第5話 4番の愚痴

 「ありがとうございます。お次は4番の方ですが、準備はよろしいでしょうか?」

 4番の男は姿勢を正す。「はい、いけますよ」と応えた。

 「それでは最後の1人ですね。よろしくお願いします」

 「はい、えっとですね。しょうもないおじさんの愚痴ですが。

 私の妻がですね、最近冷たいんです。私に対してだけ。息子と娘がいますけど、この2人にはまだまだ愛情というものを持ち合わせておりまして…。

 なんだかこんな話する気分じゃなくなりましたね。メゾン赤川滅多刺し殺人事件。私はこれについて結構詳しい口ですよ」

 4番の発言に、3番の若い男と平田は動揺した。3番は4番に向けて上体を傾けた。逆に平田は4番から遠ざかるように体を傾けた。

 「やっぱり、あの事件の関係者ですよね?」

 4番が3番に尋ねると、3番は大きく頷いた。

 「いや〜、こんな偶然ってあるんですねー。私はね、実はあの事件を担当した刑事の1人なんです。ニュースとかで報道されている情報以上のことまで知っています。例の謎の女の正体とか。事件の真相とか。

 まず、謎の女をKさんとします。彼女はいわゆる男遊びが大好きなビッチでした。相当やりたい放題していたそうで、数年間男が絶えなかったそうな。

 そんな彼女も結婚を決めたそうです。でも、お相手には偽名を使っていたみたいですね。遊んでいるのがバレたくなかったのでしょうか。しかし、結婚式の最中にとある男に連れ去られてしまいます。それを仮にHさんとします。HさんはKさんを自宅に招いた後、その次の日の昼頃に異臭の通報があり、滅多刺しで殺された姿が発見されました。

 HさんとKさんの関係を洗いざらい探りました。すると、Kさんの元彼氏の1人がHさんの友人だったことが分かりました。

 私たち警察は、なぜHさんが友人の元カノであるKさんを結婚式の最中に連れ去ったのか、いっさい検討もつきませんでした。でも、Hさんの厚かましい性格から、そこまでする男だと私たちは確信を持つようになりました。

 次に、Hさんを殺した犯人です」

 その時、2番の女性が声を荒げてこう叫んだ。

 「ちょっと!!私の娘がビッチで人殺しって言いたいの?そんな訳あるはずないでしょ!!!」

 それを4番の男が手で優しくなだめた。

 「私はそんなつもりで言った訳じゃないですよ!ただ、そういう事件があったってだけです」

「嘘よ。あーあ、これで私の幸せな家庭が滅茶苦茶に壊されるわ。こんな話しなきゃよかった。どうせ、警察のあなた達は私の家に突撃してくるんでしょ?」

「ちょっと待ってください。結婚式に花嫁連れ去るって、まるで僕と同じじゃないですか。まさか、あなた美優の母親か?」1番の男は少し怒った風だ。

 「美優なんて知らないわよ。偽名使われていたんでしょ?それより従業員さん?この人実名出そうとしているわよ」

 平田はたじたじだった。脇あたりに集中的に汗をかかせ、不恰好な注意を1番に向ける。

 「それで刑事さん、そのKがメゾン赤川滅多刺し時間の犯人なんですか?」3番の男が我慢しきれないといった様子で、4番に声を荒げて言った。

 「いや、犯人の疑いがかかっているのは、そのKの元カレでHの友人の男だ。殺された夜、Hはその男に電話をかけている。マンションの監視カメラには映っていないが、どうやらその晩、東棟のカメラが故障中だったらしい。そこから入ったのだろう。もちろん、Kの脱走も東棟からの可能性が高い」

 「Hの友人ですよね?ちょっと待って下さい。今、思い出すんで」と3番。

 「なんだ、私の娘は犯人じゃないのね」と安心する2番。

 1人だけが4番につっかかった。

 「おいおい嘘だろ?俺の妻がそんな最低野郎って言いたいのか?彼女は俺の出会った中でも最もと言っていいほどの優しい女だぜ。俺は知らんからな、そんな事件。俺も俺の失踪した妻も関係ないからな!」

 「あなたがこの事件に関係しているかどうかは後で調べさせてもらいます」 4番は非情にも冷酷なトーンだ。

 「なんだよ。おい、貴様。そこで俯いている従業員。匿名性が大事な場だろ?ここは。なんで取り調べなんか受けないと行けないんだよ。わざわざ、身バレしないように隣県から来たんだぜ?ふざけんな、仕事しろよ」

 平田はチラリと山になっている1番の腹を見た。1番はボクシングポーズをとっている。いざというときに、平田に飛びかかろうとしているのだろうか。しかし、平田にはそんなことどうでもよかった。

 彼らの話が本当なら、平田は誤って友人を殺したことになる。本当の悪は香織だったのだ。彼女はビッチだった。平田はそれに気付かず、ずっと浮かれていた。

 平田は立ち上がると、1番を睨みつけた。1番は一歩前進するも、殴るほどではないと感じ、両手を下にダランとぶら下げた。顔は無気力になる。

 「刑事さん。やっぱり、思い出せません。僕の知らない人ですね」

 「平田って言うんだ。殺人事件があった次の早朝、彼と顔が全く同じの男がメゾン赤川の近くのカフェに入ったことが分かっている。その後は、退職と転居手続きを済まして今は所在不明だ。

 念のために言っておくが、彼は犯人とは限らない。ただ、その可能性が大いにある」

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愚痴を聞くだけのバイトを始めたオレ @konohahlovlj

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