第23話 勇者の娘
「正樹⁉ 貴殿がどうしてここに?」
刀を魔王に向けて振り降ろそうとした吹雪の背後に立ち、俺はやつの刀を握りしめている。
吹雪も、ミラも突然出現した俺を目を見開いて見つめている。
「ミラがいなくなったから、急いでここまで来たんだよ」
「どうやって拙者たちの場所……魔法か⁉」
吹雪は俺の手からほとばしる魔力の光に気づいた。
「正樹、貴殿魔法を使ったのか⁉」
「ああ、身体能力強化に、お前らの居場所を知るための探知魔法、ここまでくる転送魔法でもう三十年は刑務所行き確定だよ!」
刀を握りしめる手に力を込め、
「な、な!」
吹雪ごとゴミ山に向けて投げ飛ばした。
忍者の体が激突し、ゴミ山が吹き飛ぶ。
「大丈夫か、ミラ?」
俺は魔王に近づき、左手を伸ばした。
「指輪つけたままじゃな」
「ん? ああ」
そっか、今は二メートルの範囲以内だから魔王とステータスが入れ替わっているのか。
「それ外したらどうじゃ。我の近くにいれば死ぬかもしれんぞ?」
俺は伸ばした手を引っ込め、三歩下がった。
「距離を取ればいいだけだ。その間、お前には触れられないけど。すぐ終わるから待っててくれ」
「それは戦闘では弱点になるぞ、外したらどうなんじゃ?」
「外したくないんだ」
俺は左手の指輪をミラに見せつけ、笑いかけた。
「フ、アハハハハ……そうか、そっか」
つられるように魔王も笑った。
「話しは変わるが、どうしてさっき我の名前をフルネームで呼んだのじゃ?」
「え? そこを今聞く?」
「かっこいいとか思ったんじゃろ?」
「…………」
思ってるよ。今も!
「正樹ィッッッ!」
ゴミ山が爆発し、高速で吹雪が接近した。
斬りつけてくる忍者の刀を気配で感じ取り、魔王を見つめたまま受け止める。
「どうして魔法を使っている⁉ あれだけ魔法を、戦うことを恐れていた貴殿が!」
「うるせぇな、警察に捕まりたくなかったんだよ。でも、こんな状況になったらもう警察もくそもねえだろ」
吹雪は刀を振り回し、連続で斬撃を叩き込むが、その全てを強化した両腕で受け止めていく。
「ならば、魔王を見捨てればよかったろうに! 社会という枠を外れるリスクを冒しながらもどうして魔王を守ろうとする! 『選ばれし者』と呼ばれたお前が!」
「…………」
そんなの、わかるだろ。
顔に熱が走る。ミラを見つめるが、彼女も心配そうに俺を見ていた。
「俺はな、共犯者なんだよ」
「共犯?」
「俺は魔王と初めて出会ったときに共犯者としてあいつに『魔法』を渡すって契約をしたんだ。だから、あいつが罪人ってなったら、それに協力してる俺も罪人ってことだろ? だったらもう罪は消せないんだからとことん付き合ってやろうと思っただけだよ」
「馬鹿馬鹿しい。その程度の理由で魔法を使用するなんて。もう二度と日の下は歩けなくなるかもしれんというのに、魔王の騎士のつもりか⁉」
「ああ、だからせっかく頑張って受験した高校も入学取り消しだよ! これで立派な犯罪者だ!」
刀を弾き、吹雪の体を掴んだ俺は、空高く投げ放った。
「…………くっ!」
「炎帝の業火よ、彼の者からは以下省略! 『フレア・スパイラル』!」
詠唱省略で威力は少し下がった炎の螺旋を吹雪へ向けて放つ。
「ぐ、ガアアアアアアアアアアアア‼」
空の上でかわすこともできず、吹雪の体は焼かれ、悲鳴を上げた。
「………『ポーズ』」
ちょっと吹雪の悲鳴がマジすぎたために一応、吹雪のステータスを確認する。
『雷亭吹雪・ブリージアエレキカイザー レベル80』『HP―4899/5490』『MP―2100/3900』『力―490』『防御―250』『技―690』『速さ―540』『魔法―300』『対魔―250』『幸運―120』……。
