Column7 「にやける」は「にやにやする」ではない?
——彼女のことを想像し、彼はにやけた。
小説を書いている方のなかで、「にやける」という言葉を使うとき、上記のような文で使うことはないでしょうか。
この場面での「にやける」は「『薄笑いを浮かべる』とか『にやにやする』という意味で使われている」と考えるのが一般的ですが、この意味は近年使われるようになった新しい用法です。
「にやける」は漢字で書くと「若気る」です。元々は「若気」という名詞。語源は「若い男性の魅力」を指したようですが(『新選国語辞典 第十版』より)、のちに「男色」という意味を持つようになったようです。
ただ、この古い言葉の意味が、辞書によって微妙にニュアンスが違うのです。新しい意味も含めて下記に引用いたしますので、読み比べてみてください。
*****
【にやける】『明鏡国語辞典 第三版』
①男性がなよなよと色っぽいようすをする。
▽男色をいう「にやけ(若気)」を動詞化した語
②にやにやする。
*****
+++++
【にやける】『新明解国語辞典 第八版』
①[男色の意「
②[語源意識が薄れたことからの誤用に発する近年の用法]薄笑いを浮かべる。にやにやする。
+++++
*****
【にやける】『大辞泉』
①男が変にめかしこんだり、色っぽいようすをしたりする。
②俗に、にやにやする。口許がゆるんで笑顔になる。
*****
+++++
【にやける】『大辞林 4.0』
①男が女のように色っぽい様子をする。(男が)変ににやにやして弱々しい態度をとる。
②にやにやする。[近年②の意で用いることが多いが、本来は①の意]
+++++
*****
【にやける】『三省堂国語辞典 第八版』
①[(若気る)][ふつうにやけ<た/て>][男が]変にしゃれたようすをする。
由来:男色の相手を意味する「若気」から。
②にやにやする。
*****
+++++
【にやける】『新選国語辞典 第十版』
①男が変に色っぽい。また、はきはきとしない態度をとる。「にやけた顔」
②[俗語]うす笑いを浮かべる。にやにやする。〔参考〕若い男性の魅力をいう「にやけ(若気)」が語源。②の意味で女性も対象とするのは最近の用法。
+++++
こうして並べてみると、『新明解国語辞典 第八版』の内容は「男性が女装をする」という書き方をしているのに対し、『大辞林 4.0』や『三省堂国語辞典 第八版』は「女のように色っぽい」とか「変にしゃれたようす」というような書き方をしています。
前者は、昔から使われている意味へぐっと踏み込んで書いているような感じがしますが、後者はそれを直接的に言わず婉曲に収めている印象があります。
どれがいい・悪いというわけではないのですが、言葉を使う側としては許容範囲が広い感じがして、どう使うのが適切なのか悩ましくなりそうです。
そういうこともあって、「にやけ」についてもう少し詳しい記載がないかと思い、古語辞典で検索してもみたのですが出て来ませんでした。分かったことといえば、「『にゃける』と発音していたらしいが、明治中ごろ「にやける」と変わったという」こと。『広辞苑 第六版』に記載がありました。
さて、古語辞典に掲載がなかったことから推察するに、この言葉は鎌倉時代以降に生まれたことが分かります。また、『新明解国語辞典 第八版』で「もと男子が、武事を忘れ、文学・遊芸にふけり、女性のように化粧をする意」ということから、「男は武を重んじ、文学などにふけることは女のこと」と線引きされていた時代があったことが推測できそうです。
歴史を学べば、そういう時代背景があったことは想像に難くありませんが、固定観念がはびこると言ったら変ですけれども「男はこう!」「女はこう!」みたいに決めつけられた世界で、「自分は男だが、心の性は女だ」と思っている人が生きていくには大変苦労した時代なのだろうなと思います。(だからといって今が彼ら・彼女らにとって快適かと言われたら、まだまだなのでしょうけれど……)
またこれも想像なのですが、「戦う」ということが嫌いで女性らしくしていた人もいるかもしれませんし……この言葉から想像する世界は、難しくも様々なことを教えてくれるような気がいたします。
現在、「
これは私の想像でしかないのですが、「にやける」が「薄笑いする」という意味がついたのは、「にやり」という言葉と混同したからではないかと思います。
また、一般の方の7割が上記のように捉えていますが、作家はどうなのかと思い『てにをは辞典』も引いてみました。
すると「にやけた男」「にやけた若者」という使い方をしておりました。あまり沢山の用例はないようでしたが、本来の意味で使用していたことが分かります。
作家が本来の言葉を重視して使っているのに対し、一般の方に対して行ったアンケートの結果のなかで、本来の意味を知っていた方は1割とちょっと程度だったようなので、もしかするとこの意味も将来的に消えていくことかもしれません。
<参考URL>
『毎日ことば』「【国語調査】向津具、真逆、割愛、凡例、若気る」より
https://mainichi-kotoba.jp/kanji-202
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます