第2話 悪夢の面接

 『何物でもない者』には『何物でもない者』に相応しい日常が続いていく。


 悪夢のような卒業式の帰り道、俺はまるで糸のない凧のようにフラフラと夕焼けの街を歩いていた。


『『魅力』のパラメータが50以下の人とは付き合えないわ』


 ぶんぶんと頭を振る。再び脳内によぎった藤崎めくりの声を振り払う。


「くそっ、くそっ、何だってんだよ。どいつもこいつも『魅力』だ『学力』だって……俺だってただ何もしないで生きてきたわけじゃないんだ。これでも世界を救おうって頑張って(RPG)のパラメータを上げてきたんだよ」


 近くにある電柱に拳をぶつける。


「あん?」


 拳の先に、就活サイトの広告チラシが張ってあった。


 『絶対就職! 学力が足らなくても、面接で受かる77のコツ!』


「面接、そういえば、明日合格発表だな……行きたくないな……」


 数日前、俺は由比ガ浜西崎高校ゆいがはまにしさきこうこうというそこそこのレベルの高校を受けた。そこまで勉強しなくても受かるやつは受かるが、元から頭が悪いと受からないそんな高校だ。

 頭は悪い方な上、面接が実はとことん苦手な俺は必死に勉強し、そこを受けたが、当日になって面接があると知った。そして、第一志望の高校は面接が原因で落ちている。

 だから、非常に自信がない。そこに受からなければ高校浪人だというのに。


「あいつらさえ、あいつらさえいなければ!どうにかなってたのかな……」


 〇

 

 由比ガ浜西崎高校の教室の扉を開ける。


「じゅ、受験番号177番、鎌倉泡沫中学校、新藤正樹です!」

「はい座ってください」


 中の面接官であるオーク族の教師に着座を許され、パイプ椅子に座る。

 面瀬試験がないと思い込んでいたので、まるで準備しておらず、緊張で頬が引きつる。


「誰だよ……面接試験がないっていってたやつ……」

「何か?」

「い、いえ! 何も!」


 筆記試験が終わり、これですべてが終わったと思った俺に晴天の霹靂のように面接試験へ行くように指示があった。

 第一志望の聖ハーマン学園での面接試験では魔法の素晴らしさをアピールし、自分がどんなに有用か説こうとしたら、「本校では魔法の授業はないのでメリットはないです」とばっさり切り捨てられたトラウマがあり、もう面接試験はごめんだった。

だというのに……。


「では次の方入ってください」


 しかも集団面接。椅子はほかにも二つ用意されて目の前のオークの先生相手に三人で面接をしなければいけない。


「は~い」


 ふざけた返事でネコ耳をはやした茶色い毛並みの獣人が入室してきた。


「受験番号178番、猫玉葱中学校、カルナ・ラガロンガですニャ」


 緑色のブレザーとチェックのスカートの間から尻尾がはみ出て、揺れる。


 ケットシー族。


 魔族の中でも気まぐれで有名だが、多くは社交的で人懐っこい種族でかなり早い段階で人間世界になじんでいた。うちの学校にも魔王が倒された直後から何人か入学したほど友好的な種族なのだが、


「はい座ってください」

「しっつれいしニャ~す!」


 こういう真面目な面接では一番向いていない種族だ。元気はいいが、言葉遣いがなっていない。

 こいつは落ちたと確信したが、この女に引っ張られて自分がとちらないようにと胸に手を当てて改めて心を落ち着けようとした。


「では次の方」

「ハッ!」


 空気が張りつめるほど凛々しい女の声。

 扉を開けて入ってきたのは……、


「ゲ……」

「ん、どうしました? 新藤正樹さん」

「い、いえ! 何でもないです!」


 入ってきた女の姿を見て思わず顔をしかめてしまった。


「受験番号179番 殷門いんもん中学校から推参仕りました、拙者、雷亭吹雪らいていふぶきと申す!」


 仕方がない。


 だって彼女の着ていたのはピッチリとしたタイツのような忍装束だったのだから。

 その上、額当てに後ろで縛った若武者のような黒髪、手に尖った猛獣のような爪が付いた手甲。そして、なぜ許されているのか、背中には刀を背負っていた。

やべーやつが入ってきた……こいつは、言葉遣い以前の問題だった。


「はい座ってください」

「失礼いたす!」


 いいの? 帰した方が良くない?


