Column10 「姑息」は卑怯?

 ——あいつは姑息な奴だ。


 皆さんは、このような一文を見たことはあるでしょうか。

「姑息」という言葉には、「卑怯」とか「卑劣」というような意味があると思っていらっしゃる方が多くいるかもしれません(私もその一人です)が、実はこれは本来の意味ではありません。


「姑息」の「姑」には「しゅとめ」の他に「ひとまず。しばらく」という意味があります。つまり元々は「しばらくの間息をつくこと」。それが転じて「一時的にその場を切り抜けることができればいい」というのが本来の意味なのです。


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姑息こそく】『明鏡国語辞典 第三版』

 根本的な解決をせず、一時の間に合わせにすること。場当たり的。

「姑息な手段(=一時しのぎの手段)をとる」

注)「姑」は、しばらく、かりそめの意。「姑息」を卑怯の意に使うのは、本来は誤り。

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【姑息】『新明解国語辞典 第八版』

〔「姑」はちょっと、「息」はやむ・それでいいの意〕根本的に対策を講じるのではなく、一時的にその場を切り抜けることができればいいとする様子だ。〔俗に、「やり方が卑怯だ」の意にも用いられる。より口頭語的な表現では「その場しのぎ」とも〕

「——な手段」

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【姑息】『岩波国語辞典 第八版』

①一時のまにあわせをするさま。その場のがれ。「——な手段」

②俗に、卑怯なさま。

▽「姑」はしばらくの意。

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 しかし、新しい言葉をほとんどと言ってもいいほど受け入れていない『岩波国語辞典』でさえ、「姑息」の語釈に「俗に、卑怯なさま」を記載していたので、ちょっと驚いてしまいました。それくらい多くの方が俗語としての意味で使っているということなのでしょう。


 また小説などの文中で、どのように使われているか調べることができる『てにをは辞典』で「姑息」を引いてみたのですが、「姑息な行為に恥じ入る」という例文が載っていました。よって、小説の中でも「卑怯」という意味として使っていることが言えそうです。


 ちなみに古い版である『三省堂国語辞典 第七版』(2014年出版)と『新明解国語辞典 第六版』(2005年出版)を引き比べてみました。

 前者は「[あやまって]卑劣」と書いてある一方、後者は「卑怯」という意味に言及されていませんでした。

 また電子版『明鏡国語辞典 第二版』(2011-2012)では、最新版の第三版に記載されているのと同じように「『姑』は、しばらく、かりそめの意。『姑息』を卑怯の意に使うのは、本来は誤り」と記載されていました。


 つまりこれらから、少なくとも2005年から2014年の間に「姑息」=「卑怯(卑劣)」という意味が少しずつ広まっていったことが推測できそうです。


 そして『三省堂国語辞典 第八版』では「あやまって」の説明書きがなくなり、「卑劣」が当たり前の語釈として採用されています。一方で『新明解国語辞典 第八版』(第七版は残念ながら所持しておりません)には、「俗に」という注意を入れて「『やり方が卑怯だ』の意にも用いられる」と記載がされていました。


 これらの内容を見る限り、「姑息」=「卑怯(卑劣)」で使っていることが多くなったことが伺えます。今後も俗語的意味として使われていくことが増えていきそうですね。



<追記1>

 当Columnを公開した際、ゆうすけさんより下記のコメントをいただきましたので、ここに補足いたします。


(コメント)

 卑怯とか卑劣ほど非難するニュアンスはなくないですか?個人的には狡猾とかみみっちいとかけちくさいとかいうニュアンスでその場を切り抜けたという使い方してたと思います。ああ、それが本来の意味で、非難するニュアンスが加わってきた、ということなんですか。


(補足)

 追記いたしました【姑息】の語釈をお読みいただくと分かる通り、「姑息」は「その場しのぎ、一時のがれで物事をすること」です。そのため「姑息な手段」とは「あくまでその場をしのぐための手段」ということなので、元々「卑怯」や「正々堂々としていない」などの意味はありませんでした。


 では何故「姑息」=「卑怯」という意味が広がっていったのか。


 一説によると「こそく」の音が「こっそり」「こそこそ」という音に似ていて、場当たり的な対応をすることから無責任なイメージがつき、「卑怯だ」というニュアンスとして使われるようになっていったと考えられています。


 また「姑息」=「卑怯」と思って使っている方は案外多くいらっしゃるようで、文化庁で行った調査でも、対象者の7割以上の人が俗語としての意味で使っているようです。


<追記2>

 2022.6.28に『明鏡国語辞典』『新明解国語辞典』『岩波国語辞典』の【姑息】の項目を、本文に追記いたしました。

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