第12話 合格発表
由比ガ浜西崎高校の校門までくるとめくりの携帯が鳴った。彼女は着信したメールに目を落とすと、すまなさそうに手を掲げ、
「ごめん、ウェンディとの待ち合わせ忘れてた! すぐに駅前に行かなきゃいけないからここでバイバイね!」
めくりは何度も謝りながら校門前で別れ、駅へ向かて走っていった。
「あの娘が、お主の想い人か……デレデレしおって」
「元、だよ。俺はもう振られたんだ」
「とかなんとか言って、また告白すれば攻略できるんじゃね? とか思っておるんじゃろ」
「…………さ、受かってるかなぁ」
「否定せんのかい」
校門をくぐり、合格発表の掲示板へ近づいていく。
掲示板の前には少年少女の群れが喜び、涙し、手を叩いたり肩を落として、背を向けたりしていた。
俺の番号……177番ははたして在るのか……? あってくれ!
合格した番号の羅列に目を走らせる。
「1、2、4、5、8……」
「おい、お主の番号は何番じゃ?」
「177番」
「あったぞ」
「早いぃ~、今探してたのにぃ~」
「お主、頭から探しとったろ。自分の番号見つけるのにどんだけ時間かける気じゃ」
「つーか、マジで、マジで俺の番号あったの? 177番だよ?」
改めて自分の番号がありそうな場所に目を走らせる。
「あった……あった、あったよ!」
176 177 178 179……と俺の番号は確かにそこにあった。
「じゃからそうだと言っとろうが」
喜びを分かち合おうとミラの手を握るがミラは鬱陶しそうにそれを払う。
「ニャッハッハ、良かったニャあ、正樹。同じ学校になれて」
「……⁉ その声は!」
背後を振り返るとケットシーの娘、カルナ・ラガロンガがにやけた笑顔を浮かべて立っていた。
「同じ学校……まさか!」
再び掲示板を見る。
177の番号の下に、178と179が並んでいる。その二つは忘れもしない、俺と同じ面接試験を受けた奴らの番号で。
「うむ、ようよう貴殿らとは縁があるようだな」
「うわっ!」
いつの間にかすぐそばに受験番号179番の忍者、雷亭吹雪が立っていた。
いきなりの事で驚いてついつい、ミラを背後に隠した。
「嘘だろ……お前らどうして受かってんだよ」
「ん~、忍者さんは納得だけどニャ。ステータスが高いし」
「そういわれると確かにそうなんだが……」
「む?」
二人して吹雪を見る。今日も今日とて、ぴっちりしたタイツスーツに、爪付き手甲、背中に忍者刀を背負った、コミックからそのまま出てきたような恰好をしているこの忍者。すっとぼけた顔をしているが無駄にステータスは高い。ほとんどのステータスが三桁なんて、恰好さえ気にしなければ普通に優等生だ。
「まぁ、それはそれとして、俺はお前が受かったのが分からないんだが……」
カルナを見つめると、カルナは頭の後ろに両手を添える。
「ウチもそこまでステータスは捨てたもんじゃねぇぜ? 『ポーズ』」
カルナはメニューボードを開き、俺に見せつけてくる。
「な⁉ 『学力―202』⁉ アメリカの大学受かるレベルじゃねぇか⁉」
「ニャッハッハ」
自慢げに笑うカルナだが、『学力―202』とは本当にすごい、日本の一流大学合格に必要な『学力』が150と言われているので、それをはるかに超える、超天才児ということになる。
「どうしてこんな学校受けてんだよ」
「だから、家から近いからニャって、遠いとめんどくさいじゃニャい。正樹の方がパッとしなくてどうして受かったのかわからな……」
にやけながら改めて俺を見るカルナの顔色が変わる。
「正樹……お前本当に正樹か?」
ニャをつけるのも忘れてカルナの眉がいぶかし気に顰められる。
「そうだよ。それ以外の誰に見えるんだよ」
「どす黒いオーラがなくなって、曖昧だった存在がはっきりしてる感じ。ちょっとメニューボード返して」
