第7話 取説はしっかり読みましょう

 魔王は俺に笑いかけ、手を振った。


「ではな、共犯者よ。我はしばらくこの街にいるが、我が普通に生きている限りは会うこともないだろう。モテモテになり、いわゆる高校生デビューというものを楽しんでくれ」

「あ、ああ……藤崎めくりを攻略してやるよ」


 俺も名残惜しく手を振り返すと、魔王は少し悲しそうに微笑んで背を向けた。

 そのまま、宝箱を脇に挟んで街の方へ向けて歩き始める。これから彼女はどんな生活を送っていくのだろう。とりあえずはローブ一枚しかないから着るものが必要だろう。あの宝を売って金にするのだろうか……。でも、その前に変質者に襲われないのか心配だ。


 ああ、でもあいつの『魔法』は999なのか。じゃあ、大丈夫か。


 もう自分の『魔法』が999じゃないと気付くとなんだか寂しくなってきた。魔王の背中が小さくなるにつれて、自分の『魔法』も遠ざかっているような気がして……。


「あれ? あいつ本当に小さくなってないか?」


 ミラの体が明らかに縮んでいた。


「お、おい! 魔王!」

「なん……あれ⁉」


 ミラは振り返ると自分の体がさっきの幼女の姿に戻っていたのに気が付いたようで自分の体に視線を落とす。


「戻ってる……」

「どういうことだよ⁉ まさか……『ポーズ』!」


 慌てて自分のステータスを確認する。


「『魅力―0』……やっぱり、戻ってる! これはどう言うことだ⁉ 魔王!」

「こっちが知りたいわ!」


 同じようにメニューボードで自分のステータスを確認していた魔王が涙目で答える。


「これ本当に特定のパラメータを交換するアイテムなのかよ?」

「そのはずじゃ! おい、説明書探すぞ! 手伝え!」

「えぇ……説明書とかあんの?」


 ミラは元・魔王の家だった段ボールの残骸に突っ込み手当たり次第に段ボールを放り投げていく。

 俺も不安に思いつつも、段ボールの山を手探りでまさぐっていく。

あれ? この段ボールの破片、少しおかしいぞ。変な傷がついてる。

 あの時、ミラは不良が壊していたと言っていたが、不良が壊してこんな傷がつくだろうか?


「これって……」

「あった! あったぞ! 説明書!」


 ミラが歓喜の声を上げて、俺の思考が中断される。

彼女の方を見ると大量の説明書が突っ込まれた分厚いクリアファイルを掲げていた。


「それ、全部あの宝の説明書⁉」

「当然じゃ、使い方が分からんくなったらどうする」

「家電かよ……」


 俺の中の魔王像が崩れていく中、ミラはクリアファイルの中を漁り、『エクスチェンジリング』の説明書を取り出す。


「え~……何々。『使用方法は自分と任意の相手に指輪をはめる。それだけです。簡単でしょう』……やったけど元に戻ったわい! どういうことじゃ!」


「いや、続きがあるぜ……『ステータス入れ替わりの定着には一週間の時間が必要です』……一週間も⁉ め、滅茶苦茶時間がかかる!」

「『注意点 指輪同士の距離が2メートル以上離れれば、ステータス入れ替わりが中断され、最初からやり直しになります』」

「それだけ、じゃねぇ! 簡単でもねえ!」

「………」


 ミラは無言でクリアファイルに説明書をしまい、一歩二歩と俺に向かって歩み寄った。

 彼女までの距離は約二メートル。これから一週間、俺たちはこの距離を保たねばならない、ということか?


「『ポーズ』」


 俺は説明書の記述が正しいのか、メニューボードを開いて確認する。


「『魅力―999』……」

「…………」


 俺が『シンドウ・マサキ 魅力―999』を確認すると、スッとミラが距離を開ける。


「『魅力―0』……」


 急速に下がっていく『魅力』のパラメータを悲しく読み上げる。



 ファンファンファンファン!



「⁉」


 遠くからサイレンの音が響き、段々こちらへと近づいてくる。


「やばい! すっかり忘れてた! お前さっき魔法使ったから、警察が……って、どこ行くんだよ!」


 サイレンの音を聞くなり猛ダッシュでゴミ捨て場の奥へと駆け出すミラ。


「こっちじゃ! やつら一旦地下に潜れば追ってはこれん。下水を通って奴らを撒くんじゃ!」


 マンホールのふたを開けて、こっちだと招く。その姿は逃げ道を先導する革命家のリーダーの様で頼もしく見えた。


「逃げ慣れてるなぁ、さすが魔王様」


 感心しながら、魔王の後に続く。

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