第22話 危機
風を感じて目を開く。
「……ここは?」
正樹が何か異常を感じて部屋に行くように指示し、部屋で正樹を待っていると、なんの前触れもなく視界が暗転した。
目を開くと、我が暮らしていたゴミ捨て場にいた。
「どういうことじゃ……」
「先ほどぶりだな。魔王」
上方から聞こえる女の声。
「貴様は、雷亭吹雪、じゃったか?」
忍者、雷亭吹雪がゴミ山の上に立ち、我を見下ろしていた。
「念のためにマーキングをさせてもらった。いつでも拙者の元へと召喚できるように」
「マーキング?」
忍者が自分の背中を指さしたのでつられるように我も自分の背中を見ると、服の裏から縫い付けた布の跡があった。上着を裏返すとそこには「転」と漢字で書かれた呪符が張ってあった。
これは「転送呪符」―――我の宝物庫に入っていたアイテムの一つ、このアイテムで我はここに飛ばされたのか。
「フッ、小癪な。それにしてもよく出られたものよ。警察という者共がそう簡単に解放してくれるとも思えんが」
我の時は少なくとも一週間は牢に閉じ込められたが。
「拙者は特殊な家系でな。多少警察には顔が効く。魔王が生きていると警察に話せば協力してくれる。貴殿は完全に包囲されているぞ。魔王」
「包囲?」
ゴミ捨て場を見渡すが吹雪以外に人がいる気配はない。
「何を言っておる。誰もおらんではないか」
「近くにいれば巻き込まれるからな。貴殿は卑劣にも、正樹から『魔王』を奪った身。そんな貴殿を抑えようと思えば激戦必至。だから、誰も巻き込まないここに飛ばさせてもらった。この丘の下に、包囲網を敷いているというわけさ」
忍者の言葉通り、すこし街の方を見下ろせば、何となくだが赤いランプのラインが見える。そこに陣を敷いているというわけか。
確かに人気のないこの丘の上のゴミ捨て場なら他人を巻き込むことはないだろうが。
……この忍者は『エクスチェンジリング』の効果を知らんのか。
「我をどうしても殺したいというのだな。お前は」
「殺したいわけではない」
忍者が背中の忍刀を抜いた。
「怖いのだ。世界が闇に包まれるのが、隣り合った魔族と戦わねばならぬ未来が、さっきまで話していた者が二度と会えなくなるという悲しみが。そんな思いを万が一にでも拙者はしたくないし、他人にもさせたくない。貴殿はいるだけでその世界を予感させる。臆病な拙者はその芽を摘み取る。それだけだ」
ゴミ山をゆっくりと下ってくる。
「………そうか」
我はやはり、この世界にいちゃいけない人間なんだ……。
「全力で来い、魔王。拙者も忍びゆえに卑怯な真似はせん。ただ、嬲り殺されろとは言わん。だから、正樹を人質に取ろうという真似はしなかった。それに、本音を言えば、勇者の娘として、魔王と一度手合わせしてみたいと思っていなかったこともない」
「何っ⁉」
顔を上げた時には忍者の刀は眼前まで迫っていた。
「―――っ⁉」
ギリギリで何とか躱したが、髪の毛を何本か持っていかれた。尻を地面についたが、急いで立ち上がり、当てもなく逃げる。
「ハァ………ハァ………!」
この体では、レベル5にまで堕ちた身ではすぐに息切れしてしまう。ろくに距離も話せないまま、もう足が軋んでくる。
「何のつもりだ? 魔王。なぜその姿のままでいる。全盛期の状態になれ」
刀を持った逆の手で印を結んでいき、忍者は刀で空を切る。
「『
刀から走る衝撃波が我へと襲い掛かる。
「ぐわっっ!」
間一髪で避け、逃げ続ける。
「どうした、なぜ逃げる。反撃しないのか?」
忍者はまるでいたぶるように『風遁 牙走』を体にかすらせ、じわじわと追い詰めていく。
「きゃ、く……っ!」
遂にはつまずき、地面に伏してしまう。
「抵抗しないようだな? もはや生きる気力もないといったところか?」
ゆっくりと近づいてきた忍者が我の眼前に刀の切っ先を向ける。
「ハァ……ハァ……一つ問う。貴様が勇者の娘というのは本当か?」
さっき、こやつは自分が勇者の娘としてこの我に挑むと言っていた。
「本当だ。我が名はブリージア・エレキカイザー。勇者マルス・エレキカイザーの娘にして、跡を継ぐもの。その役目故に貴殿の命を頂戴する」
「そうか、あやつの……娘の育て方を間違えたな」
こんなけったいな娘に育てるとは、勇者と言え子育ての才能はなかったようだ。
「一丁前なのは口だ……まて、貴殿。本当に全力を出せんのか?」
忍者の眼が変わり、我の身についた傷を見つめる。ゴミ捨て場を転げまわり、衝撃波で肌を斬られ、体はボロボロだった。
「『ポーズ』」
忍者がメニューボードを立ち上げ、我のステータスを確認する。
「『ミラ・イゼット・サタン レベル5』……どういうことだ魔王⁉ これは入れ替わる前の貴様のステータスではないか」
ようやく気が付いたか、馬鹿者め。
我は左手にはめられた指輪を掲げる。
「『エクスチェンジリング』はつけた者同士のステータスを完全に入れ替えさせるために時間と距離が必要なのじゃ。一定距離、ペアの人間と離れると、我のステータスは元に戻る。すまんな。我はまだ弱いままじゃ」
「そんな、それでは拙者のしてきたことは弱い者いじめではないか」
忍者の刀をもった手が震え、下がっていく。
「………ッ」
我を殺すのを諦めるのかとかすかに思い、身じろぎした瞬間、すぐに刀は浮上した。
「だが、貴殿を殺すことと、拙者の願望はまた別だ。貴殿の死は大義である。全盛期の魔王と戦えないのは口惜しいが、やはり命を絶たせてもらおう」
忍者が刀を振り上げる。
「そうか、大義か。そう思っているのなら、もう、どうでもいい……」
もう疲れた。
自分の死の時を待って、目を閉じた―――――――。
「さらばだ、魔王」
刃が風を切る。
「―――――――――ッ!」
………………………。
いつまでたっても忍者の刃は我の体に届かなかった。
恐る恐る目を開く。
「どうでもいいって、簡単に諦めてんじゃねぇよ。ミラ・イゼット・サタン」
正、樹?
共犯者、新藤正樹が忍者の背後に立ち、刀の刃を素手で握りしめて止めていた。
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