第18話 殺意

 結局、吹雪から話を聞くどころか、吹雪とジュリオの決着がつくこともなく、俺たちは帰路についた。ジュリオがずっと文句を言っていたが完全に無視し、吹雪はずっと俺を睨んでいたのも、気にしないようにした。


 ジュリオとは駅で別れ、吹雪は歩いて帰ると俺と一緒に歩いて帰っている。シャワー室であんなことがあったので、怪しくてたまらない。


「おい、いつまでついてくるんだよ」


 ずっと隣を歩き続ける吹雪を睨む。


「ついて行っているわけではない。帰る方向が同じなだけだ」

「とか言って、本当は俺の家の場所を探ろうとしてるんじゃねえの?」

「そうでもある」


 この野郎。


 まぁ、好都合ではある。こちとらこの忍者の疑いを持ったまま野放しにしておくのは危険だと思っていたからな。

 吹雪が自嘲気味に笑った。


「フ……もう、いいだろう。そろそろ互いに譲歩し、情報交換をするとしよう。そこのミラは魔王なのだな?」

「⁉ な、なんのことを言っているのかわからないよ⁉ 吹雪おねえちゃん!」


 気配を消していた魔王が急いで妹キャラを取り繕う。


「そのキャラはもういい、魔王。吹雪はお前の事を知ってる」

「なんじゃい。せっかく貴様の考えを察しておったのに。こいつの方か? お主が警戒しとった相手は」


 ミラはすぐに媚びた笑顔を引っ込め、値踏みするように吹雪を睨みつける。


「気が付いてたのか」

「まぁな、お主が我を名前で呼びつけたのはこいつと猫が来てからじゃからな。我が魔王と知られてはいかんかったのだろう?」

「そうか、それが本性か……魔王、ミラ・イゼット・サタン。やはり貴殿はあの魔王、その人なのだな」


 吹雪が魔王を見つめ、魔王も吹雪を睨み返す。


「だったらどうした? 忍者よ。我を殺すか?」

「そうだな……拙者は元はそのつもりだった」


 二人の間にピリピリと緊張感が走る。


「魔王、その忍者がお前の家を壊した本当の犯人だ」

「なんじゃと⁉ こやつが我がスイートホームを⁉ 許せん!」

「随分と住み心地が悪そうな家だったが、そんなに思い入れがあったとは知らなんだ」

「じゃあ貴様か⁉ 我の宝物庫を荒らしたのは! この泥棒!」


 宝物庫というのはあの宝箱の事だろうか? 随分と大げさな言い方をしているが。


「忍者だからな。盗賊の真似事もする。それに拙者は本当に危険なものしか盗んでおらんぞ?」

「…………」


 魔王の頬に汗が垂れる。


「だが、焦って盗む必要はなかったな。ほとんど未使用だった理由がよく分かった。力を失っていたのだな。それではあのアイテムは使えんはずだ。ただ、アレだけは危険だったので回収させてもらった」

「……アレってなんだよ?」


 意味深なことを言っているので気になって口を挟む。


「気にするな正樹。魔王が卑劣だということさ。大切なのは、その魔王が、貴殿をだまして再び復活しようとしていたという事実だけだ」


 吹雪が背中に背負った忍刀を抜き放った。


「ちょっと待て、何抜刀ばっとうしてんだ⁉ しまえよ、法律で許されるはずないだろ!」


 こんな往来おうらいの場所で刀を夕焼けに輝かせ始めた忍者に俺は焦った。


「安心しろ正樹、拙者は特別でな。ちゃんと許可が下りている」

「んなわけねぇだろ! 妄想もたいがいにしろよ! それに、忍者。俺が騙されているって言ってるがな。俺は了承済みだぞ?」


「は?」


「バカ! 刀こっち向けんな!」


 忍者の刀に殺気がこもる。


「了承済み? 貴殿は魔王が復活してもいいというのか?」

「ああ」

「馬鹿な、貴殿はそんな男だったのか⁉ 勇者になる『選ばれし者』と呼ばれた貴殿が⁉ 堕ちるところまで堕ちたのか⁉」

「そういうわけじゃねぇけど」


 こいつ俺を知ってるのか? 


 まぁ、昔は一流の人材に教えを受けていた身で、たくさんの冒険者たちから手合わせを申し込まれた身だったので、多少は有名人だったから昔の俺を知っていてもおかしくはないか。


「魔王とパラメータ交換してるのは『魔法』と『魅力』だけだ。確かに魔王が『魔法―999』になるのはやばいけど、俺は『魔法』だけじゃないし」

「貴殿は何を言っておるのだ? 正気か?」

「お前に正気を疑われたくはねぇよ……」


 その言い方だと、俺の利点が『魔法』だけみたいじゃねぇか。


「それに、昼間魔王と一緒に遊んだろ? あんな笑顔見せるやつがこれから世界を滅ぼすと思うか?」


 魔王の肩にポンと手を置く。


「そうだよ、吹雪お姉ちゃん! ミラを殺さないで! あんなに楽しく笑いあったじゃない!」


 両手を胸元に引き寄せ、猫を被る魔王。

 完璧なタイミングであざとい演技を披露してくれる。ナイスとしか言いようがない。

 だが、吹雪は刀を魔王に向け、目を細めた。


「言っておくが、魔王。今の貴殿の『魅力』は0。そんなあざとい演技をされても腹立たしさが増すだけだ」

「チィ!」


 全力の舌打ちをするミラ。


「もういいだろう、正樹。魔王をこちらに引き渡せ。拙者が天誅を下す」

「天誅……?」


 ピクリとミラの眉が吊り上がった。


「我を殺すのが正義だと⁉ 我は存在することすら許されんのか!」


 魔王が、激高した。

 火山の爆発のような、初めて見せた激しい怒りだった。


 が……、


「そうだ、万が一にでも、再び魔王が世界を壊すことがあってはならんのだ」


 吹雪の心には全く届かなかった。刀はいまだ魔王に向けられたまま、殺気を放ち続ける。

 俺は、吹雪から魔王をかばうように前に出た。


「お主……」

「そんな頭の固い理由で、こいつを殺させるわけにはいかねぇな」

「どけ、今の貴殿に何ができる? それ以上かばうというのなら容赦はしない」

「本気か? まぁいいさ。使い道のなかったパラメータが日の目を浴びるときが来たみたいだ」

「パラメータ? 貴殿は自分のステータスを知っているのか?」

「?」


 そりゃ自分のだから当然だろ? それとも一度も確認してなかったけど、吹雪の(RPG)ステータスって俺を超えてるのか? 

 いや、中一の時、大人より強いと言われていたこの俺が、同年代の女の子に負けるわけがない……。

 でも、念のため、そしてこれから入学を控えた常識ある学生として、手は打っておこう。


「吹雪、切りかかる前によく考えろよ。今のお前は一方的に幼い、生きようとしている命を刈り取ろうというただの蛮族だということを」

「大義のためだ。本気で拙者の前に立つというのなら、容赦はしないが手加減はしてやろう」


 吹雪の殺気が増した。

 俺は右足にじわじわと力を込め、



「……参る」



 吹雪が足を踏み込み、刀を振り上げ距離を詰める。


「じゃあ仕方ねぇ……日の目の見ることのない俺の(RPG)パラメータの一つを使おう……」


 ミラを小脇に抱える。


「ん?」


 右足を軸に、体を反転させた。


「『速さ』っていう、パラメータをなぁ!」

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