第13話 江の島で遊ぼう!

 電車に少し揺られ、海辺の橋の先にある離れ小島、江の島までやってきた。

 吹雪が遊ぶところと言えばそこしかないだろうと頑なに主張し、俺とカルナは嫌がったが、が江の島と聞いたら目を輝かせたため、カルナはくるりと意見を替えて江の島行きに同意した。


「おぉ、いっぱい店がある!」


 メインストリートの土産屋に目を輝かせるミラ。きょろきょろと忙しそうに周囲を見渡し、店に入りたそうにうずうずしていた。


「しょうがねえなぁ……いいか?」

「うむ、構わんぞ」


 吹雪の同意が得られた所で、俺たちは土産物屋をぶらぶらと練り歩いた。

 買いもしないのにおもちゃの刀を振り回し、鎌倉だというに「アメリカ」と書いてあるタペストリーの旗を笑い、ゲテモノのワサビアイスを食べ歩き、味に後悔した。


 あれ? 何だろうこのリア充……。


 いるメンバーは元・魔王に『魅力』がない人間大好きな変態と、見るからに変態な忍者なのだが、四人で有名な観光スポットを笑い歩いている。

 やばい、めっちゃ楽しい。これが『魅力―999』の効果か。


「ふぅ、本当にそろそろ腹がすいてきた、飯にしよう。そうだな、拙者は白い、のどごしのいいアレが飲みたい」

「うどんね。普通にそう言えよ」

「おぉ、どうしてわかった。うどんを飲むとは普通言わんのに」

「本場香川の人間は言うらしいぞ。うどんは飲み物だって。それだけツルツルじゃなきゃうどんじゃないって」


 豆知識を披露しながら近くの茶屋に入る。

 平日の昼間なので案外と人は多くなく、余裕で席に座ることができた。


「ニャ~……それよりも不思議な子だニャあ。ミラちゃん。全然『魅力』がないのに気品があって、何か守ってあげたくニャっちゃうんだよニャあ……」


 適当に注文をして、くつろいでいるとふと今日一日中ミラにべたべたと触りまくっていたカルナが、そんなことを言い出した。


「そうかな? お兄ちゃんにはだらしないって言われてたからそんな自覚なくって……」


 顔を赤くして照れるミラ。こいつは四人で行動し始めてからずっとこの調子だ。

 猫の前で猫をかぶり続けていやがる。


「変わったやつと言えば、お前もそうだと思うけどな」

「ニャ? ウチ?」

「どうして『魅力』が低い人間を好きになる? 元からそんなだったの?」

「ニャあ~……まぁ、ニャ」


 目を泳がせ、頬を掻いたカルナはろくに答えようとせずにお茶をすすった。


「あっつ、これアッつい!」

「…………」


 猫舌で悶えているカルナをじっと見つめる。元からそんななのと聞かれた彼女は明らかに嘘をついていた。


「……あれ、お前」

「ニャ?」


 カルナの顔をじっとのぞき込む。


「ニャニャ⁉ そんなに見られても……『魅力』が高すぎる人間は好みじゃニャいよ⁉」


 カルナは明らかに動揺して顔を赤くして慌て始めた。


「いや、お前猫玉葱中学校だよな」

「ニャ⁉ そうニャよ⁉」

「やっぱり、会ったことないか……いや、あるわけねぇか、小学校の頃とか、魔族は人間の学校に通ってないしな」


 気のせいだったと腰を落とす。


「ニャ⁉ ニャンニャのニャ⁉ ウチと実は幼馴染だったとかそんニャフラグ立てる気なのかニャ⁉ おあいにく様だがニャ、ウチはお前なんかこないだまで会ったことも見たこともないんだからニャ」