俺は「ニャってつけなくなったね、キャラ作りだったの?」と言いながらカルナにメニューボード返す。
カルナは真剣な顔でメニューボードを操作し、俺の(シミュレーション)ステータスを確認する。
「正樹……お前これどういうことニャ。『魅力』が……「0」じゃないじゃニャい」
あ、ニャが戻った。
カルナは手を震わせながら俺の『魅力―999』を指さす。
「あぁ、ちょっと……コツを掴んでね。『魅力』を上げる本ってやつを読んだらこんなもんさ」
まさか本当のことを言うわけにはいかず、適当なことをでっちあげる。
「そんな、そんな本が……ぺッ!」
「⁉」
カルナは急に顔をゆがめて地面につばを吐いた。
「『魅力―0』じゃない正樹なんてなんの価値もない。高校生離れしたあまりの『魅力』のなさが魅力だったのに。『魅力』がカンストしてるなんて正樹じゃない!」
「そこまで言うか。つーか、何だよ『魅力』がないところが魅力的って! 矛盾したこと言ってんじゃねぇよ!」
「まぁまぁ、双方落ち着きたまえ」
いがみ合いを始める俺たちを吹雪が間に入って仲裁する。
「だが、確かに聞かせて欲しいものだ。『魅力』の値は実際上がりにくいもの、人によっては一週間で1上がる者もいれば、一年たっても1上がらない者もいる。それが一日で999……カンストしているじゃないか。どうやってここまで上げることができたのか、ぜひ教えてほしいものだな」
ギラッと吹雪の目が光る。
こいつの目は鋭く、まるで俺のしてきたことがすべて見透かされているようだ。
今日ここでこいつと会うのはあまりに危険だったかもしれない……。
「つーか、後ろに誰かいニャい?」
「⁉」
カルナが何の前触れもなく、俺の背後にいるミラに気が付いた。
「後ろ?」
覗き込む忍者からミラを守るように動くが無駄だった。
「ニャッほい!」
「はうあ!」
カルナが回り込み、ミラに飛びついた。
「ニャにこの子⁉ かわいい! 銀の髪に赤い目! 鬼族の子ニャ~お名前なんて~の?」
「あうあう……」
カルナに撫でまわされてミラは茫然としているしかできない。
どうして? どうして気づかれた? 『魅力』が低すぎると他人は認識できないのではなかったのか⁉
一応、背中の羽と尻尾を隠すようにさらしを巻いておいてよかった。ミラが真魔族だとばれると更に面倒なことになるところだった。
「あ~、その娘はミラ。俺の親戚の娘でしばらく預かってるんだよ」
「親戚の娘⁉ 魔族に親類がいるのかニャ⁉」
しまった。
人間と魔族の間で結婚した例はあるが、それは一年ほど前の話。俺が生まれる三年前にこの世界に魔族がやって来て、平和になったのが俺が中学入学の時なので、ミラほどの歳の子が親せきにいるのは普通であればおかしい。
「あ~、その、養子、養子なんだよ」
我ながら苦しい言い訳だ。案の定、吹雪は疑わし気にこっちを見ている。
「そ~ニャ、そ~ニャ。いいニャあ、この子、どす黒いオーラが出てて、ものすごい『魅力』が低そうな感じが本当にいい……! たまらないニャあ、ウチ好み!」
なるほど、カルナは『魅力』が低ければ低いほど好きになる異常性癖持ち。ゆえに常に『魅力』が低い人間を探している彼女は低い『魅力』の持ち主でも認識することができるのだろうか。
だから、魔王も完全に想定外で思考停止して固まってしまっている。
「『ポーズ』……『ミラ・イゼット・サタン』……か」
吹雪はメニューボードを立ち上げ、淡々とミラのステータスを読み上げる。そうか、真魔族であることはわかる人間にはファミリーネームでわかる。さらしで羽を隠したところでステータスを見られれば一発だ。
忍者を警戒して見つめる。こちとら『技』と『速さ』は一級冒険者レベルだ。いざとなったらこの変態から魔族の少女を守ってみせる。
