第3話 え? 君、魔王?


 目を閉じて思い返せば返すほど苦い記憶だ……。


 頑張ってたんだ、頑張ってたんだ、これでも、(RPG)ステータスがダメになったら受験のために『学力』を上げるの頑張って、人並み以下だったから人並みに追いつこうと必死で、そんな『魅力』なんて上げる余裕あるわけないじゃないか。


「コレッ離せ! 貴様我を誰だと思っておるのじゃ! くっ……!」


 裏路地から悲鳴が聞こえた。

 気になって、暗い路地を進んでいくと、いかにも不良といった金髪、モヒカンの男子高校生たちが小柄な頭から全身をすっぽりと覆ったローブをまとった子供相手に絡んでいる。  

 フードの上からでも細い小さな体格で、隙間から白いたまのような肌が見える。

 高校生が子供相手に大人げない。それも女の子じゃないか。


「あん? 突っかかってきたのはそっちだろうがよ、魔族が人間様に生意気言ってんじゃねぇぞ」


 ローブの女の子の足元には空き缶が入ったビニール袋や、捨てられたコンビニ弁当が詰まったゴミ袋が置いてある。それだけで彼女の現状が何となく察せた。


「貴様が我が家をつぶしたのだろうが! ふざけるけるでないぞ、離さんか!」


 ローブの女の子が不良の手を振り払い、飛び上がった。

 近くのポリバケツの上に乗ると、手を広げ、フードを取り払い顔をさらす。

 尖った耳と美しい輝く銀色の髪、そして燃えるような真紅の瞳が輝いている。

 銀色の髪は吸血鬼の特徴だ。恐らく彼女は、鬼族。

 力が強い種族で子供でも人間相手なら負けそうにない種族だが、女の子であの細い手足。長い間何も食べていないのだろう。

 弱い者いじめは感心しないなぁ……。

仕方がないと、身を乗り出した時だった。


「我が名はミラ・イゼット・サタン! この世界を支配する魔王にして唯一無二の天上の一族、サタン家十七代目当主! 我が紅蓮の炎で焼き尽くされたくなければとっとと失せるがいい!」


「…………」


 ……………………は?


 あの女の子今何て言った?


「あんたが魔王?」

「そうじゃ!」


 自信満々に胸を張る自称魔王のミラちゃん。その外見はどう見ても十二歳の小学生で、中二病の現実の見えていないかわいそうな女の子にしか見えない。


「は……」


 金髪の不良たちが顔を見合わせ、顔が引きつっていく。


「フフン」


 不良たちが恐れおののいたとミラは胸を張る。


「ダ――――――――ハッハッハッハッハッハッハッハッッッ‼」

「⁉」


 不良たちが腹を抱え、モヒカンがミラを指さして笑い始める。


「魔王⁉ お前が魔王⁉ ハーハッハッハッハ‼ おかしい……腹いてぇ……!」

「わ、笑うな! 何がおかしいんじゃ!」

「魔王って言ったら三年前まで魔族に無理やり人間を殺させてた頭の狂ったおっさんだろ? お前みたいなガキが魔王なわけねぇじゃん!」

「人間を殺させてたというのは、我の部下が付いた嘘じゃ! 我はそんなこと言っとらん。それに誰がおっさんじゃ! 我は女じゃ!」

「見りゃわかんだよ。ゴミ捨て場でゴミをあさってたかわいそうなガキだろ。魔王の城って書いてあった段ボールの残骸あったけど、あれ元々お前が作った段ボールの家? 魔王がそんなとこ住んでるわけねぇだろ! とっとと家に帰れよ、お嬢ちゃん」

「家は……貴様ら潰したんじゃろうが! 挙句の果てには我にこんなものをぶつけてきおって!」


 そういって懐から飲み終わったコーラの缶を突き出すミラ。彼女は顔を真っ赤にし、怒りと羞恥が入り混じったように目に涙をためていた。


「ああ、いいじゃねぇかよ。集めてんだろ?」


 全く悪びれもせずにへらへらと笑うモヒカン。

 ミラは怒りのあまり全身をフルフルと震わせた。


「貴様ら、もう許さんからな! 『炎帝よ、我が手に宿れ! フレア……』」


 まずい……!


 外で魔法を使うのは非常にまずい。

 不良は本当に魔法なんて使うわけがないとニヤニヤ笑ってミラを見ているが、ミラの手に炎の魔力が宿り、赤く輝いていく。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ。お兄さんたち!」

「あん? 何だよ中坊⁉」

 俺はすぐさま不良と女の子の間に入った。

「魔法は使うな、やめろ」


 そして、ミラの魔力が集まっている右手を握りしめる。


「……ッ⁉」


 ミラは驚いて俺の顔と自分の右手を見比べ、やがて右手の力を抜き、炎の魔力を散らしていく。

 彼女が諦めて、ほっとして不良の方へ向き直る。

 彼らは第三者の介入に対して、威圧するように睨みつけていた。


「あ? なんだ随分と暗いやつが来たな」


 だが、俺をまじまじと見ると不良たちは完全に馬鹿にしたように鼻で笑った。

 うるさいな、ほっとけよ。どうせ俺には『魅力』がないよ。


「俺が暗いとかそういうのはどうでもいいだろ、女の子に暴力を振るうなよ」

「なんだよ。根暗なオタクが勇気を出して助けに来ましたってか? そもそも、突っかかってきたのはそっちからだってさっきから何度も言ってるだろ、こっちとしてはそっちが一言謝ってくれればもう帰ってもいいって思ってんだよ」


