10月

Column1 「やぶさかで(は)ない」

 ——上司の命令ならば、実行するのもやぶさかでない。


 こんな風な言い回しを、どこかで聞いたことはないでしょうか。上記の例文で使われている、「やぶさかでない」の意味は「仕方なくする」なのですが、実は本来の意味ではありません。


「やぶさか」は漢字で書くと「吝か」です。

りん」という漢字には、「おしむ」「しぶる」という意味があります。(他には「けち」「むさぼる・よくばる」「恨む」「恥じる」がありますが、ややこしくなるので、今回はこれらの意味については触れません)


 辞書によって語釈の表現の仕方はまちまちですが、基本的に「やぶさかでない」は「~する努力を惜しまない。思い切りよく~する」(『明鏡国語辞典 第三版』より)が本来の意味です。また「~することに躊躇しない」という意味でも使われることから、転じて「~を喜んでする」としても使う場合があります。

 しかし、これらの意味で使っている人は減っているようです。


 平成25年度の「国語に関する世論調査」では、「やぶさかでない」について「喜んでする」もしくは「仕方なくする」のどちらで捉えているのかを調査したようですが、前者が全体の33.8%、後者が43.7%だったようです。この時点ですでに元々の意味よりも「仕方なくする」として使っている人が多いことが分かります。


 何故「やぶさかでない」が、「仕方なくする」「仕方なく引き受ける」というような意味になったのか。それはまだ分かっていません。


 一つの説として、神永暁かみながさとる氏の著書『悩ましい国語辞典』のなかには、「否定形に引きずられたからではないか」と書いていました。言葉の意味が分からない場合、人は持っている知識でそれを推測しようとします。そのときに「~ない」の否定形がマイナスとして捉えたのかもしれない、ということでしょう。ただ神永氏も書いていますが、単なる推測なので確証はないとのことです。


 また、「やぶさかでない」について、数冊の辞書を引いて語釈を確認して見ましたが、どうやらまだ新しい意味としての使い方は認められていないようです。よって、今はまだ本来の意味として使った方が無難でしょう。



*補足*

「やぶさかでない」とここでは書きましたが、「やぶさかではない」でも問題ありません。「は」を入れるか入れないかの理由は分かりませんが、辞書の表記として多かったのは「やぶさかでない」の方でした。

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