7月

Column1 「間髪」の読みは「かんはつ」「かんぱつ」のどっち?

 ――間髪をれず答えた。


「間髪を容れず」は、「少しの時間も置かないさま」のことを言いますが、意味を誤って使う方はあまりいらっしゃらないように思います。

 では、何故取り上げたのか。それは読み方にあります。


 と、ここで問題です。「間髪」はどう読むでしょう。

「かんぱつ」でしょうか。それとも「かんはつ」でしょうか。


 ……答えは「かんはつ」です。

 皆さんの周囲の方はどちらで話しているでしょうか。案外「かんぱつ」で使っている方が多い印象があるのは私だけですかね。


 これは想像なのですが、読みの誤りの原因は「間一髪」のせいではないかと考えています。こちらが「かんいっぱつ」と読むものですから、「かんぱつをいれず」と読んでしまうのも無理ないですよね。


 また「間髪かんはつを容れず」が正しいのですが、PCでは「かんぱつ」と入れても故事成語の「間髪を容れず」がちゃんと出てきます。これでは「かんぱつ」と間違ったまま使っても仕方ないような気がします……(笑)



 さて、ここからは余談なのですが、「間髪を容れず」とは「文選もんぜん」という中国の詩文集に登場する言葉です。

文選もんぜん」とは、周代から南北朝にいたる約千年の間に活躍した作家の優れた誌・賦・文章を編集したもの。その作家の数は100人を超え、60巻にも及ぶ超大作は中国文章美の基準を作っただけでなく、日本文学にも大きな影響を与えたと言われています。(『大辞林 4.0』参照)


 そして「文選もんぜん」のなかに、枚乗ばいじょうという文人が遺したものが記載されています。それが次の内容です。


 元前二世紀の前漢王朝の時代。

 枚乗は、呉の王が反乱を起こそうとしていることを知ります。

 それを思い留めるために、「反乱を起こし危険な目に合うか、危険を回避するのかは『かんはつを容れず』」と言うのです。つまり「間に髪の毛一本が入る余地すらないほどの違いしかない」ので、挙兵を辞めるべきだと諭しているのです。


 今でこそ「間髪を容れず」は「少しの時間もないことのたとえ」という意味として使われることが多いですが、枚乗が伝えているときの意味としては「事態が非常に切迫していることのたとえ」として使われています。


 ちなみに「間髪を容れず」は私が調べた限り、『明鏡国語辞典』『新明解国語辞典』『岩波国語辞典』『新選国語辞典』では「『かんぱつ』という言い方は誤り」としていました。

 また『三省堂 現代国語辞典』では「『間-髪』を熟語として勘違いした言い方」という注意書きはありますが、「誤り」と記載されていません。そのため辞書編集者のなかでも、「かんはつ」と「かんぱつ」の言い方で揺れ動いているのではないかと勝手に想像しています。


 一方で『三省堂国語辞典』では、「間髪」の項目があり「かんぱつ」とフリガナが振られていました。その上「文選もんぜん」のなかで登場した「間、髪を入れず」は「かん、はつをいれず」と読ませ、「間髪を入れず」は「かんぱつをいれず」としていました。

 さすが誤った言葉や変化した言葉に敏感な上に、それらの言葉を他の辞書よりも早く「新しい言葉」ことができる包容力を持った辞書、ですが……ややこしや。


 ただ、今のところはまだ「かんぱつ」は少数派のようなので、「かんはつをいれず」と読む方が一般的だと考えます。


 そしてここまで読んで下さった読者の皆さん。

 ここまでの説明で「間髪をれず」「間髪をれず」と二つの表記があったことに気づいた方がいらっしゃったら鋭いです。理由は分からないのですが、辞書によって表記が違うのです……。


 故事成語辞典や元々の言葉を重んじる傾向にある『岩波国語辞典』を読む限り「間髪を容れず」が元の形なのかなと思うのですが、それ以外の辞書はどちらかというと「入れる」の表記の方が一般的なようです。


 これは単なる推察ですが「容れる」も「入れる」も似たような意味なので、それなら「いれる」と素直に読める「入れる」という表記になっていったのかもしれません。

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