Column 9 「なぜる」と「なでる」に違いはある?

 先日、知り合いのおじさんから「『なぜる』って『撫でる』のこと? これって普通に使う?」と質問されたので、これについて答えてみようと思います。


「なぜる」を辞書で調べると、「撫でる」に誘導されることがほとんどです。普段の会話ではあまり使われないのかもしれませんが、辞書に出てくるということは、まだどこかで使われているからということでしょう。


 さて。

 こういうときは古語辞典を使うと過去のことが分かりますので、「なぜる」を調べてみました。『岩波古語辞典 補訂版』を引いてみたところ、「なで(撫で)」(連用形表記)とあります。つまり元々「なづ(撫づ)」だったということです。


 そう考えると、現代で使っている「撫でる」の方が元々の言葉と通じるものがありますね。ではどうして「なぜる」となったのでしょうか。それについて『精選版日本国語大辞典』に答えが書いてありました。


 どうやら、「なづ」は室町時代の中期以降に次のような形が成立しました。


「なで」+「う(助動詞)」=「なでう」


「なでう」と長音化したということです。でも、話しにくかったのかなんなのか、「子音が破擦音化」して「なぢょう」となります。「破擦音」というのは、「破裂音」+「摩擦音」の音なんですけど……外国語に詳しい方ですと分かりますかね。

 例えば、「jam(ジャム)」は「破擦音」が入っています。「dʒæm」の「dʒ」がそれにあたるのですが、「d」という摩擦音に「ʒ」の破裂音が同時に発せられる、という状態です。音声学の内容なので、この辺りのことは「ふーん、そうなんだ」という程度に思ってくださっていればいいです。


 次に「その一方でジ・ヂ・ズ・ヅの混同とともにザ行とダ行の拗音節においても混同が見られるようになる」……とあります。


 ザ行とダ行の拗音節とは「ジャ・ジュ・ジェ・ジョ」「ヂャ・ヂュ・ヂェ・ヂョ」のことです。

 でも、現代の発音にダ行の拗音節はありません。この辺りのことは調べていないので推測ですが、「ジャ・ジュ・ジェ・ジョ」と「ヂャ・ヂュ・ヂェ・ヂョ」の発音に差がないからだと思われます。現代でも、「ヂ」や「ヅ」が使われる場面は中々少ないですよね。方言とか、特殊な言い方だとあるとは思いますが、日常生活ではあまりみかけないかと思います。


 ちなみに、「ぢ」や「づ」を辞書で引いてみたところ、「ぢ」は「痔」がありましたが現代では「ジ」が普通です。「ぢ」だと歴史的仮名遣いなんですね。「づ」は「〇〇 け」や「(缶)め」などがありましたが、やはりそれほど多くはないですね。


 つまり、上記の話から「なぢょう」は「なじょう」との区別がなくなっていったようなんですね。それに「なぢょう」は元々「なづ」ですから、そのうちに「なず(なぜる)」が使われるようになったようです。


「なづ」から「なず」になったのであれば、現代で使われている言葉が「撫ぜる」のほうが主流になっていそうですが、『精選版日本国語大辞典』によると「しかし、(「なづ」と「なず」が)完全に交替することはなく、両形が併存し、現在にいたっている」とのこと。

 そのため、現代では「撫でる」もありますし「撫ぜる」も使われることがあるということのようでした。


 また、『てにをは辞典』で調べてみたところ「撫でる」はあっても「撫ぜる」はありませんでした。もしかすると、作家の多くは皆「撫でる」を主に使っているのかもしれません。


 つまり「撫でる」の方が一般的ではあるものの、辞書に「撫ぜる」もあるので使っても差し支えなさそうです。出版社などによっては何かしらの制限があるかも分かりませんが、個人の文章で使う分には、音の感じ方によって「撫でる」と「撫ぜる」を使い分けるというのもありかもしれませんね。


 ……と書きましたが、こんなことを知っておじさんに何の得があるんでしょう……という話になってしまいました。皆さんにとっても、つまらなかったらすみません(;´∀`)

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