」
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