 ニャー、ニャーうるさくまくしたてるカルナ。

 顔を赤くして手を振り、全力で俺との幼馴染フラグをへし折ってくる。


「フフ……皆変わっておるな。こんな変わった人間と知り合えて拙者は幸運だ」

「「いや、お前ほどじゃな(ニャ)い」」


 俺とカルナの声がハモッた。


 〇


 昼食を終え、俺たちは江ノ島一の観光スポットである山頂にあるタワー。シーキャンドルに上った。

 頂上から鎌倉、江ノ島の海が一望できる。

 鮮やかな蒼と、太陽に照らされる色鮮やかな街並み。その奥にそびえたつ緑の山々。


「うわ~……」


 美しい景色に魅了されて、思わず声が漏れる。


「なぁ、ミラ。お前の世界にこんな景色あったか?」

「いや……ない。これは、凄いな。うん、何が凄いかっていうと、超、凄いな」


 彼女はゲームの中の登場人物だ。

 口をぽかんと開け放ったまま、見惚れていた。語彙力を失うほどに。


 ピロリロリロリロリロ……!


 ミラをほほえましく眺めていると電話が突然なり始める。


「え⁉」


 『着信 藤崎めくり』――――。


「あ、はい、もしもし⁉」


 いきなりの電話で声が裏返ってしまう。なぜ今、電話番号を交換したばかりの藤崎捲りがかけてくるのかわからず完全に混乱してしまっていた。


『後ろ』


「え?」


 振り返ると頬を指で突かれた。


『フフ……引っ掛かった』


 藤崎めくり。

 携帯をかけながら俺の頬を突いていたずらっぽく笑う彼女がそこにいた。


「藤崎? どうしてここに?」

「こっちのセリフだよ。ウェンディたちとタワーに遊びに来たら正樹君がいるんだもん、びっくりしちゃった」

「ウェンディ?」


 フロアの奥をめくりの横から覗き込むと、天使の羽が生えた天使族の少女と龍人族の青年が並んでこちらへ向かって歩いてきていた。


「ジュリオもいるのか……」


 あいつ苦手なんだけどな。


「うん、一年からの親友同士だからね。私とジュリオとウェンディと……」


 スッとめくり顔に影がかかった。


「それより、どうしてここに? 合格発表はどんなだったの?」


 だが、その影もすぐになくなり、くりくりした目を向けて俺の顔を覗き込む。


「ああ、合格したよ。来月から俺も高校生さ」

「本当⁉ 良かったねぇ! 高校浪人になったらどうしようかと思ったよ!」


 手を合わせてぱあっと笑顔を浮かべるめくり。

 本当に自分の事のように喜んでくれる少女だ。


「でもそれなら、春休み終わったら中々、会えなくなるね。あ~あ、もしも正樹君が高校浪人してたら、あたしが家庭教師して、来年うちの高校に来させるってこともできたのに……」

「そうなったら、俺お前の後輩になっちゃうじゃん」

「いいじゃん? 特別な後輩」


 首をかしげてにこっと微笑む、めくり。


「………っ⁉」


 ついその顔に目を奪われて脳がしばらくフリーズしていた。

やっぱりやばいな、『魅力―999』。中学通ってた頃はこんな笑顔見せなかったぞ。

 もっとこの顔を見ていたい。そんな気持ちが湧き上がる。


「あのさ、藤崎、来週……」

「新藤ゥ……」


 ぬっと、俺とめくりの間に緑色のうろこに包まれたたくましい腕が割って入る。

 ジュリオ・ドラクリオットが手すりにもたれかかり、めくりを隠すように立つ。

連れの天使族のウェンディを従えて、俺を見下ろした。


「久しぶりだなぁ、新藤……今日合格発表だったろ? どうだったんだよ?」


 体格がでかく、声が一々威圧的で本当にこいつは苦手だ。


「久しぶりってこともないだろ。昨日卒業式で会ったばかりで……合格したよ。由比ガ浜西崎高校」

「おぉおぉ……そうかそうか、そりゃよかったなぁ。新藤……」


 肩をばんばんと馴れ馴れしくたたくジュリオ。


「名字で呼ぶなよ。俺、名字で呼ばれるの好きじゃないの知ってるだろ」

「……いや、知らん。そうだったのか。まぁいいだろ。ま、まさ、正樹よぉ」

 知らんて、何回か言ったのに忘れていやがるのか。チラチラと後ろにいるめくりに確認の視線を送っているが、俺の名前をめくりから聞いているだろうか?