「ん? 顔色が悪いですね、新藤正樹さん。先ほどから大丈夫ですか?」

「は、はい大丈夫です……」


 また思ったことが表情に出てしまっていたようだ。オーク先生から心配されてしまった。

 いや、つーかこのメンツで面接しなきゃいけないの⁉ 引きずられるとかそういう問題じゃない、こいつらと同じ部屋にいる時点で同類扱いにされる。いや、もうすでに引きずられてる‼ 


 か、帰りてぇ……。


「それでは、面接を開始します。本校を志望した動機についてお伺いします、では新藤さんから」

「は、はい、以前学校見学で貴校を伺わせてもらった際、雰囲気が良かったのでぜひこの高校へ行きたいと感じたからです」

「ウチは家から近いからかニャ。あとうちの学力で行けそうなところだったからかニャ」

「貴校の歴史研究会は活動が盛んであると耳にしました。拙者は江戸の歴史について深く興味があり、同学年の仲間と共に歴史について深く学びたいと思った所存であります」


 あれ、意外と普通だ……。


 言葉遣いはやはりおかしいが、もしかしたら特に問題なく面接をこなせるかもしれない。


「ありがとうございます。では、次にあなた方が今までの学校生活で最も努力した出来事は何ですか?」


 き、来た。いきなり鬼門の質問が。

 トラウマが刺激される。ここで魔法に付いて言っては決してダメだ。それは地雷、確実に日常生活で役に立たない無能だと思われる。


「わ、わたいが今までの学校生活で力を入れてきたのは……」


 噛んでしまって調子が崩れた。

 脳にある記憶を絞り出す。学校生活で自分が何をしてきたのか。魔法や剣術以外で自分は何に打ち込んできたのか。


「じゅ、受験勉強です」

「受験勉強……ですか?」

「は、はい。今まで武道や学問……雑学の習得に尽力し、学生の本文である勉学がおろそかになっていたので、その遅れを取り戻すためにこの一年、寝る間も惜しんで努力しました」


 嘘は言ってない。『力』や『魔法』のステータスを上げるのに必死で、あと後に回していた『学力』のステータスを一年かけて寝る間も惜しんであげて、ようやく50にまで上げたのだ。

 答えを聞いたオーク先生は首を傾げた。


「武道や知識の収集に尽力した、ではないのですか? 受験勉強をする前はそちらに一生懸命取り組んでいたのですよね」

「あ、え、いや、違います、そっちはその……あくまで中学校で頑張ったのは受験勉強です」


 剣術や魔法の事は言えない。言ったら落とされる。そんな強迫観念に駆られて必死に隠そうとして、目が泳いでしまう。


「そうですか、では次のラガロンガさん」

「にゃ? ウチはケットシー族ニャよ? 当然、年がら年中遊んでいたに決まってるニャ。その中で一つ頑張ったって言ったらカラオケかニャ……こう見えてもウチ歌を歌うのは得意ニャよ。歌って見せようかニャ?」

「いえ、時間がありませんので」

「そうかニャ……」


 ケットシーは本当に残念そうに肩を落とした。

 こいつは本当に面接試験を受けているという自覚があるのか。このケットシーが受かるのならどんな馬鹿でも受かる気がする。

 そんな高校行きたくないな。


「拙者は部活動に精力を出しておりました。部活動というのは、「くっころ部」の部長として日々鍛錬を重ね、立派な「くっころ」要因となれるように切磋琢磨しておりました」


 ………………………………えっと。


「…………クッコロブですか?」

「はい、「くっころ部」です」


 あの忍者は何を言っているの?


「あの、どんな漢字を書くんですか?」

「くっ、殺せ! の略で「くっ殺部」なので、「くっ」は平仮名で「ころ」は人殺しの「殺」です」

「あ……そうですか。ふ~ん」


 どんな人間が来ても動じなかったオーク先生が初めて頭を抱えた。


「はい、では次のしつも」

「「くっ殺」部とはいつか冒険者となった時に優秀な「くっ殺」要因となれるように訓練を積み重ねる部活で、」


 こいつめ、オーク先生が深く聞こうとせずに次に行こうとしたのを遮って、自分語りを始めやがった。


「部活には私のような忍者だけではなく女騎士、女戦士、女スパイ、シスター、姫騎士など様々な職業を目指す人間が所属していました」


 もしかしてこいつのこの奇天烈な格好は部活の正装なのか? つーか、女騎士と姫騎士って分けて言ったけど、同じじゃないの?


「初めは強気に反抗する鉄の心を修行し、次の段階で美しく優雅に快楽堕ちする修行をします。これが中々鍛錬が必要で、早く堕ちすぎると最初の反抗が嘘くさくなってしまい、あまりにも堕ちるのが遅いと「いく」タイミングを逃して満足なプレイができなくなってしまいます」


 プレイって言っちゃった。


「あの、「いく」というのはどういった意味で……」

「詳しくは知りません、基本的にカタカナで書く「イク」ことで、絶頂のこ、」

「あ、もういいです結構です。では、次の質問に」

「ですが! 本番前に処女を散らすという愚行は犯しません。こけしでの訓練は欠かしませんでしたが、我々の下の聖なる穴には何物も通していない、清い体であります。決してそこら辺のビッチと一緒にしないでください。我々はまだ処女なのですから!」


