ゲームと融合した現実世界で『RPGステータス』カンストの勇者が『恋愛シミュレーション』カンストの魔王と出会い、ステータスを入れ替えてラブコメしようとする話。

あおき りゅうま

第1話 人類最強の少年・新藤正樹


 鎌倉泡沫中学校かまくらうたかたちゅうがっこうにはある伝説があった。


 校舎裏にある桜の木。その下で結ばれたカップルは永遠に離れないというよくある伝説だ。

 そして主人公、新藤正樹しんどうまさきはクラス一の美少女、藤崎ふじさきめくりに一世一代の告白を敢行した。


「ずっと藤崎の事が好きだったんだ! 高校に行っても俺と付き合ってくれ」


 卒業式が終わったすぐ後の事である。

 桜が舞い踊る春の陽気の下、もう会うことができないかもしれない彼女へ……。

 春鳥たちのさえずりも俺を祝福しているかのようだ。

 顔を赤くし、藤崎めくりの返事を待つ。

 彼女はしばらく考えるように目線を空へと向けていたが、やがて俺の目を見るとにこりと笑いかけた。


「ごめんなさい」


 彼女からの答えはNO。

 予想外の答えにうろたえる。


「ど、どうして⁉ 藤崎は東京の高校に行って、俺はこっちに残るからか⁉ 遠距離恋愛になるから付き合えないっていうのか⁉」

「う~ん、それもまぁ理由の一つとして言えるかな。っていうか、正樹君まだ高校決まってないじゃない。第一志望の高校、落ちたんでしょ?」

「う……だけど、第二志望の合格発表がまだ残ってるし……」

「でも、面接で絶対落とされたって言ってたじゃない」

「うぅ……いや、今はそんなことは考えさせないでくれ! どうして、と聞いているんだ」


「……『ポーズ』」


 藤崎めくりが手をパーの形に開いて空中に掲げた。

 すると、白線で囲われたボートが出現した。

めくりの指のタッチに合わせてボードに映る文字が変化していく。


「これ」


 くるりと端を指ではじいて半回転させる。


 『ステータス画面・シンドウ・マサキ(恋愛シミュレーション)』


 ボードの上にはそんなことが書かれていた。


「『魅力』のステータスが100以下の人とは付き合えないわ」


 『文系―36』『理系―49』『学力―50』『芸術―10』『スポーツー99』『雑学―9』『トークー5』『ファッションー8』etc………。


 新藤正樹の現時点での能力を表す数値が並び、全て二桁、それもほとんどが低い数字だってた。



「ハァ………ァァァッッッ‼」



 動揺して声にならない声が喉から絞り出される。


「あ、正樹君は『魅力』の数値が特に低いね……ププッ」


 『0』


 それが新藤正樹が持つ『魅力』の数字だと、ステータス画面に無常に表示されていた。


「ぃ、ぃやぁ……そこじゃないかな……見てほしいのは……」


 余りにも動揺しすぎて声が出なかった。


「……ああ、そういえば一年の時、有名だったね正樹君。こっち方面は」


 めくりがボードを操作し、ステータス画面の表示を切り替える。


『ステータス画面・シンドウ・マサキ(RPG)』


「わぁ凄い、こんな数字見たことない! 全ステータスカンストしてる!」

 『HP―9999』『MP―999』『力―999』『防御―99』『技―999』『魔法―999』『速さ―999』『運―999』etc……。


 先ほどとは別のジャンルの数字が並んでいる。その全てがMAX!


「だ、だろう? 世界で一人だけなんだぜ⁉ 全ステータスがMAXの男は……つまり、俺はこの世で最強の男ってことだ……!」


 めくりの好反応に自信を取り戻して胸を張る。


「へぇ……でも、これって役に立つ?」

「え?」

「(RPGステータス)がこれだけ高くても、日常生活で全然使わないよね」

「え、あ……いらない、かもしれない…………けど、モンスターが、モンスターがいれば」


 倒すべき敵がいれば、倒すべき敵さえいれば!


「おい、いつまで話してんだよめくり」


 突然、鋭い目に二本の角、長い首に緑色のうろこで覆われた怪人が声をかける。


「ああ、ジュリオ。ごめん今行く」


 ジュリオと呼んだ龍人族の青年に手を振るめくり。

 ジュリオ・ドラクリオットは鎌倉泡沫中学校生徒の証である学ランに袖を通し、卒業生の証である花を胸に付けていた。


「お~い、めくり~まだぁ~?」


 遠くではさまざまな半人半獣の学生服を着た、鎌倉泡沫中学校の卒業生が藤崎めくりが来るのを待っていた。身体が石でできたゴーレム族、半透明の液体で体が構成されているウンディーネ族、翼の生えた天使族などなど……。