「ま、正樹ィ……お前クラス会来るのかよ?」


 今朝された質問と全く同じ質問をされる。


「いや、行く気ないよ」

「あぁ⁉ どうして来ねぇんだよ? 俺との決闘逃げるつもりか?」

「決闘て……タイマンでもやるつもりかよ。もし見つかったらお互い合格取り消しになるだろうが」

「それもまた一興かと思うぜ? お前は思わないのかよ……正樹よぉ……」

「いや、全くもって思わんが」


 拳を打ち鳴らすジュリオ。好戦的に鼻息を荒げ、今ここで戦いを始めそうな雰囲気だ。


「ちょっと、ジュリオ!」


 慌ててジュリオの服を引っ張るめくり。確かに止めないとまずい雰囲気だが、背の高い龍人族の彼はめくりが何を言ったところでおさまりそうにない。

 めんどくさくなってきた。さっさと退散しよ。


「そうかよ物騒だな。俺は常識ある人間として、お前と戦ったりはしないぜ。知ってるか? 暴行罪って2年以下の懲役若しくは三十万円以下の罰金が科せられるんだぜ。俺をリンチしようなんてやめろよ」

「あ? 何言ってんだ? それを言うなら決闘罪だろ?」

「じゃあ連れを待たせてるんで、これで!」


 ミラを小脇に抱えて、別の場所で景色を眺めているであろう吹雪とカルナを探す。


「ちょっと待って!」


 いた、それも案外近くに。カルナと吹雪は双眼鏡で景色を眺めていた。

 背中でめくりの声を受けながらカルナたちに手を振る。


「お~い、カルナ、吹雪、もう降りようぜ!」

「うん……ニャ⁉」


 手を振る俺を見つめるカルナの目が異常に見開かれる。


「カル……ナ?」


 めくりが震える声で、カルナの名前を呼んだ。

 振り返るとめくりとジュリオがカルナの顔を見つめて固まっていた。


「え? 何、知り合い?」


 カルナとめくりたちは見つめ合って固まったまま。


「カルナ……てめぇ、久しぶりじゃねぇか」

「本当に久しぶり……ジュリオ」


 カルナはめくりの名前を呼ばなかった。それどころか意図的にめくりから視線を外していた。


「カル……」

「来るな!」


 歩み寄ろうとしためくりを鋭く一喝した。


「ごめん、正樹。ちょっと気分が悪くなったからウチ先帰る」


 そう言って早足でエレベーターへ歩いていくカルナ。「ニャ」という語尾もつけずにしかめっ面を浮かべて、彼女らしくなかった。


「ちょっと待ってカルナ!」


 逃げたカルナを追って、めくりが駆け出し、ウェンディもそれに続いた。


「………」


 一人、ジュリオだけはこの場に残り、エレベーターを待つカルナとめくりを見つめていた。


「お前はついて行かなくていいのか?」

「女同士で話した方がいいだろ。時間もたったし、卒業したし、うまくいけば仲直りできるかもしれねぇしな」

「何かあったのか? カルナと」

「お前は別のクラスだから知らねぇだろうけどな。俺とめくり、そしてカルナは友達だったんだよ、一年生の時に。そん時に色々とな……」

「あぁ、なるほど」


 そうか、見覚えあると思ったはずだ。一年生の一学期までうちの中学にいたのだ。カルナ・ラガロンガという女生徒は。

当時は魔族の学生は珍しくて目立っていた。だから、久しぶりに見た彼女の顔も関りがなかったというのに何となく覚えていたのだ。


 だけど、カルナは転校してしまっているということはつまりは―――。

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