第25話 駆け落ちをしているようで
一日、二日、三日とあっという間に過ぎた。
ずっと魔王の隠し部屋に引きこもり、外に出ることもなく過ごしていると時間の流れが恐ろしく速かった。
だが、退屈ではなかった。
俺はずっとミラの傍で、たわいもない話を続け、ミラも魔王の椅子に座っていた時のたわいもない話、魔王になる前のちょっとした面白話をし合った。
それだけで幸福を感じた。それだけで良かった。
二メートル。互いにいなければいけない距離。それを続けるのが一週間だけだというのが短く感じられるほど、ミラの傍にいるのは幸せだった。
「幸せじゃ腹は膨れんぞ」
四日目の朝。ミラが突然こんなことを言い出した。
当然だった。
外に下手に出られないから、食料調達も一切しておらず、三日も食べていない。流石に空腹で動くのも辛くなってきたところだった。
「だけど、どうするんだよ? 外ではいまバリバリ工事してるし、出たら確実に見つかるぞ?」
「それでも、このままだと餓死するぞ。一週間の我慢とはいえ、三日でこれではとても一週間は持たん。多少危険でも外で食料を調達すべきだ」
「……出るしかないか。工事の計画も手に入れなければいけなかったし」
ここは工事中の城の隠し部屋。この三日間、工事の手が及んでいなかったが、いずれ手が伸びて、ある朝いきなりショベルが突っ込んでくるというのもあり得る話なのだ。
腹が減ってあまり動きたくないのだが、仕方がない。先延ばしにしていれば、さらに体力を失うのだ。
「その必要なないニャ」
俺たちが重い腰を上げた瞬間だった。
隠し部屋の扉が開いて、茶色い毛並みをしたケットシー族の少女が姿を現す。
「カルナ……?」
「ひっさしぶりニャ~! 正樹」
カルナが嬉しそうに手を振る。その手にはコンビニの袋が握られていた。
「お前どうしてここに? まさか魔法を……?」
ありえない。魔法を使ってわざわざ捜索するということは、カルナも警察の仲間と言うことだが、俺が吹雪からミラを探すときに使った探索魔法は超高等魔法。広範囲から無制限に入ってくる他人の情報を処理する能力が必要になり、よほど『魔法』と『技』が高くなければ使用できない魔法だ。それをカルナが使えるわけが……。
「ウチは魔法は使ってないよ。ただ、ウチは『魅力』が低い人間に対して特化してるからニャ。どこにいても臭いでわかんだニャ」
そう言って鼻を鳴らして、ビニール袋からパンを取り出す。
「おなか、すいてニャい?」
俺とリラは飛びあがってカルナのビニール袋をあさった。
まるで犬のようにカルナからの差し入れを食い散らかし、ある程度落ち着いたところでカルナに俺たちの事情を話した。
「なるほどニャ~、ミラちゃん。魔王ニャったのか~……」
「……そういえば、お前もジュリオもだけど、魔族の間にも魔王の巣が立って知れ渡ってないの? 初めて会った時も、鬼族の娘としか思っていなかったし」
「魔王は魔族の王。魔族も一枚岩じゃニャかったから、暗殺される可能性があるとかで、名前とか姿とかは隠されてたんだニャ。人前に出るときもマントや陰でよく見せてくれニャかったし。つーか、そんニャことも知らニャかったのに、よくウチらの前にミラちゃんをさらせたニャ」
考えてみれば魔族の前にミラの姿をさらすというのは迂闊な話だった。姿は魔王の時代から変わっているだろうが、『ポーズ』で名前を見れば一瞬で魔王とわかってしまうだろうに。
「でも、どうしてここに? 誰かから俺たちの事聞いたのか?」
「ああ、吹雪からニャ。詳しく事情は話してくれニャかったけど、正樹をかくまっていないかって。で、何が起きたのかニャって居場所を探ってみればこんニャところにいるじゃニャい。丸一日いたし、なんかやったのかニャって。だから、差し入れを持ってきてやったンニャ」
「そうか、ありがとうな」
「お前ほど『魅力』が低い人間はなかなかいないからニャ。死んでもらっちゃ困るんニャ。ニャッハッハッハ」
カルナが快活に笑う。
本当にいいやつだ。友達のためにここまでしてくれるなんて。
「カルナ。悪いんだけど。工事の計画とか聞いてきてもらっていいか? あと四日、俺はミラの傍から離れらないから、なるべくこの部屋を出たくないんだよ」
「ニャ。わかったニャ。魔王様のためならウチは何でもやるニャ~!」
カルナが笑顔で出ていく。
「良かったな、協力者が得られて」
「…………」
だが、魔王は無言で俯いていた。
カルナが来てから、楽に残りの日数が過ごせた。本当に彼女には感謝してもしきれない。
四日目、五日目、六日目とカルナは毎日来てくれ、外の状況も教えてくれた。
俺が合格取り消しになってるかどうか、カルナには教えてくれなかったそうだが、警察が街を巡回する回数が多くなり、物騒なことになっているという。ジュリオやめくりの家にも警察が行き、俺が来てないか尋ねられているという。
「そういえば、お前とめくりって何があったんだ?」
ふと、めくりの名前が出たのでカルナに聞いてみると、いつも明るく笑っている彼女の顔が曇った。
「何でもニャいよ。ただ、めくりはウチが本当に困ってるときに助けてくれなかった。ウチの『魅力』が低いからって理由で親友を捨てたんだ」
『ポーズ』でカルナの『魅力』を見てみると、20と確かに低い方だった。
「だから、ウチは『魅力』で人を判断しない。『魅力』が低くても魅力的な何かが絶対にある。そういえば、めくりから聞いたよ。あいつまだ『魅力』が100ないと付き合わないって言ってんだって?」
「あ、ああ……」
あのタワーで俺たちと別れた後、めくりは話したのか……。
「くだらない。ほんと、くだらない。中一の時の決まり事にずっととらわれて……」
「………」
それ以上、カルナにめくりの事は聞けなかった。聞いちゃいけないと思った。
だから、「ニャ」ってつけるの忘れてますよ、とも俺は言うことができなかった。
最後の夜が訪れた。
カルナからの差し入れのカップラーメンを食い、濡れタオルで申し訳程度に互いに体を洗って、俺とミラはベッドに体を預けた。
背中合わせでミラの体温を感じるのも今日が最期か。
ミラに俺の『魔法』が行き、『魅力』を手に入れたら、俺はどうしようか。ミラは俺が隣にいるのを許してくれるだろうか。全盛期の力を手に入れたミラが―――。
だけど、そうじゃないと俺はもう行く場所がない。学校に行くこともできないし、家に帰ることもできないのだ。
「ミラ」
「何じゃ?」
「世界を滅ぼそう」
その一言は、ふと、気を抜いて出てしまった俺の弱さだった。
「……勇者を目指しておった者が何を言っとるんじゃ」
「冗談だよ……笑えよ」
「笑えんわ。阿呆」
だけど、その一言だけは絶対に言ってはいけない言葉だった。俺だけはミラに言ってはいけない言葉だった。
次の日の朝、ミラは姿を消した――――。
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