 平和に学校生活を謳歌しているモンスターたちがそこにいた。


「うん、今行く~! ごめんね、正樹君。みんな待ってるから行っていいかな?」

「あ……うん」


 引き止める理由は最早なく、去り行く彼女の後姿を見つめることしかできなかった。


 〇


 十八年前。


 新藤正樹が生まれる三年前、ある一人の天才科学者によって災厄がもたらされた。


 幻想侵略ゲームアシミレーション


 天才科学者が生み出した現実の物質を受信したデータの通りに組み替える粒子、ゲムノウ粒子により、ゲームの世界が現実に進出するという災厄が起きた。

 コンクリートの街が中世ヨーロッパのような煉瓦の街に変化し、ただの土くれがドラゴンとなり空を跳び回り、海の水から島一つ飲み込むほどのクラーケンが生まれた。

 そして、東京という街そのものが、暗黒に包まれた魔界と化した。

 世界にあふれたモンスターの攻撃、幻想侵略ゲームアシミレーション。の混乱に巻き込まれ人類の数は三十億人も減らされた。

 平和な世界を謳歌していた人類は突然、魔王に支配された暗黒の時代へと突き落とされた。

 新藤正樹が生まれたのはそんな世界情勢の中だった。

 彼が生まれた時、赤ん坊の正樹のステータスを見た医者は開口一番にこんなことを言った。


「素晴らしい! この子は将来魔王を倒す『選ばれし者』となるでしょう! 全てのステータス初期値がほかの赤ん坊の平均を超えています! それに潜在値測定装置によれば、十の歳を待たずして魔法がカンストします! これは優秀な大賢者の素質があります!」


 新藤夫妻は大いに調子に乗った。

 そして、正樹は神童と呼ばれ自分が勇者になる者だと思い生きてきた。本人だけじゃなく周りのものもそうなることを期待しており、様々な専門家が正樹の教育に尽力した。

 百のモンスターを切り殺した剣豪、魔王軍の侵攻を一人で止め続けた将軍、千の呪文を操る大魔法使い。彼らは全て正樹の才能を認め、彼に期待をして持てる全てを正樹に授けた。

 正樹の才能は確かに本物だった全ステータスが瞬く間に伸び、限界値に到達した。全ステータスがカンストするまで、小学校を卒業するまでかからなかった。

 小学生でありながら彼は『世界最強の男』『人類限界値オールマックス』と呼ばれた。

 魔王を倒す『選ばれし者』の予言は当たったのだ。

 正樹よりも強い存在はこの世に存在しなくなった。

 残るは時を待つだけだった。

 幻想侵略ゲームアシミレーションが起きてから、十三歳になれば魔王討伐の冒険をする許可を出すという制度が生まれていた。無謀な勇気ある少年たちを守るための制度だ。

 正樹は十三の時を今か今かと待っていた。その間、ステータスに限界が来ているのにも関わらず、鍛錬を怠らなかった。その努力の姿は『選ばれ者』という評価を確固たるものにしていた。

 が、正樹が中学校に上がってすぐの頃、事件が起きた。

 朝起きて朝食を食べながら、新聞をなんとなく手にとった。



『魔王討伐‼ 聖剣を抜きし勇者マルス・エレキカイザー、王都に凱旋!』



 手に持ったパンを落とした。

 それは世間にとっては飛び上がるほど喜ばしいニュースなのだが、正樹にとっては足元が全て崩れ去るほどの絶望的な記事だった。どこの誰とも知れない勇者が正樹が旅立つ前に魔王を倒してしまった。

 それから正樹の世界はがらりと変わった。

 七月七日の誕生日までしかいることがないと思っていた中学校に十三歳になってもしずしずと通い続け、それまで一日の大半を埋めていた冒険のための剣術や魔法の授業がすべてなくなり、代わりに芸術や音楽といった授業内容に変わった。

 評価されるステータスも幻想侵略ゲームアシミレーション起きた時、〝ついでに〟融合した(恋愛シミュレーションゲーム)の方が価値が高くなり、RPGで必要な『力』や『魔法』が無用の長物となった。

 そして当時のアメリカ大統領からこんな宣言がなされた。



「モンスターだって生きている、倒さなければいけない相手じゃない。同じ食べモノをおいしいと思える仲間なのですよ」



 魔王が討伐されて半年もたったころには「魔族人権宣言」がなされ、モンスターにも人権が認められるようになった。

 魔王が倒され、人間を襲う理由がなくなったモンスターたちは人間と共存するようになった。街中を普通にリザードマンやスライムが歩いても誰も退治しようとはせずに、逆に退治しようものなら人間の警察に捕まり、処罰される。そういった法律で守るべき存在となった。


 『選ばれし者』だった正樹は崖を転がり落ちるように『何者でもない者』へと転落した。

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