 面接官の進行を遮ってまで聞いてもいないことを力強く力説する雷亭吹雪。

 やばい……終わった。本当にやべーやつと一緒になってしまった。あんな奴がいたらほかの奴の印象なんて霞む。隣で笑いをかみ殺しているケットシーがまともに見えるほどだ。


「はい、わかりました。では次の質問へ行きたいと思います『ポーズ』」


 オーク先生はすぐに切り替えて面接を進める。

 手を開くとメニューボードが空中に出現し、ステータス画面を開く。


「ここにあなた方のステータスを表示しています。この数字を見たうえで自分の劣っているパラメータの数字をどう思っているか聞かせてください。では、新藤さんから」


 また嫌な質問が来た。


『『魅力』のステータスが100以下の人とは付き合えないわ』


 藤崎めくりの言葉が頭によぎる。

 そんなもの本心は何も考えたくないに決まっている。


「わ、私のステータスはカンストしているのですが……表示に表されていない数値が……」

「ん? ああ、そっちではなく(シミュレーション)の方のステータスについてお聞かせ願いますか?」


 くそ、逃げ道を塞がれた。良いじゃないか、面接なんだから(RPG)の方について答えても。


「……私は中学に上がるまでそちらの、(シミュレーション)ステータスを上げるのに関心がなく、『学力』『文系』『理系』パラメータが非常に低い状態でした。中学に上がってからはそちらを上げるのに先ほど申しました通り尽力し、これからもそれを上げ、今はまだ足りませんが社会に役立てるほどに数値を上げたいと思っています」


 急場しのぎだが、ほとんど完璧な答えじゃなかろうか。手ごたえを感じた。

 が、オーク先生は唇を尖らせた、確かに相応の答えは引き出せたが、満足じゃないといったような。


「あの、なにか?」


 中々「次へ」と言わないオーク先生が気にかかり、正樹の方からつい聞いてしまった。



「いえ、ああ、ただ、『魅力』の数値が0と特別低かったのに触れなかったので……すいません。次の方」



「⁉」


 次のカルナが何を言っていたのか、頭には入っていなかった。

 あえて避けていたことを指摘された。そこを言われたくなかったから言わなかったのに、改めて追及された。

 やっぱりダメなのか。『魅力―0』は人間として生きてちゃいけないのか? だって戦うのに必要なかったじゃないか!

 ぐるぐると頭に叫びが浮かんでは消え、後悔と諦観が渦巻く。


「だから、ウチは多少のパラメータの数値が低くても気にしない。ニャハハハ」

「はい、ありがとうございます。では次の方、頼亭さん」


 ケットシーが終わってあの忍者か、一体何を言うのだろう……?

 そこだけは気になって顔を上げる。


「ハッ、私は『恥辱耐性』のパラメータが低く、快楽堕ちするのがはや、」

「あ、もういいです結構です」


 オーク先生が忍者の言葉を即座に遮る。

 いったいどのステータスの事を言っているのか、あの忍者は。『恥辱耐性』なんて項目見たことないぞ。

 かといって何も聞かないままにするのは忍びないと思ったのか、オーク先生は忍者のステータス(シミュレーション)を頭を抱えながら目を通していっている。


「あなた、ステータスは高いですね。『学力』『スポーツ』『魅力』は200を超えているじゃないですか」


 え⁉


「ハッ、ですので先ほど新藤君が注意を受けていましたが、(シミュレーション)ステータスについて弱点はないと思いましたので(エロゲー)ステータスについて言おうと」


 この女の『魅力』が200越え? こんなどうしようもない阿呆のような恰好をした女が?


「ですが、『根性』だけはまだ10と他と比べると低いじゃないですか。それについては何かないのですか?」


 吹雪は、困ったなぁというようにポリポリと頭を掻き、


「そこを上げると『恥辱耐性』パラメータが上がりすぎて、快楽堕ちができなく、」

「あ、すいません。もう結構ですよ。面接を終わります。退室してください」


 オーク先生は遮るように俺たちに退室を促す。


「失礼します」


 立ち上がり、教室を出ていく。

 一例をして扉を閉め、忍者に乱された心を落ち着ける。

 あの忍者は本当に何だったのだろうか。『恥辱耐性』が低いのが悩みと言ったり、上がりすぎるのは嫌だと言ったり……終始、雷亭吹雪に引っ掻き回されてしまった。


「しっつれいするニャ~……ニャ?」


 廊下でしばらく考え込んでいると次のカルナがまるで友達の家から帰る時のように気軽に面接室を出た。

 目があってしまった。


「………」


 茶色い毛並みで、黄色い目をしたケットシー族の女の子だ。ひげが薄く、いつもにやけたような口元。

 なんか見覚えがある気がする。


「ニャ~……君、名前ニャんだったっけ、面白い子だったけど」


 いや、違うか。こんな失礼なケットシー族、一度会ったら覚えていないわけがない。


「いや、お前ほどじゃないよ」

そして、面白いという点においては、また部屋の中にいる忍者ほどじゃない。

「では、雷亭吹雪さん。退室をお願いします」

「ハッ、ですがその前に先生はオーク族ですよね?」


 扉越しに忍者の声が聞こえる。あいつはまだ何かやらかす気なのか。


「そうですが、今は面接中で、そのことは関係ないでしょう」

「卑猥な面接をまだされていません。へへ、こっちの面接を期待してきたんだろう、と股間をまだまさぐられていませんが」

「当然です。ありませんので、早く退室してください」

「それでもオークですか⁉ 待っているくのいちがいるんですよ!」



「早く出ていけェ‼」



 聖人であったオーク先生も、流石に怒鳴った。

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