レベル80か、同い年の女の子にしてはかなり高いレベルだ。勇者の娘だから相当鍛えられたのだろう。そこら辺の冒険者相手であればまず負けないレベルだろう。
ただ、相手はこの俺だ。
空で焼かれた吹雪は地面に落ち、身動きもせずに沈黙している。
「い、一撃か? やったのか?」
「多分――とりあえず、逃げるか、ミラ」
警察がミラを警戒しているし、俺はすでに魔法を使ってしまった。警察が本気で動かないうちに、逃げようとミラに近づくが……、
「まだだ! まだ私は終わっていない! 新藤正樹ィィィィィ!」
刀を支えに立ち上がる吹雪。
まだ半分程度HPは残って動けはすると思うが、俺の魔法を食らえばただでは済まないとその身に刻まれたはずだ。
「まだやるのか? わかっただろ。お前は俺に勝てない」
「わからんさ! 拙者には奥の手がある。『空遁 時空列断』!」
吹雪は頭上を切り裂いた。すると、空間が割れ、異空間への穴があいた。
「来い! 聖剣、エクスカリバー!」
そして、手を上にかざすと黄金の剣が異空間から現れ、まるで宿主の元へと帰る鳥のようにその手に収まった。
「あれは、我を貫いた剣!」
『聖剣エクスカリバー』。勇者マルスが神から賜ったという伝説の剣。それが、娘の手に渡り、再び魔王へ向けて抜かれた。
「お前、髪の色が……」
聖剣を手にした瞬間、吹雪の髪の色が漆黒の黒から、黄金へと変化していった。
まるでぱりぱりと外装がはがれるように中から金の髪が現れ、光輝いた。
「ここからが本番だ! 正樹!」
「仕方ねぇな……ああ、来い! 雷亭吹……それで来るの?」
「む?」
勇み、剣戟を繰り広げようと踏み込んだ吹雪の足が止まる。
「それ、とは何のことだ?」
「いや、両手剣と刀を二刀流みたいに構えてるけどさ……」
重そうな巨剣と(忍者が使うやつなので多少は短いだろうが)一メートルはある刀を両腕で振る忍者というのは、ぱっと見バランスが悪い。
「なんか馬鹿っぽく見えるぞ? 使いこなせるのか?」
「安心しろ! 聖なる力が宿りし勇者の剣、特に何の力もない五万円の忍者の刀。勇者の娘であり、鞍馬天狗から師事を受けた拙者にとってこれが全力で十全のスタイルである!」
回転しながら剣と刀を振り回し、襲い掛かってくる。
さすがに聖剣は素手で受け止めるのは危ないか―――。
俺は次々と繰り出されえる斬撃を後退しながらよけ、魔力の光を手のひらに収束させる。
「光帝の煌めきよ。我が手に宿り刃と化せ『フォトンブレイド』」
詠唱を唱え、集った魔力の光が形となり、白い光の刀身を手の先からはやす。
「『ツイン』だ!」
そして、逆の手からも光の剣を生み出した。
「フッ……互いに二刀流か、面白い!」
吹雪が余裕の含まれた笑みを見せ、二対の光剣と聖剣と普通の刀がぶつかる。
俺と吹雪はゴミ山を縦横無尽に駆けまわり、吹き飛ばしながら剣戟を重ねていった。
長剣二本を振り回す吹雪は絶対に隙だらけになると予想してたが、明らかに吹雪の動きが先ほどまでとは違っていた。力も速度も反応もすべてが強化され、長いリーチの高速の斬撃に防戦しなければいけなくなる場面もあった。
勇者モードになった吹雪は強かった。というか、五万円の刀が強かった。
『フォトンブレイド』は光輝く粒子が高速で振動し、全てを切り裂く剣と化している。聖剣がそれに当てはまらずに何度も打ち合えるのは聖剣だからわかるが、どうしてあの刀もこの『フォトンブレイド』と打ち合えるのか。
「どうして折れないんだよ! お前ソレ、どこで買ったの⁉」
