第5話 魔王との取引

「(恋愛シミュレーション)ステータスがオールカンスト……なんでこんなんか……バグってんじゃねえのか……」


 その上……、


「『魅力―999』……」

「ん?」


 ミラの方を見ると、全く状況が分かっていないように小首を傾げている。


「『魅力』とは何の話じゃ?」

「これだよ! お前自分のステータス見たことないの⁉」


 メニューボードをバンバンと叩いてミラに見せつける。

 ミラは眉を中央に寄せて首を振る。


「何その画面……知らん、こわ……」


「(恋愛シミュレーション)ステータスだよ! お前らが元々いたモンスターを倒すRPGゲーム、『イノセント・ファンタジア』とこの世界が融合したときに、一緒に恋人を作るためのシミュレーションゲーム『唯姫女学院♡』、その他諸々とも一緒に融合したの! そのシミュレーションゲームの方のステータス!」


 頭にはてなマークを浮かべていたミラもやがて手をポンと叩いて理解した。


「なるほど、初めて知ったわ。そんなものあるのか」

「そんなもんって……今の世の中、基本的にこっちの方しか使わないよ」

「なるほどなるほど、分かったぞ。さっきから感じておった違和感の正体」

「違和感?」

「その画面をちょっとよこせ」


 ミラは空中に浮かせている俺のメニューボードをぶんどり、指でフリックし、表示画面を俺のステータスに切り替えた。


「なるほど、こうやって使うのか」

「こうやってって、それの出し方も知らないのか?」

「うん」


 信じられない。今の世の中、これで相手がどんな人間か判断する人が多いのに、メニューボード自体知らないなんて。

 本当に一体どこの貴族のお嬢様……?


 『魅力―999』?


 あんな数字、普通の魔族が出せるのか?


「もしかして、本当に魔王……?」

「じゃから、何度も言っておる。ほうほう『文系―36』『理系―49』『学力―50』『芸術―10』『スポーツー99』『雑学―9』『トークー5』『ファッションー8』………『魅力―0』⁉ 「0」⁉ クアッハッハッハッハッハッハッ~~~~~‼』


 俺のステータスをしげしげと眺め、突然破裂するように爆笑し始めた。


「て、てめぇ⁉ 人のステータスを見るなり爆笑するんじゃねぇよ! 俺だって、こっちのステータスを使うとは思っていなかったんだよ!」

「すまんすまん、大体わかった。やはりそういうことか。ほれ」


 腹を抑えながら、メニューボードを投げて返される。


「大体わかったって……何が……あ」


 メニューボードはいつの間にか(恋愛シミュレーション)ステータスから(RPG)ステータスに切り替わっていた。


「シンドウ・マサキ。レベル99。『HP―9999』『MP―9999』『力―999』『防御―999』『技―999』『速さ―999』『対魔―999』『幸運―999』……素晴らしい。どのパラメータも上級冒険者の優に超えておる。勇者マルスをはるかにしのぐ数値じゃ」


 俺の(RPG)パラメータの数字を読みあげながら、俺を観察するように目を細めるミラ。

 だから何だというのだ。眼を引くからと言って何も、そんなのこの社会ではなんの役にも立ちはしない。

 この鬱屈した思いをミラに悟られたくなくて目をそらし、唇を噛む。


「それじゃ、そのオーラじゃ。貴様は本当に不思議なオーラを纏っておる」

「オーラ?」

「強い魔力の輝きを放っているかと思えば、重苦しく濁った、負のオーラというべき、陰気な雰囲気を漂わせ、輝きを飲み込んでおる」


 そんなものが俺の体から?


「その黒いオーラっていうのは、俺の魅力があまりにも低いせいだろうな。普通の五歳児でも『魅力』は10以上はもってる」

「じゃ、ろうな。いやはや、違和感の正体がわかってスッキリしたわい」


 と、ミラはくるりと俺に対して背を向けた。


「まっ……!」


 彼女が行ってしまう。なぜかいてもたってもいられなくなって手を伸ばした。


「と、そこで話が終わってはお主も救われんじゃろう」


 俺の手がミラへ届く前に彼女は再びくるりと回った。


「我は……、あ」


 彼女は振り向きざま何を言おうとしたのか、それはわからないが、伸ばされた俺の手の先を見た瞬間忘れたようにくぎ付けになっていた。

 ミラのローブはまだ俺の手に握られたままだったからだ。

 彼女は自分の体を見下ろし、まだ全裸であることを確認すると俺にジト目を向けた。


「返せ! ……む?」


 何故そうしたのかはわからない。

 だけど、俺は彼女がローブを取り返そうと伸ばした手を払い、ローブを自分の胸元に引き寄せてしまった。

 いや、なぜそうしたのか本当にわかっていないわけじゃないんだけども。


「ムゥン……フン!」


 再びミラが取り返そうと手を伸ばし、俺はその手を払った。そして再びもう一度、もう一度、もう一度と繰り返され、何十手と彼女の腕を払ううちに彼女は肩で息をし始めた。


「ハァ……ハァ……なんじゃ⁉ なんのつもりじゃ⁉ そこまで幼女の裸が見たいか⁉」

「いや、そうじゃない」


 誤解を生むような発言をするな。ここがゴミ捨て場だから良かったが、街中で言ってたら警察に肩を叩かれているところだ。


「〝お前〟の裸が見たかったんだ」


 まさにこれだ、というキメ顔で俺はそう言った。


「はぁ? まぁよい。あんまり言っておると話が逸れる。えぇと……『ポーズ』じゃったか?」


 俺のキメ顔と告白を、「まぁよい」の一言で流し、平然とメニューボードを開く。


 そんなさらっと流すなよ……俺、滑ったみたいじゃん!


