Column3 「天地無用」と書かれた箱は、ひっくり返しても大丈夫?
皆さんは、「天地無用」と書かれた箱を見たことはあるでしょうか?
私は案外見かけるのですが、北原保雄氏(『明鏡国語辞典』の編者)の著書『しっくりこない日本語(小学館新書)』(2017年発行)には「最近あまり見かけなくなりました」と書いてありました。皆さんはどうでしょう。
さて、見かける回数が多い・少ないはちょっと置いておきまして、「天地無用」の話をいたしましょう。どうやらこの言葉について、意外にも誤って認識している方が多いようなのです。
「天地無用」は「上下を逆にしてはならない」という意味で、運送する荷物の箱に付いていることがほとんどだと思います。
しかし、これを「上下の区別はしなくてよい」と解釈する人がいらっしゃるようです。
平成25年度に行われた「国語に関する世論調査」では、本来の意味で認識している人は55.5%だったと言います。全体の半分。
では「上下の区別はしなくてよい」と認識している人はというと、29.2%。誤った意味で理解している人が3割というのは、比較的多いように思います。
何故「上下の区別はしなくてよい」と理解する人がいるのか。
冒頭で紹介した北原保雄氏の『しっくりこない日本語』には、「無用」の使い方が勘違いしているせいだと書かれていました。ということで、まずは「無用」の意味を確認しましょう。
*****
【無用】『デジタル大辞泉』
❶役に立たないこと。使い道のないこと。
❷いらないこと。また、そのさま。不要。
❸用事のないこと。
❹してはいけないということ。禁止。
*****
上記を見て分かる通り、「無用」には「ある行為を禁止することを示す」意味があります。そのため、「上下を逆にしてはならない」ということが分かると思います。
しかし、一方で反論も聞こえて来そうです。
❷の意味を当てはめれば「上下の区別は不要」となります。すると「上下の区別はしなくてよい」とも考えられそうです。
しかも辞書によっては、「無用」の語釈の中に『デジタル大辞泉』のような「してはいけないということ。禁止」がない場合もありました。特に多くの方が利用する小型の辞書(『明鏡国語辞典』や『三省堂国語辞典』など)には書いてありません。
もしかすると、辞書編者が「不要」という意味から拡大解釈すれば「禁止」と考えられると思ったのかもしれませんし、「問答無用」「解放無用」が分かれば「天地無用」も同じように分かるだろうと考え、あえて書かなかったということもあるのかもしれません。
しかし、普通の人はそこを突き詰めようとはしないでしょう。そう思うとちょっと不親切のような気がします。
故に、神永暁氏の著書『悩ましい国語辞典』には「(天地無用は)表現としてちょっと無理があるため分かりにくい」とあり、それと同時に「ゆうパックがそうしているように、『逆さま厳禁』などのようなわかりやすい表現を用いた方が無難な気がする」とも書いてありました。
確かに、「逆さま厳禁」とした方が分かり易いように思います。
ちなみに、神永暁氏の話によると「天地無用」は成句ではないですし、運送業なので使われていた用語であることから本来は辞書に載る語ではなかったようなのです。しかしどうも意味を取り違えている人が多いことから、採用する辞書が増えていったとのこと。
でも、「天地無用」って大抵は赤字か、赤地に白い字で書かれている場合が多いので、色から察するに「ひっくり返しちゃダメなんだな」と思いそうですけど(赤色が発するプレッシャーみたいなもの)、そんなことを書いたらここまでの解説意味をなさないですね(笑)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。