Column4 「世間ずれ」は「世間知らずのこと」ではありません。

「世間ずれ」という言葉を聞いたとき、読者の方はどういう意味を想像するでしょうか。

 もしかすると「世の中の考えとずれている」という意味に捉えていらっしゃる方もいるかもしれませんね。しかし、実際の意味は違います。


「世間ずれ」は「世間れ」とも書き、本来の意味は「実社会でもまれ、ずるがしこさを身に付けている(『明鏡国語辞典 第三版』より)」とか、「苦労してきたため、悪賢くなる」といいます。


「擦れる」には、「世間慣れして、人柄が悪賢くなる」という意味が含まれています。そこから考えると、本来の意味として捉える方が当然とか、自然である、と思う方もいらっしゃることでしょう。

 しかし、文化庁が平成25年に「国語に関する世論調査」では「世間ずれ」を「世の中の考えからずれている」という意味で捉えられている方が55パーセントを超える結果になっています。

 平成16年にも同じ調査を行っているのですが、「世の中の考えからずれている」で捉えている方は約32パーセント。よって、この結果を比べると本来の意味ではない方で捉えている方が増えてきているのです。


 しかし私が思うに、これは意味を誤って捉えているというよりも、「世間ずれ」を「世間とずれている人のことを指す」ようにならざるを得なかったのではないかと考えられる気がいたします。


「世の中の常識」というのは、人々が戸惑いなく生活するには有り難いルールです。しかし、それがあることによって苦しくなる方もいらっしゃいます。

 沢山の人たちが「こうだよね」と思っていることが、ある人にとっては当てはまらない。それが、沢山の人たちにとっては異質と言いますか、自分たちとは違う考えと認識し、それを「世間ずれ」という風に言っているようにも思います。よって下記のような例文として使われることが多いようです。


 ——お金のあるうちのお坊ちゃんだから、世間ずれしているんだ。


 ——マリー・アントワネットは王の妃で贅沢な生活三昧をしていたから世間ずれしていて、「パンがなければケーキを食べればいいのよ」と言ったんだわ。


 自分の考え方と違う。それによって、こちらが苦しめられている。みじめな気分になる。そういうときに「世間ずれ」しているという言葉はぴたりと当てはまるような気がします。


 時代が進み、考え方の種類が増え、受け入れられることも多くなってきました。しかし、それでも「こうだよね」というのは消えませんし、そのなかにいることへの安心感があることも否めないように思います。

 そういう人々の感情が、「世間ずれ」には含まれているようにも思います。

 

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