 誰がオタクだ、この金髪ムカつくな。


「聞いてる限りこの女の子の大切なものを壊したみたいじゃないか。謝るのはそっちじゃないか? 金髪鶏。自分の罪は三歩歩いて忘れました、ってか?」

「あ~ん?」


 不良の標的が女の子から俺へと変わった。

 じりじりと囲むように距離を詰めていく。


「命知らずめ。『ポーズ』」


 俺は冷静にメニューボードを開き、そこにいる不良たちのステータスを確認していく。


「うわぁ~どいつもこいつも『HP』は100程度で『防御』は20前後か……弱っちいなぁ……」

「あぁ⁉」


 ステータス画面を見た素直な感想を言っただけなのに、不良たちが激昂する。

 まったく滑稽だ。相手が誰かもわかっていないのに噛みつくなんて……。

 俺のステータスはカンスト。『防御』20程度の奴相手だとどんなに手加減していたとしても一撃で天国へ送ってしまう。そうなれば、即警察行き。受験云々で悩んでいるのが馬鹿らしくなるほどお先真っ暗な人生が待っている。


 やれやれだ。


 とりあえずは口で説得するしかない。

 まぁ、メニューボードというシステムがあるのは幸運だ。それを見せつけてやればあいつらはビビッて逃げ出すだろう。


「ふっ、この俺、新藤正樹のステータス画面を開いてみてみろ。 俺の『力』のパラメータは九百きゅうじゅうオうジゃぁ……!」


 不良の右ストレートが俺にあごに突き刺さった


 話している途中なのに思いっきり顔面を殴られた。


「ちょ、ちょっと待って、俺のステータスを見ろって、どれもカンストしててお前たちが適うわけ……」

「うるせぇ! だったら反撃してみろや! オラオラ!」


 地面に倒れた俺をさらに不良たちが踏みつけてくる。


「いや、だからぁ! 俺が反撃したらお前ら一撃で死んじゃうんだって! ワンパ……イッテ、ワンパンなんだから、イッテェ! だからぁちょっと話聞けって! 俺のステータス見ろって!」


 不良たちは全く俺の話を聞くことなく俺を踏みつけ続けた。


「お~い、こっちだニャ! 早く来てニャあ!」

「⁉」


 遠くから聞こえる女の声。

 裏路地の入口で猫耳と尻尾をはやした獣人、ケットシー族の少女が人を呼ぶように手を振っていた。


「こっちにゃあ! 喧嘩ニャ! 誰か来てニャ! おっまわっりさぁ~ん!」

「くっそ、人呼びやがった! 行くぞ!」


 不良共が蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 やがて、ため息とともにカルナが俺に近寄ってくる。


「はぁ~、不良に絡まれてボコられて、本当に君はダメ人間ニャあ」


 呆れてるかと思って、彼女の顔を見ると顔を赤くしてにんまりと笑っていた。


「うるせぇな、カルナ。助けに来てくれたことは感謝するけど、その特殊性癖はどうにかしろ」


 ケットシー族の娘、猫玉葱中学校三年生、カルナ・ラガロンガは本当に楽しそうな笑顔を浮かべてあごに手を当てる。


「う~ん、相変わらずみじめで、ジメジメした黒いオーラがたまんニャい。流石『魅力―0』最高にウチ好みニャ……ニャあニャあ、やっぱりウチに色々任せてみニャい? ウチが君を世界中で名が知れ渡るユーチューバーにしてあげるよ。お金ガッポガッポだよ?」

「……それは俺の(RPG)ステータスを生かした、勇者としてプロデュースしてくれるってことか?」

「いんニャ。人間の最底辺の男という笑いものとして紹介するんニャ」


 この女は『魅力』が低ければ低いほど相手を好きなる特殊性癖もちで、試験が終わった後もメールで呼びだされたり、街で会ったりと何かと付きまとわれるようになった。

 『魅力』が低いせいでこいつにだけはモテるのだが……やっぱりこいつは嫌いだ。


「バカにしやがって、さっきだって俺は無駄にボコられていたんじゃなくて。ただ、女の子が絡まれていたから仕方なく……」

「女の子? どこにいるんニャ?」

「え?」


 ふと見渡せば、裏路地にいるのは俺とカルナだけだった。


「あ、あいつ!」


 裏路地の奥にボロボロの布の切れ端が見えた。


「悪い、カルナ! ありがとうな、助けてくれて!」

「え、ちょ……」


 カルナを置いて女の子を追う。


「名前、憶えてくれたんだ……」


 背後からカルナの感動したような声が聞こえ、


「ウチは忘れたっていうのに……」


 去り際にいらない一言を付け足しやがった。

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