「取引をせぬか? この魔王と」

「取引?」


 魔王との取引……? 世界を半分やるとかそういったものか?

 にやりとミラは笑い、空中に浮遊し続けるメニューボードを勢いよく地面に突き立てた。


「こんなもの、クソみたいなものだと思わんか? こんな数字に支配される世界など」

「……お前がそれを言うかね。お前の世界の概念だろ」

「主らが作った概念を押し付けておるだけじゃろ? それに我はそもそも貴様らから与えられた役割を演じるというのは元々嫌いじゃ」

「与えられた役割?」

「必ず倒される悪の魔王」

「あ……」

「我はほとほとその座に座り続ける自分に嫌気がさしておった。そんな役割を与える人間どもにもな、何度も何度も投げ出したいと思ったことじゃ」


 そうか、やっぱりこいつは魔王なのだ。

 ゲームで敵役を与えられ、そこに不満を持ちつつも全うした。敵役の王。

 ただ、倒されるだけのために生まれた者を見送り、自分もその首領として自らも倒された。

 そんな役割を押し付ける世界、自分だったら御免ごめんだ。憎んでもしょうがないだろう。


「まぁ、そんなことは終わったこと、過ぎたことじゃ。あの座から解放してくれた勇者マルスにはむしろ感謝すらしておるわ」


 魔王は気にするなというように手を振る。


「とりあえずはこの体をどうにかしたい。子供のまま、一人じゃと生きていくのに苦労してきたからな。元の姿に戻って、もう少しは楽に暮らしたい。そんなささやかな願いを叶えてくれ、とそういう話じゃ」


 魔王が住んでいるのはゴミ山の中の段ボールの家。それも今日潰されてしまった。


「で、俺に魔法で大きくしてくれって言いたいのか? だから、今の世の中どうやっても魔法は使えないんだって」

「いや、魔法を使う必要はない。我に『魔法』をくれればいいのじゃ」

「どういうことだ?」


 魔王が指で自分と俺の胸を指し示す。


「今の世界、(シミュレーション)ステータスが高ければ高い方がいい、それが社会的に優に立てるステータスとなっておる。そうじゃな?」


 こいつ……本当に俺との会話だけでこの世界の現状を大体わかりやがった。


「貴様は特に『魅力』という値が気にかかっておる。じゃろ?」

「どうしてわかる?」

「限界を超えた数字だと驚く前、『魅力』の数値を見るとき。貴様の顔が明らかに曇った。そして貴様のあの『魅力』の値の低さ。その上、貴様は絶賛失恋中。そこにコンプレックスがあると見たが、どうじゃ?」

「……………」


 洞察力の鋭いやつだ。こいつの前では下手に嘘をつくどころか、表情を作ることもできなさそうだ。


「交換しよう」

「は?」

「我には『魅力―999』などいらん。魔族の頂点に立つ魔王たる我には不要なパラメータじゃ。それをお前にやる。その代わり、貴様の『魔法―999』を頂戴したい。どうじゃ?」

「俺はこう見えてもお前が世界を征服していた間、お前を倒そうと修行していた。勇者になろうとしていた男だ」

「じゃ、ろうな。そのために(RPG)ステータス、か? そちらを上げるのに夢中で(シミュレーション)ステータスを上げるのを怠ったのだろう?」

「本当に敏いな。お前の『魔法』を999にしてしまったら、魔王が復活するってことだろう? そうなれば、本末転倒。勇者が魔王を復活させて世界をまた征服させるなんて、笑い話にもならない」

「せんせん。我は生きるために力を失ってこの体になったんじゃ。魔族の体は『魔法』の大きさと比例する。じゃから我はただ子供になってしまったこの体を元の大人の体に戻し、そうさのう……真面目に働いてアパートでも借りるか」

「魔王とあろうものが、随分と規模の小さい望みだなぁ……」

「もう、ゴミをあさったり、段ボールの家で寝るのは嫌なんじゃ……それにもしも我が世界をまた滅ぼそうとすれば、今度こそ貴様の本領が発揮されるじゃろう? 貴様の本分は『魔法』だけではあるまい? 力や技……貴様の元々のステータスもマルスには一歩劣るが、十分我や魔王の幹部と対等に戦えるレベルじゃぞ? 我は再びこの世界を滅ぼそうと動けば、それを止めるのは……」


 指で俺の腹を押すミラ。

 彼女は妖艶に笑う。それはまるでリンゴを食べるように誘う蛇のような笑みだった。



「貴様じゃ、勇者マサキよ」

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