「どのような娘なのだ? その娘は?」
「……あれ?」
吹雪は構える様子もなく、腰に手を当て、純粋な疑問をぶつけてきた。
「あれ? とはなんだ。親戚の娘と一緒に合格発表を見に来るのだから、なにか事情があるのかと思ってな。それともその子が貴殿のことを大好きで離れたくないのか」
なんか拍子抜けした。もっとこの忍者は、真魔族のこの娘を見た瞬間、何かしてくるかと思った。後ろでその真魔族の娘が「誰が大好きか!」と思考を取り戻して吠え始めたが。
「いや、滅茶苦茶常識的な質問をしてくるなっと思って」
「……貴殿は拙者を誤解しておるな。「くっ殺部」=変態集団と思ってもらっては困る。我々は純粋に強大な敵につかまり、屈服する快感を楽しみたいだけだ」
「純粋な変態集団なんだけど……」
「変態ではない! 拙者は人をむやみには襲ったりはせんよ。で、一緒いるのは理由があるのか? ずっと貴殿の近くから離れようとはせぬが」
カルナに抱き着かれ、うっとおしそうに離そうとするミラだが、逃げ出して距離をとろうととはしない。
「この子、魔族だから世界が平和になった後に両親を殺されてさ。それが可哀そうで親戚のおじさんが引き取ったんだけど。人間恐怖症で。心を開いた人間の傍を離れられないんだよ」
『エクスチェンジリング』でパラメータ入れ替えの最中だとは言うわけにはいかず、ちょっとしどろもどろになりながら左手で頭を掻きながら忍者に説明する。
「そうなのか⁉」
「ばっ、話し合わせろよ!」
「絶対嘘ニャ……どうしてそんな嘘つくんニャ?」
驚く魔王のせいで、一瞬でケットシーには嘘を看破されてしまった。が、
「そうか……そうなのか、それは可哀そうにな……母親を殺されて娘一人頑張ってきたのだな……」
「な、泣いてる!」
忍者は涙を流していた。顔を赤くし、感極まったようにだらだらと涙を流し、鉄の爪で覆われた指で拭っていた。
「泣いてるときはそれ外せば?」
鉄の爪が付いた手甲で目からこぼれていく涙をふくさまは、はたから見ると危なっかしくてたまらない。
「忍者の魂だ。外すわけにはいかん。そうか、ではこれから皆で遊びに行かないか? こうやって四人知り合ったのも何かの縁。合格祝いで遊びとおそうではないか」
「え、うぅん……」
いやにあっさりミラを見逃したな。気にしすぎだったかも。
「いいニャよ。ウチはもっとミラちゃんのこと知りたいし、『魅力』を捨てた正樹はもうどうでもいい……君は帰っていいよ」
カルナはミラを抱きかかえたまま辛辣なことを言ってくる。
「いきなり好感度だだ下がってるな……まぁ、でも、そうだな。別にいいかもな。友達と遊ぶっていうのも」
中学校三年間でそんなイベントなかったし、この「くっ殺部」の部長という変態の権化のような忍者も意外と普通の人間のようで、俺の考えすぎみたいだったし。
「まぁ、いいか。ミラ、いいだろ? 別に」
「ん? あぁ、我の事か……」
ミラは顎に手を当て、考え込み、カルナと吹雪の顔を交互に見つめ、
「うん、別にいいよ! お兄ちゃん!」
「⁉」
ミラは今まで見せたことのない満開の笑顔を咲かせた。
「ニャ~……ミラちゃんかわいいニャぁ……」
「うむ、では行くとしよう。まずは昼食をとろうとするか」
方針が決まると吹雪は先に校門へと歩いていき、カルナはミラの手を引き、一緒に歩こうとする。
「お兄ちゃん! 何やってるの! 早くいこ!」
俺の半径二メートルから出るわけには行かないミラは頬を膨らませて俺をせかす。
あの、魔王が俺をお兄ちゃんと呼んで頬を膨らませて……、
「気持ち悪っっ!」
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