第4話 (恋愛シミュレーション)ステータスカンストの魔王

 裏路地をさらに進んでいくと今まで見たことのないような不思議な通りに出た。


「おぉ……」


 丘の上で街が一望できる。まるで空の上を歩いているかのような通りだった。

 ローブの少女はさらに奥へと進んでいく。

 正直、ここまで追いかけるつもりはなかったのだがここまで来たらとことん最後まで付き合おうと少女を追い、彼女が駆け上がった階段を昇っていく。

 ゴミ置き場となっている空き地に出た。

 処理できない冷蔵庫や机が無造作に置かれて、ひどいものだとタイヤや車の扉なんかもある。誰かが初めに置き、他の周辺住民が同じようにおいて行ったのだろう。

 いくつものゴミ山の間を歩いていく。


「あれって……」


 ズタボロの段ボールの残骸の前に銀髪の少女がしゃがんでいた。

彼女の足元には「魔王の城」と書かれた紙が落ちていた。残骸の中には屋根らしきものもあり元々は家の形をしていた名残が残っている。


「お~い……大丈夫か?」

「む?」


 銀髪がなびいてミラが振り返る。


「何じゃ貴様は?」

「さっきお前を助けた者だけど」

「知らんな。貴様みたいな陰気な雰囲気をした人間。我は気にも留めん」


 偉そうな口ぶりだ。

 ミラは俺から一瞬で興味を失い、段ボールを拾い集め、再び家を作ろうとする作業に戻る。

 彼女は俺から興味を失ったが、どうしてか俺はミラの後姿から目が離せなかった。彼女の美しい銀髪に、そのやせ細っているが、しなやかな背中に見惚れていた。

 いつの間にか彼女のすぐ後ろまで俺は歩み寄っていた。


「なんじゃ? なんの用なんじゃ⁉」

「おい、いきなり……!」


 俺が帰らないことに怒ってミラは立ち上がった。

 一歩も距離がない、至近距離だったので、勢いよく立ち上がったミラの頭蓋が俺の腹部へ向かって突き出で、慌てて躱そうとするが、


「あ……」


 足がもつれて後ろへと体が傾いていく。バランスを取ろうと腕を伸ばし、なにかを掴んでそのまま倒れる。


「イテテテ、アッ!」

「…………」


 真上にある少女の真紅の瞳がジトッと俺を見下ろす。

 ミラが俺を押し倒すような形で四つん這いになり、下の俺を見下ろしている。

 倒れる拍子にミラのローブを掴んでしまい、そのまま彼女のローブをはぎ取ってしまっていた。そしてそれを着ていた彼女はローブに引っ張られる形で俺へと倒れこんだようだ。


「あの、えっとその……ごめ……」


 顔を赤くしてミラから目をそらそうとする。

 だって、ローブの下に彼女は何も着ていなかったのだから。

彼女は今、全裸以外の何物でもなかった。


「いいから早くローブを返せ、小さき人間よ、本当に貴様は何しに来たのじゃ」


 返せと言いつつ、全裸のままミラは立ち上がり、膝の槌を払う。


「………」


 彼女は自分の肢体を全く隠そうとせず、凛と立ち尽くしている。

背中についているあるモノも全く隠そうとはせずに。


「念のために聞くけど、それ、作りものじゃないよな?」

「失礼な。天然ものじゃ」


 それは逃げているときローブの下からチラチラと顔をのぞかせていた。ある特別な魔族の証。

 黒い蝙蝠の羽と槍のような尻尾。


「真魔族……魔族の中でもめったにいない、魔族の貴族……」


 真魔族。別名最上級魔族と言われる。魔族の中の魔族。この種族は統一された外見的特徴が少なく、黒い羽と尻尾を持つ以外は彼女のように少女の姿をしている者や、宇宙人のように骨格が人間とかけ離れている者もいる。様々だ。


「そうじゃ。そうであると我は言ったはずじゃがのう」

「真魔族は魔族の中でもかなりの力を持ち、どんな者でも町一つ滅ぼせる幹部クラスの種族だって聞いてたから……もしかして……」


 本当に魔王? こんなお子様が?


