第24話 逃亡劇
忍者を放置して、俺とミラは魔法を使って警察の包囲網を突破した。突破したと言っても、武力を使ったわけじゃなく、ミラが魔法を使って空を飛んで鎌倉から出ただけで、その間俺は幼女にお姫様抱っこをされているという情けない構図だった。
「それでこれからどこへ行く?」
適当なビルの上に着地し、ミラの腕の中から離れる。
「……そういえば今は春休みで工事中のはずだ。あそこに行こうか」
そう言って俺は都心を指さした。
魔王の城が出現した都心は夜でも暗雲が立ち込め、暗い。
「魔王の城に行こう」
〇
魔法監視衛星は一応、魔力を使った人間だけ記録し、常に日本中を監視しているわけではない。だから、普段街を歩いていても逐一その様子が衛星に記録されているのではないのだが、一応俺とミラは地下鉄と、地下通路を使って魔王の城がある新宿へと向かった。
「懐かしいか?」
「……そうさな」
電車に乗りながら近づく新宿。
以前は繋がっていなかったが、魔王が倒されてからは、交通網が整備され、東京は以前と変わらない状態で行き来ができるようになった。
〇
夜の新宿の街へと降り立つ。
「ここが今の魔都か……」
ゲムノウ粒子が最も初めに、最も多量に散布された新宿の街は、ゲームアミシエーション依頼、魔都新宿と言われ、魔族の首都となっていた。
歌舞伎町は魔族の中でも貴族が住む高級住宅街と化し、大通りや地下街はドラゴンの爪やマンドラゴラの苗など、魔族御用達の商店街と化していた。
だが、それも過去の話。
魔王が討伐されてからは人間が住むようになり、今は魔族と人間が共存する街となり、一種の観光都市となっていた。
大通りは魔族の店だけでなくはゲームアミシエーション前の、映画館や、デパートに建設しなおし、異世界と都会が融合する独特の風景が広がる街となった。
「あっちだよ」
俺は元都庁を指さす。
禍々しい邪気をはなつ黒い古城。
都庁はゲームアミシエーション時、真っ先に組み替えられ、魔王の城と化した。
「あれが、我が城か?」
今はもう、魔王は住んでおらず、観光スポットとなって人気を博している。でかでかとした光る看板、夜でも目立つようにライトアップをされていた。が、現在は工事中の様で、鉄骨と幕に囲われている。
「今はもうすっかり観光名所と化しているけど、三月の頭から改装工事が入って、四月までやる予定らしい」
「観光名所……我が城が……」
がくんとミラがうなだれる。
そりゃショックか、自分の家が大多数の人間に蹂躙されて、隅々まで見られているのだから。だが、そうなってくれたおかげで侵入は容易だろうし、今はあそこ意外に隠れられる場所がない。
〇
真っ暗な魔王の城を歩く俺たち。
改装途中で深夜というところが大きく、侵入は容易だった。
「城の作りは、お前が暮らしてた時と変わったか?」
「中身は多少違うが……」
魔王の城の中は針の通路、テレポートの足場、歩くたびに痺れを起こす床など、ダンジョン特有のトラップは設置されたままであるが、目立つように注意書きをしてあり、住んでいたのであろうモンスターの等身大の人形がいたるところに設置され、まるでお化け屋敷の様だった。
「ここで一週間過ごさなきゃいけないからな。昼も過ごせる拠点が欲しい、どっか工事のおっちゃんも使わない場所とかないのか?」
「上の方にある」
〇
ミラに案内され、玉座の間に通される。
「ここじゃ、すまんがこれを押してくれ」
ミラが玉座を押すように指示したので、言われたとおりに重たそうな王の椅子を押す。
ズズズと床をこすって動いた王の椅子の裏には階段があった。
ミラが先行して昇っていき、俺も二メートルの範囲から離れないようにすぐ後ろにつく。
「隠し通路じゃ。恐らく誰も知らんだろうが。改装工事中なら壊される可能性もある。そのうち対比するか計画表を得る必要があるな。ここじゃ」
階段の先にある木製の質素な扉を開ける。
「まるで屋根裏だな」
窓が一つだけの煉瓦で囲われた隠し部屋。照明も電球一個しかない、いかにも隠れ家といった部屋だ。
「ここで一週間過ごすのか……」
「お主、ステータス交換を続けるつもりか?」
「え? あぁ……」
そうか、もう俺は高校に通うこともできないし、魔法を使いまくったから終身刑は確定。死刑もあり得る。もう外を出て歩くのも困難な身の上になってしまったのか。
「『魅力―999』ももう、無用の長物か……皮肉なもんだな。それを得るためにお前と契約したのに。もう、いらなくなるなんて」
ミラが悲し気に目を伏せ、指輪を見つめる。
「指輪を外してもいいんじゃぞ? お主はもう我といるメリットは何一つない。なら、我を置いて逃げた方が賢い選択というものではないか?」
「お前を置いて行ったら、何のためにお尋ね者になったかわからないだろう」
俺も指輪を見つめる。
外すという選択肢は確かにある。俺の身を守ることを重点に置いたらの話だ。『魅力』が必要なくなった以上、『魔法』その他(RPG)ステータスも失うのは危険だ。
だけど、失った(RPG)ステータスは、この目の前の小さな少女へと託されるのだ。
指輪に手をかける。
「外さないよ。これは契約の証だから。俺は―――魔王の騎士だから」
「魔王の騎士? 『選ばれし者』ではなかったのか?」
俺は魔王、ミラ・イゼット・サタンの前にひざまずいてその手を取った。
「そうだ。俺はお前に選ばれたんだ。あのゴミ捨て場で……言っただろう。友であり共犯者である魔王へ、俺の身をささげると」
ミラの手の甲へキスをする。
口を話し、顔を上げると、ミラの眼から涙が伝っていた。
どうして泣いている⁉ やっぱり『魅力―0』のキスはダメなのか、とつい動転してしまうが―――。
「良いのか? 我の傍にいて……我は魔王じゃ。我の身を狙うやつがこの先いくらでも出てくる。お主が殺されるかもしれん。それなのに、その指輪をはめ続けるのか?」
それでも、俺は、この魔王の傍にいるきっかけであり、理由であるこの指輪を外したくはなかった。
「いるよ。俺の『魔法』はお前にやる。だから、お前がもしも世界を滅ぼそうと考えた時、お前に殺されないために『魅力』を俺にくれ。俺がお前を攻略して止めてやる」
「……この阿呆め」
ミラの手を離す。今回は、彼女自分の手をぬぐおうとはしなかった。
彼女はゆっくりと手を広げて、俺を抱きしめるだけだった。
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