Column7 ②「肩が凝る」は夏目漱石が作った言葉?

(前Columnからの続きです)


 実はここでは『精選版日本国語大辞典』の「見方」がとても重要になります。

 まずはこの辞典の用例の見方について知るために、『精選版日本国語大辞典』「凡例」のなかにある、「出典・用例について 一 採用する出典・用例」に下記のようなことが書かれていたので引用いたします。


*****

1 用例を採用する文献は、上代から現代まで各時代にわたるが、選択の基準は、概略次の通りとする。

㋑ その語、または語釈を分けた場合は、その意味・用法について、もっとも古いと思われるもの

㋺ 語釈のたすけとなるわかりやすいもの

㋩ 和文・漢文、あるいは、散文・韻文など使われる分野の異なるもの

㋥ 用法の違うもの、文字づかいの違うもの

なお、文献からの用例が添えられなかった場合、用法を明らかにするために、新たに前後の文脈を構成して作った用例(作例)を「 」に入れて補うこともある。

(以下略)

*****


 このように書いてあります。

 私はこれまで、『精選版日本国語大辞典』で扱っている用例は「その意味・用法について、もっとも古いと思われるもの」と思っていたのですが、上記を見る限り一番優先する事項ではあっても絶対ではないようでした。


 松井栄一氏著の『日本人の知らない 日本一の国語辞典』には、『精選版日本国語大辞典』の作られた過程やその辞書に秘められた思いが語られているのですが、用例の六つの効果についても挙げています。


 用例は、「過去にその言葉が存在したことの証明をするためや、使われていた時代を示すために重要」としつつも、「その言葉の意味の理解を助けること」としても用いていると書いてありました。これは㋺に当てはまると思われます。


 思うに、『精選版日本国語大辞典』の用例は、「㋑かつ㋺」なのか「㋑または㋺」が混在しており、「肩が凝る」に関しては㋺を優先させた結果、「①肩の筋肉が堅くなって、重苦しくなる。肩がつかえる。肩が張る」「②負担が重く、重圧感を感じる。骨が折れる。肩が張る」の語釈については、共に比較的新しい時代のものが採用されたということが推察されます。


 また、「②負担が重く、重圧感を感じる。骨が折れる。肩が張る」の語釈に関して夏目漱石の用例が採用されたのには、ある理由があるためだと私は考えています。


 先ほどご紹介した、松井栄一氏著の『日本人の知らない 日本一の国語辞典』には『精選版日本国語大辞典』の作られた過程などが書かれているといいましたが、夏目漱石の小説には使が如実に表れているために、「用例を考える上では貴重な例を残している」というようなことが書かれていました。そのため、『精選版日本国語大辞典』の用例には夏目漱石の小説から抜き出した文が結構あるようです。


 つまり夏目漱石の用例が採用されるのは、「その言葉が使われ方が分かり易い」もしくは「その時代で使われていた意味が良く反映されている」のが理由である、と私は解釈しています。


 よって、ここまでの過程で「『肩が凝る』は夏目漱石の造語らしい」は、怪しいことが分かるかと思います。


 それにしても、何故「『肩が凝る』は夏目漱石の造語らしい」というのが広まったのでしょうか。ちょっと調べてみたので、次に続きます。

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