「浅草だ!」
浅草て……。
おそらく吹雪は魔法で刀を強化しているのだ。
ただ普通の刀を光剣と互角に打ち合えるほど強化している、できているのは流石勇者の娘、聖剣もその強化に手を貸しているんだろう。
「……じゃあ、そんな安物の刀じゃなくて別の剣を使った方がいいんじゃないのか?」
「この忍装束と同様、刀も我が魂。捨てるわけには行かん」
正直、吹雪との斬り合いは楽しかった。
修行修行で、実戦で使うことがなかった『力』と『技』そして『魔法』が全開で使えている。ついに与えられた晴れ舞台が楽しくないはずがなかった。
何十度目からの斬り合いから吹雪はいったん距離を取り、両手の剣をこちらへ向けた。
「『
刀から炎の巨大な弾が噴き出、聖剣から風の刃が俺に向けて襲い掛かる。
……楽しい時間は、そろそろ終わりにしよう。
俺は両手の光剣を消し、
「『ゴッドハンド』」
無詠唱で光魔法を紡ぎ、両掌を魔力の光で覆う。
光の魔力で強化された両腕で難なく吹雪の忍術と魔法を弾き飛ばし、
「何っ――――⁉」
彼女の懐へ飛び込み、聖剣と刀の刃を両手でつかんだ。
「は、離せ!」
「流石勇者の娘だ。並みの冒険者だとまず勝てないだろう。だけど、相手が悪かったな。俺は子供の頃は神童と呼ばれ、『選ばれし者』称えられ、師匠から『一万の魔法を操る大賢者』との二つ名を賜った男だ!」
『ゴッドハンド』で強化された両腕で握りしめる。
ピシ、ピシシ――――!
「我が魂と聖剣が⁉」
聖剣と五万円の刀にひびが入り始める。
やがて――――。
「勇者の証と忍者の魂、砕かせてもらう‼」
パリィィィィィィンッッ!
聖剣エクスカリバーと浅草で買った刀がほぼ同時に砕け散り、ただの鉄のかけらとして地面に転がり落ちる。
「な、貴様ァァァァ、忍者の魂をよくもッッッ‼」
激昂して、殴り掛かってくる吹雪。
「『ブロック』」
光の壁が俺と吹雪の間に出現し、吹雪の拳を阻む。そして光の壁はそのまま彼女を包み、四角い光の箱に閉じ込めた。
「こんなもの!」
吹雪が鉄の拳で殴りつけると、あっさりとひびが入り、そのヒビは殴りつけるたびに大きくなっていく。
「影帝の鎖よ。彼の者の自由を封じたまえ『バインド』」
「なっ⁉」
ブロックの光の壁が割れると同時に足元から黒い鎖が伸び、吹雪の手足を拘束し、完全に自由を奪う。
「終わりだ。勇者の娘……ったく、手間を使わせやがって」
後ろ手に拘束されている吹雪を見下ろし、俺は頭を掻いた。
吹雪を完全に無力化し、安心させようと魔王へ微笑みかける。
「………ッ!」
魔王はにこりと、笑みを見せた。
「く………!」
足元の吹雪が呻き、黒い鎖から逃れようともがく。
「諦めろ。お前の負けだ……俺たちはいなくなるけど、誰かがお前を見つけるだろ。その時にでも解放してもらえ」
「スゥゥゥゥゥッッッ!」
俺の話を聞いているのかいないのか、忍者は大きく息を吸い込んだ。
助けを呼ぶつもりなのか? だったら、転送魔法で逃げるだけだと、特に忍者が次に発する言葉を止める気はなかった。
「くっっっ‼ 殺せッッッッ‼」
だが、彼女の口から出た言葉は……それはそれは、全力の「くっころ」だった。
「……………」
「魔王につかまり、慰み者になる気はない! ここで殺せ!」
「なぁなぁ……お前、もしかしてそれ言うためだけにこの騒動起こしたわけじゃないよな?」
「さあ! 殺すなら、早く殺せ! 絶対に慰み者にしようとするなよ! 絶対にだ!」
地面に転がる忍者の顔は少し紅潮していた。
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