Column7 「蘊蓄を垂れる・ひけらかす」?

 読者の皆さんは、誰かの蘊蓄うんちくをお聞きになるのは好きですか。


 私はどちらかというと好きな方です。特に自分では知らなかった話を誰かからひょいっと教えてもらえると、違う世界の扉が開くような感覚があって面白いなと思います。


 それにしても「蘊蓄」の「蘊(もしくは「薀」)」は難しい漢字ですね。これには「たくわえる」という意味があります。つまり「蘊蓄」とは「学問や技芸の深い知識」や「十分研究を積んでたくわえた、学問・技芸の深い知識」のことを指すのです。


 ただその一方で、何かの知識や学問のことばかり語っていると自慢話のように聞こえることがあり、それを「見せびらかす」という意味で「蘊蓄をたれる」とか「蘊蓄をひけらかす」という言い方を聞いたことがあります。しかしこれは誤用のようです。


 まず「蘊蓄をたれる」を見てみましょう。

「たれる」は「垂れる」と書き、「『言う』を卑しめていう語」として使うことがあります。例文として「愚痴を垂れる」などが挙げられますが、その意味で「蘊蓄を垂れる」と使うと、つまりは「蘊蓄を言う」というような意味になります。


「蘊蓄を垂れやがって生意気だ!」という使い方を想定しているのであれば、単純に「学問などの知識を言いやがって生意気だ!」となります。文章の繋がり方としては間違っていないような感覚がありますが、「蘊蓄」には「十分研究を積んでたくわえた、学問・技芸の深い知識」と書いた限り、披露したからといって馬鹿にしたり嘲笑ったりできるような類のものではない、ということでしょう。

 よって「蘊蓄をたれる」は誤用と言えそうです。


 一方で「蘊蓄」に、「学問や技芸の深い知識」という意味があるのであれば、それを「ひけらかす」という言い方もあながち間違いではなさそうな気がするのですが、いかがでしょう。


「ひけらかす」という意味を調べると「知識をひけらかす」という例文があるくらいですから、「蘊蓄をひけらかす」と言っても良いのではないか、と。


 そこでいつものように複数の国語辞書を引いてみたのですが、調べた限りの辞書には「蘊蓄を傾ける」という例文しか載っていませんでした。「蘊蓄を傾ける」とは「蓄えた知識や深い学問を全て注ぎ込む」という意味です。

 思うに「蘊蓄」は「ひけらかす」ようなレベルのものではないということかもしれません。広く深い知識を聞いたならば、尊敬に値するようなものなのではないでしょうか。そう考えると、「蘊蓄をひけらかす」つまり「蘊蓄を得意そうに見せびらかす」というような使い方はあり得ないという考え方なのかもしれません。


 念のため、「蘊蓄」がどのように使われているのか『てにをは辞典』で調べてみました。この辞書は実際に作家の方が使っている言葉の用例が載っているので、どういう使い方をしているのかを調べるにはうってつけです。

 すると、記載されていたのは複数の辞書同様「蘊蓄を傾ける」と、「蘊蓄を延々と聞かす」「蘊蓄を話す」はありましたが、やはり誤用として挙げられていた二つの使い方はどの作家さんも使っていませんでした。


 私自身、「蘊蓄」を国語辞典で調べるまでは「あまり知られていなさそうな話や知識を語る」という意味があると考えていましたし、実際周囲の人たちもそういう認識で使っている人が多いような気がします。

 よって「また、あの人の蘊蓄が始まった!」みたいな使い方を耳にする機会が多く、「蘊蓄を傾ける」というような使い方をしている人の方があまり……というよりか、ほとんど聞いたことがありません。


 ただ、今のところ新しい意味や使い方を積極的に取り入れている『三省堂国語辞典』でさえそれらの例文の記載がないことから、一般的な使い方ではないのかもしれません。もし誰かが知識の自慢をしてきたならば、「知識をひけらかす」とか「講釈を垂れる」というのが無難なのかもしれませんね。

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