「『ポーズ』」


 メニューボードを開いて目の前の少女のステータス(RPG)を確認する。

 本当に魔王なら、相当のパラメータの数字が並んでいるはずだ。


「ミラ・イゼット・サタンーレベル5……『力』……10? 『魔力』……15? 『技』……6?」


 よ、弱い。

 いや、ミラが見かけ通りの小学生程度の年齢だったら普通のステータスなのだが魔王を自称するにしてはあまりにも低いステータスだ。


「ひ、人のデータを覗きみるでない! それに弱いとか言うな! 我のこの身は勇者マルスに倒され、死を免れた代わりに力を失ってしまったんじゃ!」


 とかなんとか言っているが、これでこの娘が魔王というのはなくなった。

 悲しいことによくある話で、魔王が世界を征服していた時は力を持っていた魔族の貴族が、魔王が討伐されて力を失い、家族ともども路頭に迷った。その娘とかそういう子なのだろう。


「うんうん、可哀そうにな……これ、食べろよ」


 せめて多少食べていたらもっとまともなステータスになるだろうにと、ポケットの中のコンビニで買ったカロリーメイトを差し出す。


「⁉」


 ミラは目の前に突き出されたカロリーメイトを目にもとまらぬ速さで奪いとると、袋もまともに開けないまま、がつがつと食らいついた。


「それ、俺の昼飯だったんだけど、実は俺失恋しちゃってさ。食欲がなくて、勿体ないからお前にやる」

「ムシャ、ムグ、ムグググ……プハァ」


 カロリーメイトは一瞬で少女の腹の中に納まってしまった。

 腹が満たされたミラは警戒を緩め、冷蔵庫の上にドカッと腰を下ろした。


「失恋? 人間の社会というのはめんどくさいのう。なんじゃ、我にその人間を洗脳し、貴様の虜にしろと? 仕事の依頼か?」

「ちげーよ。どうしてそうなる。そうだ、若干追っかけた本題はこっちなんだけどさ。お前、さっき魔法使おうとしたろ? どこの世間知らずの元貴族かは知らないけどさ。ちゃんと決められた所じゃないと魔法は使うなよ。絶対だ」

「? そりゃどうして?」


 ミラは指についたカロリーメイトの粉を舐めながら尋ねる。

 俺は空を、そのはるか上空にあるものを指さす。


「空の上。宇宙から衛星で監視されてんだよ。超高性能カメラで屋外は全て記録されてる。魔法を外で使ったら即バレる。そして家に警察が来て、罰金か一ヵ月の刑務所行きだ」


 そう、魔法は非常に重く罰せられる。


 例えそれがタバコに火をつけるためだったとしても、流されている猫を助けるためだったとしても、急に倒れた老人を病院に運ぶためだったとしても。魔法を使うと一切の例外なく厳罰が科せられる。

 それが現実とゲームが融合してろくに法整備ができていないこの世界の現状だった。

 魔法がどんな犯罪を誘発するか想定が全くできない以上、どんな理由があろうと使わせない。だから日常生活において俺の魔法は全く使い道がないのだ。


「なるほど、そういうことか……そりゃ知らんかったわ。何せこちとら、この三年間、生きるのに必死だったからのう。その、警察? とかいうのにも何度追い回されたことか。まぁ、そのたびに奴らに煮え湯を飲ませてやったがな」

「お前……逃げきってんのかよ。逃げ足速いんだな。三年間も逃げきるなんて」


 ステータス見る限り『速さ―4』と低い方だが。


「あぁ、捕まる度に牢の中でおかわりを山のように要求し、奴らを涙目にさせてやったわい!」

「捕まってんのかよ‼ 煮え湯を飲んでんのはお前の方じゃねえか‼」


 警察の人たちが涙を流したのは食料が尽きたからじゃなく、こんな幼い少女が警察署でしか腹いっぱい食べれないのが可哀そうで、憐みの涙だろう。

 つーか、そんなに捕まってたのなら、さっき別に助けなくても良かったのかもしれない。


「ったく、お前の親は一体どういう教育をしてんのか……」


 こんな不良娘なのだからさぞ、(恋愛シミュレーション)のステータスも低いのだろうとメニューボードの画面を切り替える。

 そんなふと、気が向いただけの行動だった。


「⁉ 嘘だろ……」


 『文系―999』『理系―999『学力―999』『芸術―999』『スポーツ―999』『雑学―999』『トーク―999』『ファッション―999』『魅力―999』『根性―999』『協調性―999』『バイタル―999』などなど……。


 けた外れの数字が並んでいた。

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