第9話 やりたいから、できるようになる

 ミラに招かれて、俺も風呂場で体を洗う。


「ン~~♪ ン~~♪」


 ミラは浴槽に入って優雅に鼻歌を歌い続ける。

 裸で、同じ空間に全裸の男がいるとうのに全く気にする様子はない。

俺は先ほどミラの全裸は嫌というほど見たのに、自分が全裸となると気にしてしまって彼女の方を見れない。


「ン~~♪ ……ああ、ところで、今度はこちらからうてもよいか?」

「あ、ああ、何だよ」


 自分の家だというに女の子と二人きりというだけで緊張して声が上ずる。


「お主は我が憎くないのか?」

「憎い? どうして?」

「……………」


 黙ってしまった。

 ミラから問いかけてきたことだろうに、どうして彼女が黙るのかと彼女を見ると目を見開いて驚いていた。


「お主は勇者を目指しておったのだろう? 我を倒すために。親が殺されたとか、親友が殺されたとか。そんな倒すべき理由があったのではないのか?」

「あぁ……でも、それは何というか。あの当時は才能ある人間はそれを目指して当たり前みたいな感じだったし。今でいう頭がいい人間は欲を出して東大を目指すみたいな。わかるか、この例え?」

「まぁ、何となく……」

「わかるんだ……みんながみんなお前……というか、魔族に苦しめられていたからな。それをどうにかするために少しでも才能がある人間は魔王を倒すべき。そんな風潮だったんだよ。だから特に勇者を目指すのに強い理由は必要ないんだよ」

「ほぅ、そんな気軽な理由で……怒っていいのか?」


 ちらりとミラの顔色を覗き見ると涙目でフルフルと震えていた。


「いいんじゃないか?」

「…………」


 だが、彼女は怒らなかった。怒っていたかもしれないが声を荒げ、感情をぶつけるということはしなかった。無言で肩を震わせて俯いて怒りを押し殺しているようだった。

 ミラが震えている間に俺は体を洗い終わり、彼女が入っている浴槽へと入る。

 浴槽は二人で入るのは狭いかと思ったが、ミラの体が小さいため、丁度よく収まり、彼女と向き合う形で座る。


「貴様が、勇者になれんはずじゃ。我を倒す理由がないからな」

「うるせぇ、でも俺にはそれしかなかったんだよ。できることも、やりたいことも」


 それがなくなって抜け殻になってしまったんだ。だから、そんなしょうもない理由だったが、俺には大切な目標だったのだ。


「馬鹿者」


 水が俺の顔面に飛んできた。魔王が俺の顔に向けて手で作った水鉄砲を噴射させたのだ。


「ぶわっ、何だよ?」

「『できるから、やりたい』、だから貴様はできんのだ。『やりたいから、できるようになる』。それだけの強い意思がないからお前は『何物にもなれん』のだ」

「⁉」


 ハッとした。自分よりはるかに小さな女の子に大切なことを教えられた気がした。

まぁ、と言っても彼女は何千の時を生きた元魔王なのだが。


「だから、藤崎めくりなどという女も攻略できんのだ」

「ばっ⁉ どうしてそれを⁉」

「貴様自分で言っておったぞ。『魅力』が足りんから攻略できんかったと」


 言ったっけ? 言ったかも……。


「どうせ、貴様はみんなが藤崎めくりのことが好きだから付き合いたかっただけで貴様自身はそこまで好きではなかったのだろう、忘れろ忘れろ、身の丈に合わんかった高嶺なぞ」


 いや、別に本気で好きじゃなかったわけじゃない。彼女の満開のヒマワリのような笑顔を見て惚れるなというのが無理な話だ。


「おい魔王、俺は人を夢なき男のように言っているがな、俺にだって今は夢があるんだぞ?」

誤解しないでほしい。俺は『できるから、やりたい』だけの男じゃない。もう『やりたいから、できる』男になっているのだ。

「ほぅ、聞かせてもらうか。元・勇者よ」

「高めた『魅力』で、高校ではモテまくりたい」

「オォ……俗物」


 俺の夢を聞いた魔王は水をパシャパシャと揺らしながら拍手をした。が、決してほめてはいなかった。


「だが、良し! それもそれで夢じゃ。みんなが目指してたから俺の夢も魔王退治と、その年の流行りの将来の夢を語るような俗物よりはいくらかましな俗物になったぞ」

「お前結構知識が偏ってんね。どこで得たのそんな知識」

「いやこれ元々のゲーム内で我が話していたセリフ」

「メタネタ仕込んでたの⁉ 魔王が⁉ 絶対クソゲーだったよ『イノセント・ファンタジア』‼」


 俺が力いっぱい叫ぶのを気に留めず、ミラは湯船から左手を出し指輪を見つめる。


「まぁ、この指輪を使えばそれはたやすい夢じゃ。四月じゃろう? 高校に行くのは」

「あぁ、丁度今日から春休みだから学校に行く必要はないし、二週間は使える時間があるのな」

「それだけあれば余裕じゃわい。貴様は『魅力―999』で高校デビューじゃ」


 それができればいいんだが……。


「どうした暗い顔をして?」


 表情に出たようだ。首をかしげてミラが尋ねる。


「いや、まだ実は俺行く高校決まってなくてさ」

「何と、高校浪人か」

「いや、まだ決定じゃない。明日合格発表なんだ。でも、自信がなくて」

「そうか、『学力―50』の癖に身の丈に合わん学校を受けてしまったか」

「いや、『学力』は問題ない。『学力―50』が丁度由比ガ浜西崎高校ゆいがはまにしさきこうこうの合格ラインで、その日は俺は絶好調だったから、筆記試験は問題ないと思う」

「いやいやうっさいのう。じゃあ何が問題なんじゃ?」

「……面接がね。あったんだ。それが本当に自信ないんだよ」


 俺は第二志望の高校、由比ガ浜西崎高校の受験の時のことを魔王に思い返しながら、魔王に話した。

 当日まで俺が面接があることを知らず、筆記だけだと思っていたこと。

 そして、そこであのケットシーの娘、カルナ・ラガロンガと初めて出会い、もう一人のやべーやつと出会ったときのことを。

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